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58.ハルと薔薇のひと(9)



 約束した時間より早く赤銅色の髪の王子はやってきた。珍しく険しい顔をして足早に。できるだけ余計に巻き込まれるのを回避したいハルは突っ込みを入れず、平然を装っていつもの笑顔で出迎えた。

 イルルージュが自ら食堂の扉を閉め、閉まって行く扉の隙間から近衛兵が両脇にすっと配置するのが見えた。


「ハル。実はあまり時間がないんだ。兄様に呼ばれていて」

「わかりました。じゃあ、早速、昨日の孤児院で気付いた点を言いますが……その前に、約束をしてください」

「約束?」

「……これからわたしが言うことが、イルルージュ王子のしたいことに関わるようようであれば、まず、シュネーリヒト王子に相談をしてください」


 正義感が強く優しい王子だが、何よりも猪突猛進型の傾向がある。これから言おうとしていることは、必ず彼の役に立ち、少なからず危険が隣り合わせにある。王族としての判断なら、シュネーリヒトの方がイルルージュより先輩だし、これから彼に会う約束があるならちょうどいい。


「約束ができないようであれば、この話はなしです」


 翡翠色の瞳がじっとハルの瓶底眼鏡の先を見据える。要約すれば"義兄に了解を取れ"なんて、子供扱いをしているとでも思われるかもしれない。けれど、最終的な事は重大だ。

 

「……わかった」


 若干、渋々という感が残っているが、イルルージュを信じるとしてハルは頷いた。

 用意していた図鑑をテーブルに開く。白色の紙に色とりどりの色彩で同じ花が描かれていた。


「この本は『園芸大全』です。観賞用、もしくはハーブなど食用で栽培するための方法が描かれています」

「へぇ……歴史大全並みの分厚さ……」

「絶滅品種も入っているみたいなので、まあ、ウィザードの花卉版歴史大全ってところでしょうか。それではまず、これがアイスランドポピーです。郊外に自生していることが多いので、どちらかと言えば庶民の花なんでしょうね。30cmほどの草丈で、白、黄色、薄紅色などなど結構な色種があります。群生して風にそよそよしている姿は何ともいえず可愛らしいです」

「……うん、可愛らしい」


 若干、呆気にとられているようだが気にしない。次の印をしたページを開く。


「あ。ここにあった」

「ナイフ!?」


 ナイフが挟まれていた。室内の気配を慌てて探るイルルージュに対し、ハルはほっと胸を撫で下ろす。


「そうそう、近くに挟むものがなくて、使ってなかったペティナイフを目印にしたんだった。ちょっと待っててくださいね、忘れないうちに戻してきますから」

「……目印が普通じゃないから」


 台所から軽い足取りで戻ってきたハルをじっとりと見据え、イルルージュは呟く。


「普通普遍を壊してるのは自分自身じゃなくて……?」

「何か言いました?」

「なにも」


 しっかりとイルルージュの図星な呟きは耳に届いていたけれど、ハルは聞かなかったことにしてペティナイフで挟んでいたページの説明をする。


「背丈は20cmほどです。薄いオレンジ色のこの花はナガミヒナゲシと言います。それでは次です」


 次の図鑑を隣に並べパラパラと捲る。紙は黄ばんで古く、図書館の肥やしとなっていたのか黴臭い。しかも前者と違い、植物の細部まで解体された絵図が描かれているものの彩色はされていない。まったくもって面白くない図鑑だ。

 専門書だから仕方のないことだけど。


「……ヘラ」


 開いたページにヘラが鈍い銀色に光っていた。イルルージュの呆れた呟きを無視し、説明する。


「――――――……これはセティゲルムです」

「へぇ、アイスランドポピーじゃないんだ」

「自生してませんので、見ていて楽しい図鑑の方には載ってないから色彩がなくてわかりにくいかもしれませんが、本来は薄紫色です。中心部が濃い紫で、綺麗な部類でしょうね。で、次が……」


 ヘラを抜き取り、次の目印のあるページを開く。


「……ハル。今度、ブックマークをあげるね」


 折り畳んだ布巾が挟まっていた。


「す、すみません。寝室へ戻ればありますので、気にしないでください。ええと、これがソムニフェルムです。赤とか白色ですが、何よりも背丈が100cm以上もあって高いです。以上です」 



 子どもたちの走り回るスペースを全て埋め尽くすポピーの花畑。

 ハルはそれ自身が不自然だと思いながら、アイスランドポピーとナガミヒナゲシのさらに奥にある毒々しい色をしたほぼ同じ形態のポピーに興味が沸いた。

 シュネーリヒトがもし訪れていたなら、きっとすぐにそれがわかったに違いない。首を傾げるイルルージュに、基本は知るはずのない花だからと苦笑いした。


「後者2種は、脱力感、倦怠感やがては精神錯乱を伴う衰弱状態を引き起こす物質が含まれる植物です」

「……それは」

「――――――"毒"と、ひと塊りにしてしまうにはまた違う感じですが、あまり花壇には使わない花でしょうねぇ」


 のんびり言って、見事な花畑を思い出す。

 抽出して売りさばくにはあの量は少ないだろうし、そうなると直接何かに使っているとしか考えられない。チラリと横目でイルルージュを窺うと見分中のようで。


「イルルージュ王子」

「あ、うん」

「あそこには孤児とはいえ子どもがいるはず(・・)です。敷地内の庭が花畑では走れないと思いますよ」


 イルルージュ王子の顔色がさっと変わる。

 ちょうどノックが聞こえ、廊下から近衛兵が「お時間です」声を掛ける。


「わかった。ハル、ありがとう」


 きっと、あの花の存在は序章でしかない。イルルージュは気付くだろうか。


「……気付かなくても、関わることで白日の下にさらされるってことはあるだろうし」



 扉が完全にパタリと閉まり、ハルは呟いた。



「……それにしても、ペティナイフ見つかってよかった」



更新遅くてお詫びです。誤字・脱字等ありましたらご指摘ください。読んでくださってありがとうございます。引き続きよろしくお願いします。

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