41.ハルと不遇の王(7)
「ごはん、ごはん」
食べるのより、むしろ昼食作りが楽しみだ。着替えた黒色の部屋着ワンピースを翻しながらスキップで物静かな廊下を進む。長い髪は編みこみ、きっちりその上からレースのハンカチを三角布代わりにして留める。首筋すっきり、今度こそメイドさんのようだ。
「お昼は何にしようかなぁ……とりあえず」
シュネーリヒトが用意した大量の野菜を並べていく。
「生もの多すぎるでしょ。野菜は植物ですからね、しおれて枯れていくんですよ、もったいない」
誰に言うでもなく、てきぱきと必要な野菜のみ残して後は貯蔵庫に戻す。新玉ねぎ、キャベツ、人参、セロリ、にんにく、白菜、マッシュルームをさっさか桶の水で洗い、荒く切っていく。こんもりとザルに山盛り二キロといったところ。
「そうだ今度お肉でも作っておこう。贅沢です。ああ、朧に保存瓶を用意してもらって、持ち帰りの分も作って、リジ、喜ぶだろうなぁ」
にんにくを包丁でがしっと潰す。一番大きな寸胴鍋を取り出し、玉ねぎ、人参、セロリ、マッシュルームを焦げないように炒め、次いで葉物を投入。そして。
「ぐふふ……」
笑った。
「怖いな、おい」
思いもしなかった低い声に振りかえると、黒髪騎士が呆れたようにキッチンの戸口に寄りかかって見ていた。クラウドが言っていた鍛錬場から直接来たのか、身軽な服の背中には今朝はなかった巨大な剣を携えている。
「い、いつからそちらに……」
「自称料理人が、にんにくを殺人的なスピードで潰した頃だな」
「結構前じゃないですか!声を掛けてくだされば……」
「目」
「め、め?」
「集中していた。本当に料理人だったんだな、あんた」
「……ハルです。お姫様だとでも思ったんですか」
「暗殺者かと思った」
若干、口の端が引き攣ってしまったけど一応笑い返した。
「な、わけないじゃないですか」
「だろうな。扉も避けられないくらい鈍い暗殺者はいないからな」
この人は、喧嘩を売りに来たんだろうか。真剣に考え始めたところで、クツクツと真横の寸胴鍋の中から音がする。
「わ、わわっ。レイン様、少々お待ちくださいね」
慌ててヘラでなべ底から混ぜる。水を入れずに火を入れる時が一番焦げる可能性があるのに、わたしとしたことが。両手でヘラを持ち、しっかりと上下を引っ繰り返す。
鍋に影が落ちた。
「何を作っている」
「……レイン様。暗いです」
あなたの素敵な身長が、横から入る太陽光をすっかり遮っています、とは言えず。
「ちっこいな」
それにはキッと睨み返した。
が、すぐに鍋に視線を戻す。今は兎にも角にも鍋。失敗するわけにはいかない。貴重な食料を無駄にするなんて料理人の名がすたる。
野菜の汁気が出てきて、さらに弱火にして落としぶたをする。しばらくは焦げ付きに注意しながら、月桂樹の葉とお水を用意。木製の落としぶたに蒸気と汁気が滲んできたところでお水と月桂樹の葉を投入して寸胴鍋の蓋を閉めた。
「よし」
満足げに頷いて、エプロンで手を拭き振り返って。
「あ」
「忘れてただろう」
怒るならまだしも、口元を緩めてレインは腕組みをしたまま壁に寄りかかっていた。
ええ、すっかり。もはや頭の中はお昼のメインのことでいっぱいでした。
「も、もうしわけ……」
「ジイに謝るなって言われただろ。それにこっちが勝手に待ってただけだから気にするな。ほら」
そう言って目の前に軽々と出されたバスケット。勢いに任せて受け取ると、レインは「じゃあな」端的に言ってさっさとキッチンを出て行ってしまった。
「は?」
手渡されたバスケットとすでに見えないレインの背中を交互に見て、首を傾げる。
「は?」
いやがらせの物か何かですか。
「……なに?」
レインが持ってきたものだ。なんとなく厄介物のような気がする。恐る恐る菜箸でバスケットの蓋を持ち上げ、そっと覗く。
「い、いもむしっ!?」
緑色の物体が敷き詰められている。うっかり『術と式』を発動しそうになって気付く。
団体様ご一行は動かない。
「ひいっ!もしかして、し、死骸……っ」
やっぱり『術と式』を発動しそうになって。鮮やかな緑の膨らみに気付く。
「あ、あれ、もしかして……」
菜箸を調理台に置き、今度はある予感とともに手でしっかり開ける。
バスケットの中はかわいい緑が敷き詰められていた。
「――――――ソラマメ!」
歓声とともに大きなふっくらとした膨らみをつまみ出す。
「うわああああ。かっわいいぃ!そうかそうか。ソラマメも時期ですね。って、ああ、大変!早く剥かなきゃ!色変わる!味落ちる!臭くなる!」
そうしてレインのことを忘れ、うきうきと違う両手鍋にお湯を沸かし始めるハルだった。
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