3.ハルと神様(2)
「これって」
薬包紙から出てきた可愛らしいピンク色に目を奪われた。
「……カロン」
持っているだけでも壊れてしまいそうなほど軽いそれに、ちょっとした感動を覚えた。
「マ、マカロンだ……」
数日前、貴族街で流行っているお菓子が商人街でも売られることになったと聞いて、興味津々に開店したお店に向かった。初日だったからか、お店の前は商人街に住む女子が全員並んでるんじゃないかと思うくらいの大行列。例の本を持っていたこともあって並ばなかったが、それでもどんなものか見てみたくて、お兄さんが試食に配っているマカロン(断片だけど)のカゴをそっと見てみたのだ。
うん。断片すぎてよくわからない。
「マカロン」
ベットに移動し、マカロンをそっと摘む。
うっとりとしばらく鑑賞。
「うふふ……これが、マッカロン」
軽く表面をつついてみたり。
鼻を近づけてみたり。
「ベリーの匂い。あ、ベリーが練り込んであるのか。で、挟んであるのは何かなー……」
解体。
瞬間、ハルは目を輝かせた。
「チョコレートっ!」
大好きだ。
大好物だ。
目に入れても痛くないくらい。
貧乏人のわたしには滅多に口にはできない代物で。
うん。
幸せすぎる……このお菓子。
「さてと」
十分、見た目を堪能して、ベットの上に居住まいを正した。
きっと奥さんが持たせたのだろう。ダロンがお店で買っている姿は想像できない。甘いものに目がなさそうな気もするが、多分、そこまでやらないだろう。……やらないと思いたい。
孤児院出身だからといって偏見を向けず、ダロン夫妻には何かとお世話になっている。わたしは幸運だ。
こうやって気にかけてくれるひとがいるのは、正直、嬉しい。
分厚いメガネの奥の深く、深い漆黒の瞳を細めた。
「それでは、遠慮なくいただきます」
ハル。
それが顔も知らない両親がつけた名前。
孤児院に辿り着いたとき、それがお包みに刺繍されていたらしい。実際には孤児院のシスターの名前が付くけれど、平民だから必要にはならない。
孤児院は13歳になると強制的に追い出され、ひとりで生活をしていかなければならない。
成人は法律で16歳と決められているが、成人に満たない小さな子を放り出しても問題にならないのは、院にいる間に手に職がつくように訓練されているし、望めば職の斡旋もしてもらえるから。たとえ、そこに処遇の善し悪しに問題があるとしても。
院でやった仕事の内で一番料理が好きだった。そして、料理というほどの料理はなくても質素な食生活の中、必ずそこにはスープがあった。最低限の食材で栄養のある食事を摂るには一番手っ取り早く、安上がり。できるだけ味が重ならないように、それでいて食材を大事に余すことのないように作る。その作業が好きだった。
だからわたしは料理人を選んだ。
けれど。
外に出てから知る。
この国の料理人には肩書きという信用が必要だった。せめて普通の平民である、そんな肩書きが。どこの誰かもわからない人間に自分が口にするものを作ってもらいたくないのだろう。
つまり、それは偏見で。
この手は汚れてなどいないのに。
わたしには“普通”という自由がない。
ただ、この国の戦火に巻かれ、孤児になっただけだというのに。きっと、これから先も付いて回るのだろう。偏見が。
職にありつけるはずもなく、持たされた最後のお金で何か口に入れるものをと市場でウロウロしていた。何日も歩き続けて疲弊して、すでに意識は朦朧としていて。
「おいで」
あのひとことが神様の言葉だった。
あの覗きこまれたときに見た、心配そうなダロン夫妻の表情が今でも忘れられない。
涙がとめどなく流れ、今度は困ったように苦笑いして。ふたりに温かい食事をもらって。
きっと、父と母がいたらこんな感じなんだろうと思った。
だから。
ダロン夫妻は神様だ。
そしてもうひとり、神様がいる。
……ちょっとばかり変わった神様が。
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