39.ハルと不遇の王(5)
「ごめんっ、ハル!」
飛び込んできたのは赤銅色の髪の少年。ほぼ毎日のように会っているからか以前感じたような熱い思いはない。むしろこの落ち着きのなさは子犬感覚だ。
「慣れって大切なんですねぇ……」
聞こえないようにしみじみとポソリ呟いたら、いまだかばってくれていた玉虫色の瞳が、押し殺したように小さく笑った。どうやら"美形に対する耐性"について、理解してくれたようだ。当の本人もそのうちに入るのだけど。
「大丈夫です、イルルージュ王子殿下。ありがとうございます、レイン様」
「レインでいい」
小さな声でハルに返し、何事もなかったように彼は先にクラウドがそうしていたように膝をついて主に頭を下げた。ハルもまたワンピースの両端をつまみ、頭を垂れる。
「ハル」
可哀相になるくらいがっかりした声色で名を呼ばれ、けれど頭を上げることはできない。
これが彼等とのかなり譲歩したうえでの境界だ。ここは公の場であって、あの時の倉庫ではない。だからこそ"元の場所に帰って、それでもわたしへ伝えなければと思うのならその時に聞きましょう"そう告げて確認をした。
そして、彼にならそれがわかるはずだ。優しくて賢い、この王国で民から一番求められている王位継承者であるイルルージュなら。
「ハル」
その声色に、ハルはそっとほほ笑んだ。
「顔を上げよ。お前たちも許す」
「は」
"ヒスイ"はもうそこにいなかった。
いるのは、第二王子"イルルージュ"。
「待っていたぞ、ハル」
けれど結局そう言って、嬉しそうに笑顔を向けるイルルージュに苦笑いして。
「光栄です、殿下」
差し出された手を取り、ハルの腕を駆け上る痛みは彼が"王族"だからこそ。この痛みのわけを知り、自分が魔術師だと認識したあの日が恨めしくも懐かしい。
「急なわたしの頼みを聞いてくれて感謝する。兄様がわたしが無断で外に出るくらいなら、市井のことをよく知っている者に聞くようにと話し相手を探していたのだが、たまたま料理人として王城に呼ばれていた君に無理を言ったのだろう」
そういうことになったらしい。どこまで、シュネーリヒトがイルルージュに本当のことを言ったのかはわからない。随分うまくできたものだとハルは感心しながら「こちらこそ身に余る光栄です」答える。てっきりこの制服は、小間使いか侍女見習いだと思ったのに。
「これからしばらくの間、わたしの話し相手として同行してもらうことになる。クラウド、レインは君の警護につける。クラウド、レイン、ハルはわたしの――――――友だ。頼む」
「は。御意に」
"友"。
クラウドとレインに一拍おいてそう告げたイルルージュは、ふたりを見ずにまっすぐに翡翠色の瞳をハルに向けていた。
わたしは。
商人街のパン屋に間借りしている王都の許可もないただの料理人で。
幼少期は"孤児"。
そして極めつけは生まれながらの"魔術師"。
……ひどい。
普通を求めるのがそもそも間違いだったのではないだろうか。
「――――――っ、あはははは」
「ハ、ハル?」
「大丈夫です。申し訳ございません」
そう答えても、考えれば考えるほど自分の存在が普通からほど遠くかけ離れていて。
なのに、すんなりと受け入れたイルルージュもシュネーリヒトも王族で。
「ハル。わたしの友。これからよろしく頼む」
そして"友"と呼ぶ。
ハルにとって初めての言葉は、一番ありえない、天と地以上にかけ離れたところから与えられたのだった。
「はい。イルルージュ王子殿下。御身の仰せのままに」
だからより一層の忠義をあなたに。
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