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32.ハルと魔術師(4)



「……頑固」

「なんとでもおっしゃってください」


 この部屋からの脱出を試みたシュネーリヒトは、ゆったりと広がった燃えるような赤い髪を視界に入れた瞬間、苦虫を噛み潰したような表情でハルを見返した。


「わかりました。ちゃんと答えますから、こんなところで無駄に魔術を行使するのはやめてください、ハル」


 ハルの周りに浮かんでいた小さな文字が霧散し、それを確認してシュネーリヒトは嘆息し両手を軽くあげる。



「これだけの力を持つ魔術師(ウィザード)が、国に登録されず今まで生き延びていられたなんて考えられないですね」

「実際に目の前にいますけど」

「……わたしが気付かないなんて、ということです」

「"普通"を死守しましたので。まあ、その結果がこれですけれど。さ、脱線はここまでです。質問に答えていただきます」


 

 ずっと。

 そう、ずっと。


 孤児院にいたころから、ある程度、何らかの危機感を察していたハルは自分の魔力を感知できないように常時隠し続けていた。

 例えば、すれ違っただけで魔術師同志なら感じるだろうその香りを。

 例えば、稀代の大魔術師(バカ)が残さざるを得なかった、大きな力を持つゆえの本に記されただけの名前にさえ宿ってしまったその香りを。

 眼鏡にその力を宿して。



「そうか、眼鏡。すでにそのときから失敗していたのか」


 なくなった瞬間にそれさえも気付かないほど、やはりどこかで動転していたのだろう。


「初歩的ミスですね」


 シュネーリヒトがハルの元へ訪れるきっかけになった、イルルージュが発した"ハル"、その単語に感じたという魔術師の香り。

 半ば自業自得の結果に、ハルはげんなりと肩を落とした。



「ハル?」

「いえ、こちらの話です。それで、リジーになんておっしゃったんですか?リジーもかなり不審者に厳しいと思いますけど」


 リジーに限らず、あの兄妹はハルに過保護だ。ハルの感覚が甘すぎるらしいが、ハルにとって自分に興味がある人間がいるとは思っていないから不思議でたまらない。



「そうなんですか?"ハルのスープの虜になりました。ぜひ、わたしの家でしばらくの間、料理を作って欲しいので、せめて1カ月の間、彼女をお借りすることはできないでしょうか"と言ったら、それは喜んでいただけましたよ?」


 それは、また。


「ずいぶんと嘘八百を」


 さらにうなだれる。


「心外な。すべて真実です」

「……じゃあ、まず"虜"っていうのは」

「トマトのスープは本当に美味しかったです。トマトの酸味とあのツブツブの食感は忘れられません。ぜひ、体調が戻ったらもう一度食べさせていただきたいです。ちなみにリジーのお店で売っていたカレースープも美味でしたよ」


 倒れた日に初めて店頭に出したのに、食べたんだ。王子。

 っていうか、兄弟そろって毒見なしで。


「似たもの兄弟ですね。さすが兄弟」

「若干、ばかにされている気がするのですが、気のせいですよね」

「ええ。もちろん」


 シュネーリヒトの微細な表情の変化の中に、本当に嬉々としたものが感じられてハルは照れながら「それはわかりました」小さく頷いた。


「それじゃあ"料理を作って欲しい"というのは」

「ですから、ここでわたしのために作って、一緒に食べてください」



 絶対、顔が真っ赤だ。

 なんだ、そのプロポーズごとき言葉は。

 サラリと言っておきながら自分の言動に気付いていないらしい、シュネーリヒトのまっすぐな湖色の瞳から逃れるように顔を背ける。がんばれ自分(ハル)

 だけど。

 リジーがそれだけで快諾(しかも嬉々と)するとは思えない。

 なんか他に決定打があったに違いない。



「あの、他に何を言ったんですか、詳細に思い出してください」

「他ですか?そうですね、場所を聞かれたので王宮の中の屋敷ですとお答えしたのと」

「王宮の中の屋敷……」


 納得するまでにはいかないだろうな、いきなり怪しすぎる。


「わたしの身分も聞かれましたので、イルの側近であるとお答えしました」

「王子の側近……間違ってないけど、間違ってないんだろうけど」


 この美形の顔を見て"ありえる"とでも思ったのか。それとも、倒れたときに手を貸していたから多少は信用できたのか。


「そういえば、"ハルを絶対に傷つけないでくださいね"と念を押されました。傷つけたら後ろに隠し持っていた包丁がすぐに飛んできそうでしたね」


 リジ。


「もちろん、"ハルを傷つけるなんてイルルージュ王子に誓ってもありえません"とお答えしました」

「何故、王子に誓ってるんです、そもそもイルルージュ王子のお義兄様でしょう」

「側近ですので」

「……で?」

「で?ああ、そうですねぇ。そのあとすぐに、確か……ハ、"ハーレクインだわ!"と素敵な目を輝かせながら喜んでお受けいただきましたが」



 それか。


 リジ。


 そうだった。


 はまってたんだよね。




 包丁投げつけてでも断って欲しかった。

 そこでうっかり死体があがっても、あとは稀代の大魔術師(ばか)のせいにしといたのに。


 

誤字・脱字等がありましたら活動報告等でご連絡いただければ幸いです。

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