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30.ハルと魔術師(2)



 今度こそ夢を見なかった。


 どこぞの王子まじゅつしに深い眠りに落ちるよう術を掛けられたから。多分、イルルージュの部屋でも強制的に同じ術を掛けたのだろう。

 せめて普通の魔術師はいないのかと、げんなり思う。



 けれど、背中の傷は随分と良くなっていた。上半身に包帯が巻かれ、いつの間にか寝巻も薄紅色の上品な仕立てのワンピースへと変わっている。髪がまだ赤色ということは、急に大きな"式"を連続で使ったからオーバーヒート気味は継続中のようだ。鳥に変われるように、髪の色を黒に見せかけることはたやすい。



「まあ、たまにはいいかぁ……それにしても、何日くらい経ったのかな」


 元々の髪の色は"燃えるような赤"。

 のんびり言って、久しぶりにベットから抜け出した。なんとなく隣に一緒に寝ていたらしい、いびつなうさぎのぬいぐるみを抱える。懐かしいような、知っている香りがふんわりと広がった。



「リジーになんて言ったんだろう?ああ、そうだ。当面の生活費をどうしたら……夜も仕事しなきゃかなぁ」


 がっくりと肩を落とし、ドアノブを回す。

 そして。



「――――――ハルッ!!!!」


 目の前に王子様(イルルージュ)が血相を変えて飛び込んできた。



「あ、おはようございます、イルルージュ王子。よかったです。顔色も良くなってるし、大丈夫そうですね」


 咄嗟に、ほっ、と息を吐いてイルルージュに笑いかけた。

 暗がりでもわかるほど衰弱していた彼を見たときは、心臓が止まるかと思った。確かに、肉が落ちた頬や体つきにその名残が見て取れるが、今は赤みが差し、何よりも翡翠の瞳に光が戻っている。

 イルルージュは瞬間的に顔色を赤く一変させ。



「あ……ハ、」

「バカ。女性の寝所に駆け込む紳士がどこにいますか。王子としての自覚以前の問題です」

「いたっ。あっ、ご、ごめんなさい……」


 パコリと赤い頭を軽く小突く影。見上げると、絹の法衣を着たイルルージュ兄と目があった。いつ見ても麗しい。

 

 "強靭"で"忠誠"、"賢才"。この王国の誰もが知っている彼を称える言葉は数知れず。その後に続く"冷酷"で"冷徹"という単語に彼が()だということにすぐに結びつかなかった。

 強いていうなら"特殊"。

 さらに強いていうなら"冷美"。

 


 イルルージュと腹違いの兄王子、側妃の子、"シュネーリヒト"。



 "特殊"はきっと人知れず"魔術師"であることを指し。"冷美"、誰よりも綺麗な至宝のようなこのひとにぴったりだ。ひとつ疑問が残るけれど、まあ、この際、気にしないでおこう。きっとそれは彼らの"血"に関わるお家の問題だ。今現時点以上に関わりを持ちたくない。


 す、とワンピースの端を摘み、膝を折る。



「シュネーリヒト王子殿下でいらっしゃいますね。数々のご無礼、大変失礼いたしました。傷もほぼ完治しましたので、そろそろお暇させていただこうと思います。薬代とこのワンピースは後ほどお届けにあがります。それでは」


 許される前に顔を上げ、いびつなうさぎをイルルージュに押しつける。ワンピースの裾を翻すように小走りにシュネーリヒトの脇をすり抜けようとして。


 ひょい。


 そんな単語がぴったりだった。


「のあっ!?」

「女性がそんな言葉使いはいけませんよ、ハル。まったく、油断も隙もありゃしない」


 あろうことかシュネーリヒト王子に抱えられた。いや、捕獲っていうか。

 華奢な外見なのに、意外に力強く大きな手に背を支えられ、体中がざわめく。


 負けるな、自分(ハル)


「今日こそ帰らないと!リジーに心配かけますので。っていうか、逃げないので下ろしてください」

「リジーにはちゃんと言いましたし、ご納得いただきました」

「ええ!?まさかシュネーリヒト王子殿下が自ら行ってくださったんじゃないですよね?っていうか、取り急ぎ下ろしてください」

「行きましたが、それが?」


 サラリと言われたとんでもない回答に、驚いて叫んだのはハルだけではなかった。むしろ、まさかの事態にハルはついていけない。


「兄様!?」

「なんですか、イル。そもそもあなただって勝手に抜け出して、これだけ人さまにご迷惑をおかけしておきながら」

「はい、反省して……いえ、それとこれは別です、兄様!」

「なぜです。100字以内で言ってください」

「100字以内ですか!?」

「数字は見逃して差し上げます。すでに7文字ですよ、イル」


 仲良しだな、そんなことを悠長に思いながらハルは、この状態からの脱出方法を考える。


「……ハル」


 不意に囁かれ振り返る。それは、いつもの甘い、からかうような声色ではなく真剣などちらかといえば冷たい声で。支えている手にも力が籠る。

 至近距離に深い湖色の瞳が佇んでいた。

 イルルージュは100字以内を遂行しようとしているのか、両手を折り開き唸りながら考査中でこっちのことなど気にしていない。その様子にハルは苦笑いした。


「まじめで優しすぎる王子様は嫌いじゃないです」

「私以外の男の好き嫌いなんて言わないでほしいですね。ですが、嫌いじゃないと聞いて安心しました」

「シュネーリヒト王子殿下?」


 この冷美な王子が言わんとしていることが何一つとしてわからなかった。


「リヒトで結構です」


 随分、短くなったな。いや、絶対無理だし。


「シュネーリヒト王子」

「リヒト」

「……リヒト王子」

「王子ではないと言っているでしょう?それではシュネーリヒトはいかがですか」


 もっと無理。


「それでは……」


 少し考察して、楽しそうにその声は告げる。



おぼろならば構わないでしょう?」



 わたしが黒髪を赤い髪に幻影のように見せられるように。

 わたしが赤い猫になれるように。

 わたしが赤い鳥になれるように。


 この王子もまた。


 謎の不審者(シュネーリヒト)だった。


 

いつも読んでくださってありがとうございます。誤字・脱字等発見されましたらどこかからかお知らせください。お気に入り登録ありがとうございます。

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