7.ハルと神様(6)
宮殿並の大きさの歴史的建築物、王立図書館。
元々は王家のお屋敷のひとつだったらしい。その王家が所有していた蔵書のひとつであるウィザード大全によると。
それを知ってからよくよく見れば、どこぞの神殿かと思わせる白亜の二本柱には王家の紋章である薔薇の彫刻がなされ、入口のホールは床に大理石、天井にステンドグラス。図書館にしては華美だと言わざるを得ない。
その奥、さらに奥、そしてさらに奥深く。人気はなく、少々かび臭い書籍が天井まで届く書棚に整然と並んでいた。決して、読まれることを拒んでいるわけではないのに、周辺の書棚は寸分の隙間もなく辞書のような分厚い本がぎっちりと詰まっている。抜き出すのも一苦労だ。
「……はぁっ!?え?ええええ……」
そんな奥深くから端的な驚嘆の叫びと、それでいて哀愁漂う声が上がった。
けれど、あまりに奥深く過ぎて図書館内の誰も気付かない。
「な、なんで」
その当人、ハルはどちらかといえば当惑していた。
「あ、アリエナイ」
片言になるほど。
目の前の本棚、ぽっかりと空いた2冊分。
1冊はさっき返却したばかりの16巻。
そこに。
ウィザード大全最終巻17巻はなかった。
ただそれだけのことで。けれど、それほどのことだ。
いや、図書館なんだから貸し出し中なだけなのだろうけれど、この本に限って今までそんなこと一度もなかったのだ。しかも、それを見越して読み始めたのに。場所を移動されているのかと周辺を探しても、1巻から15巻までは揃っているのにやはり17巻がない。
「ぅう……」
項垂れた。本気で泣けてくる。
とりあえず、そそくさと入り口の貸し出し窓口まで戻り、管理のお姉さんに尋ねる。もしかしたら返却されたばかりで元の位置に戻されていないのかもしれない。そんな淡い期待を抱いて。
「貸し出し中ですね」
もろくも崩れた。
「あ」
管理のお姉さんの声に、ぱっと目を輝かせ顔を上げる。微妙に苦笑いしているお姉さんを視界にいれながら次の言葉を待つ。
「ああ、いえ。申し訳ないのですが、17巻は臨時延長手続きが取られておりますので、最長であと一カ月は返却になりません」
そんな難しいことではないのに、浸透するのに数秒かかった。
「あの、お嬢さん?」
「……は?」
「あのー。ですので、昨日の貸し出しで、その際にすでに延長手続きがとられておりますので」
「……なっ」
「え?」
「どんな奇特なひとが借りていったんですかっ!あれを読む人なんているわけないじゃないですか!」
自分のことは完全に棚上げ。
「いえ、あの。そう言われましても……お貸出先のことは個人のことですので、お話しすることはできませんし。ですので……」
最後にはにこやかな笑顔で返された。
「申し訳ございませんが、17巻のお貸出は来月となります」
そうして。
夜。
ハルの手元には分厚めの小説が乗っていた。
『愛しき小さな薔薇』
「くさっ」
本のタイトルが。
やけっぱちだ。借りられるはずのない本がなくて、さらには貸し出し延長までされているとなると、きっととんでもなく読むのが遅いに違いない。もしかしたらあの厚さだ、枕にでもするつもりかもしれない。決して内容を欲して借りたのだという結論には辿りつかず。
「むむむむむ……」
考え出したらなんだか無性に悔しくなってきた、ので。
女性の間でベストセラーになっているというこの"ロマンス小説"を借りてきた。しかも、延長手続きもとった。若干、気恥かしかったけれど。
なんにしろ、元々読むジャンルは雑多なので、本を手にすれば必然的にわくわくする。
「ええと、薔薇の宮殿に住む悲しきサダメを持った美しい王子と孤独な優しき少女のラヴロマンス!……ヴだよ、ヴ。……なんとなくありがちな設定」
あまりの典型的な文句(ハルが思うところの)と、変なところに突っ込みをいれながらも、表紙を開く。
すでに5冊ほど出ているのでしばらくはこのラヴロマンスにお世話になるのか、そんなことを考えながら、結局、朝方まで読み続けるのだった。
誤字・脱字などありましたら感想等でお知らせ下さい。今回も読んでくださってありがとうございます。次に一本、閑話をはさみ、本編「ハルと〇〇〇」に続きます。