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4.ハルと神様(3)



 基本的にこの国の建物の壁は漆喰だ。商人街は荒い粒子の薄い生成り色、王城に近付くにつれて色は白くきめ細やかになっていく。多少、戦火の爪痕は残るが王都内はほぼ復興し、整然とした街並みが続く。


 商人街の居住区である細い裏路地を抜けて馬車道へ。やっと整備された石畳の道に出て少し緊張感をほぐし、しばらく三輪車を漕ぎ進める。前のカゴに置いた寸胴鍋が揺れるたびにチャプリチャプリと横に揺れた。

 今日は特に揺れが激しい。


「うわっ。こぼれるなーこぼれるなー」


 朝の清々しい雰囲気の中、呪いのように呟き、鍋を凝視。それでも突然現れる石畳の割れ目を余裕で交わすのは慣れた道だからできることだ。


「よし。無事」


 最後まで気を抜かないよう、赤い扉の二階建てのお店の前でゆっくりと三輪車を止めた。

 いつものように荷台から寸胴鍋を両手で抱えて、色鮮やかなナスタチウムの鉢が両サイドに置かれた灰色の石階段を数段上る。真っ赤な扉を開けると同時にベルが鳴り響いた。



「リジー、おはようございますっ」


 一年前なら重い荷物に「ぜぇはぁ」が付加されたが、体力も筋力もそれなりについたらしい。息ひとつ乱れずに『大きな声で元気よく挨拶』をする。

 けれど、太陽が差し込み始めたそこに人影はなかった。


「……あれ、奥かな」


 特段気にせず、とりあえず定位置の暖炉の上に寸胴鍋を運び込む。


「本、本っと」


 置きっぱなしにしていた本を取って戻り。

 やっぱり、そこに見知った顔はなかった。


「あれ?ベルが鳴れば出てくるんだけどなぁ、リジー」


 店舗兼住宅。奥には作業部屋と貯蔵庫があり、二階にはこの店の主の部屋がある。ハルが訪ねてくるこの時間には大体、彼女はここにいて作業をしている。奥にも作業部屋が続いているからそっちにいるのかもしれない。


「……そういえば」


 よく考えてみれば、この時間にこの店が静まり返っているのがおかしい。いつもは薪のはじける音がしなかったか。


「……そういえば」


 さらによく考えてみれば、なぜ、するべき香りがしない?

 壁の時計を確認。


「10時きっかり。出勤時間だし……リジー?」


 いやな予感が過ぎり、店内を奥へと足早に進む。



 まさか、強盗とか?

 店内は昨日、掃除して帰ったときのまま綺麗そのものだった。



 まさか、病気とか。

 不意に住居区画となっている二階を見上げる。

 いやいやいや、昨日は健康体そのものだった。ビールがどうのこうの言ってたし。



 ああ。

 でも。


 どうか、空の上の見えない神様。

 どうかどうかどうか、わたしの恩人かみさまにひどいことをしないでください。



「リジッ!」


 奥の作業部屋に続く扉を勢いよく開いた。








 

 そこに、いた。









 変態……






 もとい酵母菌中毒者が。


「げ」


 それが目に入った瞬間、がっくりと項垂れた。

 ああ、何が強盗だ。

 何が病気だ。


 神様、ごめんなさい。


「リジ……ああああぁ。そうか、今日は月に1回の酵母菌育成の日だったんだ……」



 いい加減、慣れたその光景に早々に声を掛けるのを諦めた。


 ハルの存在に全く気付く様子もなく、ほどほどに太陽光の入る適温のキッチンの隅でうっとりと並んだ瓶を見つめている金髪の美女。



 リジー・グランスト。

 

 市場のダロンのれっきとした実妹。3拍子揃ったプロポーションに明るくおおらかで、とりわけ優しい。この辺りで彼女を知らない人間はいない。もちろん、誰にでも好かれる彼女だが。



酵母菌中毒(へんたい)者じゃなければな……」


 異性の影はなく。ハルにしてみればこの店に出入りするのが気楽だが、彼女の今後が心配になってしまう。余計なことなんだろうけれど。



「まあ、いいや。とりあえずパンを焼かなきゃ……」


 ふう、とため息をひとつ。


 踵を返した肩越しから「ふふふ、早く大きくなるのよー」、そんなうっとりするような美声が聞こえてきた。



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