閑話
リジー目線で1話。
年齢の割に小柄で、化粧っ気もなく、素直で。律儀で実直で。
良くも悪くも、時に頑なに。
サルエルパンツに質素な長袖のブラウス。
黒く長いストレートの髪を両肩に三つ編みにして、分厚い瓶底めがねをかける。
深い瞳の奥。
それはどこか、何かを押し隠すように。
不意に見せるその笑顔は私たちを幸せにしてくれるというのに。
そして、しがみつくように"普通"を愛している。
それが彼女。
「ええと、トマトとかぼちゃと……兄さん!」
八百屋なのにどうしたらああも丸くなれるものか、いつも不思議だ。風船のように丸い体を起して私の声に振り返った。
「リジー、来てたのか」
「結構前からね」
小さな露店だというのに、巨体を身軽に動かしてすぐに近くにやってきた実兄に苦笑いし、紙袋を差し出す。
「はい、頼まれたやつ」
週にニ、三度、仕入れがてらパンを届けに来ている。
「ああ、ありがとう。ところでハルはどうだ?」
それにも苦笑した。いつも二言目には実の妹の近況よりも、彼女のことだ。きっと子供のいない兄夫婦は彼女を実の子どものように思っているに違いない。
「元気よ。パンを焼くのも随分慣れてきたし、いつでもお店を任せられるわ」
「そうか。元気ならいいんだ」
何気ない会話をしながら、店で必要なものを揃えていく。夕方過ぎだからお客もまばらでダロンは仕入れに付き合ってくれる。
「リジー。そういえば、いつもの行商がサンプルにスパイス置いて行ったから、持ってくか?」
「あ、うん。いくらでも」
その辺りは料理人のプライドだ。お店では使わないかもしれないが、美味しい物、より美味しくするものへの探求心は永遠にある。店の奥から出してきたいくつかの茶封筒を受け取り中身を確認する。
「あ、月桂樹」
香りが強い。乾燥した小指サイズの葉っぱが何枚か入っていた。
「こっちは黒胡椒の粒に、乾燥パセリ。で、押麦。……兄さん」
次に私が言いたい言葉を察したらしい。
「ハルにな」
「でしょうね」
多少呆れもしたけど。この封筒の中身は、彼女への愛情に違いない。
だって。きっと。
彼女が愛情たっぷりにスープを作ってくれるから、さらに。絶対、美味しくなる。
市場からの帰り道、ポケットにスパイスの小袋を詰め込んで本日最後の苦笑い。
「スパイス中毒者には、絶対家に帰ってから開けるように言わなくちゃ」
自分のことは棚に上げ。
リジーからそれを受け取ったハルは、開けるなり目を輝かせ、いそいそと小瓶に分ける。
案の定、次の日の朝、ダロンが尋ねるまでうっとりと小瓶を見つめていたらしい。と聞いたのは、心配しきったダロンがリジーの店に駆け込んできてからのこと。
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