閑話4
シュネーリヒトは何か言いたげな弟を強制的に部屋の外へ追い出し、「それでは、ハル。よろしくお願いします」律儀に頭を下げて去って行った。
やっと静かになった部屋の中。小さく息をついて、傍に落ちていた巨大な継ぎ接ぎのウサギのぬいぐるみを拾い抱える。ふかふかのベッドを麻薬のように感じて、躊躇い。結局、ハルはウサギを抱えたまま廊下へ出た。
物音ひとつせず、日の当らない廊下は薄暗くひっそりと冷たい空気が溜まっている。
「どうせ、わたしの行動はシュネーリヒト王子には筒抜けなんだろうし」
ベッドから起き上がり、寸分の間に彼らは部屋へとやってきた。"覗き見"なんて趣味の悪いことは流石にやっていないだろうと思いつつも、多分、生体反応が動く気配を察知できるような"術"をシュネーリヒトが使っているに違いない。
綺麗な青味がかった白銀の糸のような細く長い髪。
深く深い、青色の瞳。
纏う絹の法衣は上品でいて、けれど彼の存在を隠すほどに馴染み。
「どれだけ傷ついてきたんですか」
足を止めずにハルはまっすぐ廊下を突き進む。王城の一部でありながら、使用人が誰もいない"家"。まるで幼いころ閉じ込められた折檻部屋のように、季節に反して空気は冷たい。
「わたしが"普通普遍"を求めて孤独であるように」
彼を恐れて、誰も近づかないのか。
それとも。
彼が、誰も寄せ付けないのか。
「好きで魔術師になんて生まれたわけじゃないのにね」
嘲笑を含みながら呟いて、いつもの歓喜と鳴りやまないはずの喝采が上がらないことに気がついた。
「恐いの?ここの主が」
それは、それほどシュネーリヒトが魔術という力を恨み呪っているということなのだろう。苦笑いして階段を降りる。1階は王城側に窓があり、やっと日の光が差し込み暖かくなっていた。森のような大木の先に白亜の城が聳え立っていた。
近くて、それでも遠い距離。
「わたしは何も恐れていない」
強いていうなら“特殊”
強いていうなら“強靭”
強いていうなら“忠誠”
強いていうなら“賢才”
さらに強いていうなら“冷酷で冷徹”、けれど“冷美”。
民が語るそのすべてが真実で、けれど真実ではない。誰も彼を知ろうとしないのだから。
ハルはしっかりと巨大なウサギのぬいぐるみを抱きしめた。
否。
これはクマ。
昔、庭番に引き裂かれ、パーツをバラバラにされて、最終的にハルの知らないうちに孤児院の子供たちに捨てられた。埋められたのか、捨てられたのかさえ、兎にも角にも行き先は知らない。
「シュネーリヒト王子」
彼が本当は"ほほ笑むこと"を知っている。
彼が本当は"驚くこと"も知っている。
彼が本当は"傷ついていること"も知っている。
彼が本当は優しいことも。
だから。
ただひとつ。
「魔術師もまた人間です」
ハルはクマのぬいぐるみを強く抱きしめ、その場に燃えるような真っ赤な髪を無造作に広げ蹲った。
その肩越しに、気づくか気づかないかほどの小さな嗚咽を漏らして。
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