トラブルメーカー
勢いよく教室のドアが開いた、こんな時は必ず「彼女」がやって来る。
「せんぱーい、雛崎陸斗先輩はいらっしゃいませんか~?」
溜息が出るというか頭痛がするというか・・・
ここは3年の教室なのによくもそんな堂々と現れるものだと半ば関心してしまった。
あぁ・・・クラスの連中の視線が痛い、主に男子諸君の。
「おい猫さん、彼女のお出ましだぜ」
「猫さん御所名入りました~」
クスクスと教室の隅々で笑いが起こる、今日は昨日に引き続き厄日か何か何じゃないかと思うよ。
重たい腰を上げ、渋々彼女のところまで行った。
「あ!先輩み~っけ」
彼女の名は桜川水樹、1年生で何故か懐かれている。
水樹と話すようになったのは5月半ば頃、どこの学校にもありがちな所謂「不良」に絡まれていたところ、たまたま僕と真人が通りかかったんだ。
不良を追い払ったのは真人の方なんだけど、その一件以来彼女はちょくちょく僕の周囲に現れるようになってきた。
ただ問題が一つ・・・彼女が来ると、必ずろくでもない事が起こるという点だ。
「水樹・・・今日はどうしたの、こんな朝っぱらから?」
「先輩!聞いてくださいよ~、事件ですよ事件!!」
「はぁ~・・・君はいつもそうじゃないか・・・」
「あれ?水樹ちゃんじゃないか!オハヨウ」
「良太先輩!丁度よかった、先輩も助けてくださいよ~」
「良太に用事があるなら僕はもう行ってもいいかな?」
「だ~めですよ!!陸斗先輩にも手伝ってもらいます」
どうやら彼女の中では僕はすでにメンバー入りは確定だったらしい、やっぱり無駄なあがきだったか・・・
なんにせよ、一応の事情は聞いてあげとこうかな。
「で、僕らに頼みってなんだい?」
「えへへ・・・それがですね~」
時間は昼休み、僕ら三人はコンピューター教室へと目指し歩いていた。
どうやら水樹はこの後授業で使うはずの宿題のデータを誤って消してしまったらしい、その復元に僕らは借り出されたわけなんだけど。
「そんなの、消してしまいましたって素直に言えばいいじゃないか?」
「ダメですよそんなの!水樹、先生に怒られちゃうじゃないですか!?」
「まぁまぁ雛崎、可愛い後輩の頼みぐらい聞いてやろうよ」
「うわぁ~、さっすが良太先輩です!話がわっかるぅ」
「へへへっ」
水樹は僕らにこの依頼を受ける報酬として、なんと手作り弁当を用意していたのだ。
正直に思うけど、この弁当を作る暇があったら自分で宿題をまた一からやり直せたはず。
つまりは、まんまと水樹に踊らされてるわけなんだけどね。
良太はどうも女の子の誘いは断れない性格らしい、僕も人の事はいえないし
何より朝、教室であんな大々的に頼まれてしまってはクラスの皆の手前断るにも断れなかった。
僕はあまり気は進まなかったけど、実際作業するのは良太が専門だし別に付いて行くだけでいいならよしとしようと思った。
コンピューター教室へ到着した僕らは早速作業に取り掛かることにした。
まぁ、実際は良太が水樹の手伝いをして僕は特に何もすることは無いんだけど。
特に何もしないというのも退屈だったのでゲームでもして時間でも潰そうとトランプゲームをやる事にした。
「お、懐かしいな!僕も昔これよくやってたよ」
「水樹の手伝いはもういいの?」
ものの5分もしない内に良太がこちらのほうへやって来ていた。
「ん?あぁ、あそこまでやればもう後は水樹ちゃんだけで何とかなるだろ」
「全部はしてあげないんだ?」
「僕も最初はそのつもりだったんだけど、流石にそれは申し訳ないってさ」
ふ~ん、なんだかんだ言っても水樹って真面目な性格なんだなと思った。
この瞬間まではだけど・・・
「あれ?・・・あれれ?」
「どうしたんだい水樹ちゃん?」
「良太先輩、これ何ですかぁ?」
「ん、どれどれ・・・て!これ学校の全校生リストじゃないか!?」
「急に出てきちゃったんですよぉ~」
あろう事か水樹は学校のデータベースにハッキングしていたらしい、何故宿題がハッキングにまで発展してしまうのか理解に苦しむ・・・というか理解したくない。
しかしそんな悠長な事も言ってられなかった、もしこれがバレたら水樹はもちろんの事僕らだってタダじゃすまないし下手すりゃ退学だってありえる。
「良太、なんとかなりそう?」
「なりそうっていうか・・・なんとかしなくちゃマズイだろ」
確かにそうだった、良太はキーボードを操作してなんとかハッキングを解除してPCに残ったデータも消去する事に成功した。
水樹の宿題も結局は良太があらかた片付ける事となったけど、またハッキングなんて事になったらたまったもんじゃないからね。
‘ブツンッ‘
「え?な、なに?」
「・・・停電?」
「水樹・・・なんかした?」
