33.ハルと魔術師(5)
「一応、ご納得いただけたようですね。それと、何故、ハルのところへ行ったかですが……さきほど言ったように魔術師を確認するために」
「確認?わざわざ王子殿下自身が動いて、ですか?」
大きく嘆息し、シュネーリヒトは続ける。
「魔術師 、ですから。私自身も、そして相手も」
一瞬にして湖色の瞳に影がかかる。夜の帳が落ちたように暗く沈み、冷たい湖の底の色へと変わる。
「この国に一体、どれだけの魔術師がいると思っているんですか。何故、忌み嫌われるのか、太古の昔はむしろその力がない方が奇異であったというのに。そんなのわかりきったことです。"普通"それ以外のものは認められないからですよ」
"普通普遍"。それはわたしたちにとって永遠に夢でしかないのか。
ハルはどこかシュネーリヒトに稀代の魔術師を重ねた。
「魔術師を確認するのがわたしの役目のひとつです。いまだこの国で数名しか監視下におかれていない希少種。それが、王子イルルージュが誘拐されたときに関わりを持った。これがどれほどのことだかわからないでしょう?反乱分子の中に魔術師がいるとわかれば、王国をあげて狩る。わたしも含めて」
「そんなっ!だって……」
「私は王子である前に魔術師なんですよ、ハル」
拳をギュウと握り締め、シュネーリヒトを見上げた。暗い闇の色は傷ついた過去、そして現在、未来に。
「報告前に真意を確かめるのは当然でしょう。まあ……まさか、あなたのような方だとは思いもしませんでしたけど。想定外もいいところです。もちろん、良い方向に想定外ってことですよ。ですから大事なイルにも渡すつもりはありません」
「…………はい?イル、ルージュ王子ですか?」
「なんでもありません。こちらの話です」
ふわりと微笑し明るい湖色の瞳に戻る。
「ハル」
それは嬉しそうに呼び、そっと頬に触れ「さてと、ハルの質問には全部答えました」優しく告げる。
「単刀直入に言います。ここから先は取引です。この国にあなたを魔術師として登録しない代わりに、少々面倒事をお引き受けいただきたいのです。もちろん私としてはあなたをこの国に登録するつもりなど毛頭ありませんから、そのあたりは信用していただいて結構です」
「……面倒ごと?」
「ええ、お引き受けいただけるという理解でよろしいですね?」
強制力を持ってますよね、とは言えなかった。明らかに目は笑っていないし、断るなんて言葉を聞く耳は持ってなさそうだし。そもそも、国には登録をしないって言っても、すでにその長が知ってるんだから同じようなものだと思う。
仕方なく、本当に仕方なく小さく首を縦に動かした。すべては、イルルージュをさっさと助けなかったところから始まっている。
さすがの魔術師でも時間は戻れない。
戻ろうと思ったことはないが、この世界の理からみても明らかに禁忌。考えただけでも"普通"からかけ離れそうだ。
「よかった」
安堵の声だが、実際には単語に乗じた感情がこもっているとは到底思えない。
「それで、何をしたらよろしいんですか」
だから本当に冷たい声で抑揚なく答えたら、傷つきました、なんて表情をわざわざ作られた。
「……はぁ。本当にあなたに嫌われるのは勘弁してもらいたいですね。イルにはこのまま的になっててもらいましょうか」
「まと?」
「本当に嫌なんですよ、あなたとイルを一緒にしておくのは。でもイルはそれならすんなりと受け入れるでしょうし……ああ、本当に嫌だな……やっぱり、このままやめようかな……」
「……朧、話が全く見えません」
シュネーリヒトは苦笑いしながら顔を上げる。衣擦れの音がして。
「まったく。本当に想定外です」
ふわりと赤い波打つ髪が揺れ、ハルの耳元で甘い声がした。
「生まれて初めて魔術師でよかったと思いましたよ」
ハルの顔にかかるその髪がシュネーリヒトのものだと気付いて、体が一気に熱くなった。
第一王子アルバータは女ったらしだとリジーがえらい剣幕で噂を話した。あまりの剣幕に忘れることはなかった。
ああ、異母兄弟シュネーリヒトについても関係ないと聞き流さないで、しっかり聞いておけばよかったと、耳まで真っ赤にしてハルは後悔するのだった。
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