急に教室の電源が一気に落ちた、辺りは一瞬で暗くなり思わず躓きそうになってしまう。
この教室のブレーカーは確か準備室のほうにある、丁度僕らがいるところから10メートルほど進んだ扉の向こうがそうだ。
「僕が見てくるよ」
ブレーカーが落ちただけなら元に戻せばいいわけだし、このまま僕だけ何もしないままっていうのもなんだか後味が悪かったから。
目も少しずつ慣れてきたところでいざ行こうとするとなんか動きにくい・・・見ると水樹が僕の制服を掴んでいた。
「あの・・・水樹?離してくれないと歩きにくいんだけど」
「・・・グスッ・・・一人にしないでください」
「なんで良太が泣くんだ・・・」
「え?なんかそういう雰囲気じゃん?」
「・・・先輩、私暗いとこ苦手なんですよぉ」
良太の冗談にはイラッとしたけど、水樹も嫌がってる事だしさっさと準備室に向かう事にした。
扉には幸い鍵はかかっておらず、難なく中へ入る事が出来た。
「ブレーカーは確か・・・」
携帯のライトを頼りに天井近くの壁を照らしてみる。
「あ・・・先輩ありました!ホラ、あそこです」
水樹がいう方向を照らすと確かにそこにブレーカーは存在していた、ただ高すぎる。
「あっちゃ~・・・これじゃ何か台に乗らなきゃ届かないなぁ~」
「そうだね・・・あ、良太ソコの椅子取ってくれない?」
「うん?あぁ、いいよ・・・ホイ」
「サンキュ!・・・と、これで届くかな?」
「あ、先輩待ってください!?」
椅子に登ろうとしたら、不意に水樹に呼び止められた。
「その・・・最後ぐらい私ちゃんと役にたちたいんです!!」
「え?でも水樹危ないよ!?」
「大丈夫ですって!水樹に任せてください」
「雛崎、水樹ちゃんが最後ぐらいはって言ってんだから好きにさせてあげれば?」
「じゃ、じゃあ・・・と、落ちるなよ?」
「私、こう見えて運動神経バッツグンですから~☆任せてくださいって!」
不安は無いわけじゃなかったけど、水樹の笑顔が妙に安心できた。
手元を明るくしてやる為ライトを上に向ける、白くて綺麗な太ももが露に・・・え?
「わわ!先輩のエッチ~」
「ご、ごめん・・・これ、その・・・手元を・・・」
「もう・・・別に今じゃなかったらいつでも・・・」
僕らはお互いの顔をまともに見ないままでも、相手の顔が恐らくは赤くなっているだろうなというのは感じ取っていた。
水樹は何度か深呼吸をすると、改めてブレーカーに手を伸ばした。
「バチンッ」と音をあげ、準備室と隣のコンピューター室の明かりが灯った。
「あれ?鍵開いてるよ」
「ほんとだ・・・それに今いきなり電気付いたよね?」
「誰かもう先に来てるのかな?」
まずい!?・・・僕は時計に目をやった、もうすぐ午後の授業が始まる時間だ。
コンピューター室での騒動や停電に気を取られすぎていて、予鈴の音と時間を全く気にしていなかったのが仇になった。
「雛崎、早くしないと見つかっちゃうよ!」
「わかってるって、急ごう」
「わっ・・・先輩、待って・・・て、わわぁ!?」
「ん?・・・て、おわぁ!?」
ドスン、ガラガラ・・・
「雛崎、水樹ちゃん・・・大丈夫か?」
「いてて・・・俺は大丈夫だけど・・・」
ふにっ
ん?なんだろう、この心地いい感触は?
「ふぁ、せ・・・ん輩・・・ソコは・・・あん」
「へ?・・・あわわ!?ご、ごめん!?」
「ふ・・・いや・・・急に・・・う、ごかないで・・・はぁ・・・ん」
水樹が倒れそうになったのを咄嗟に受け止めたら僕まで一緒に倒れてしまった。
そのせいで水樹が僕に覆いかぶさるようになってしまい・・・
「はぁ・・・はぁ・・・せん輩?」
吐息がかかるほどの距離に、水樹の唇がある。
女の子の柔らかい感触と甘い匂いに頭の中が痺れるような感覚に陥っていた。
彼女の瞳は潤みを増し、吐息も荒く鼓動も激しい。
僕も多分、同じような状態なんだろうか?
頭が上手く働かない、このまま水樹と・・・
「あれ、これ水樹の鞄じゃん?水樹ー、いるー?」
「ふぇ?・・・あ、うーん、いるよー!?直ぐそっち行くねー!」
どちらかとも無く僕らは離れた、というか水樹がどいてくれなきゃ僕は起きられなかったわけだけど。
「じゃあ陸斗先輩、良太先輩、ありがとうございました」
ペコリと頭を下げて水樹コンピューター教室の方へ入っていった。
さっきまで彼女に触れていたせいか、妙に身体が寂しく感じる。
「雛崎~」
良太のなさけない声ではっと我に返った、何考えてんだ俺は・・・
頭を二、三度振り気持ちを落ち着かせる。
「どうしたんだよ良太?」
「僕ら・・・授業完全に遅刻だよ・・・」
「あ、ほんとだ・・・」
始業ベルが鳴り響き、僕らはその場でしばし呆然としてしまった。
まったく、水樹と絡むと本当にろくな事がない。
改めてそう実感した。