表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/65

閑話3

息抜きに。稀代の〇〇〇のお話です。



 "ロサ・リリアンベイリス・ウィザード"


 ウィザードはこの国の名を指し、ロサは、花の中の王を指す。

 つまり、この国の王族の中でも一握りの人間でしか得ることのない名を彼、リリアンベイリスは持っていた。

 ただし、それは名前だけのこと。


 リリアンベイリスの扱いはこの国の一般的な民にも及ばず、ましてや王族などもってのほか。強いて例えるならば、そう。


 罪人のように。



「やあ、リリー。ご機嫌はいかがかな?」

「……麗しいように見えるか、エル。ここから出せ」

「それは僕じゃ、まだ無理」

「ふん、知ってる。それとおれの名前はリリアンベイリスだ、残念ながらな。そんな女々しい名前で呼ぶな」


 青年(エル)は楽しそうに一笑いして、再度、呼ぶ。



「僕の美しい、リリー」


 そうして鉄格子越しに手を伸ばし、リリアンベイリスの顔を覆った長い銀色の髪に触れた。整えることを知らない長い髪は、手入れをされていないからかお互いに絡まり、髪を梳くエルの指をいちいち止める。


「おい、触るな」


 けれど枷をはめられた両手は、自分の髪を梳くエルの手を払うことはできず。ただ鎖が石の床にこすれて不気味な音を立てるだけだった。



「リリー。髪を結ってあげるよ」

「ここから出たら、こんな髪など丸刈りだ。放っておけばいい」

「丸刈り!?やめてよ。こんな綺麗な髪なのに」


 エルは時折恥ずかしいこともサラリと言ってのける。その容姿が端麗だから余計にタチが悪い。


「王子、そろそろ……」


 ふたりのやり取りを見て見ぬふりしていた若い衛兵がさすがに戸惑い、上擦った声を掛ける。



「困ってるだろう。早く帰れ」

「リリー。ほら、早くもうちょっとこっちに来て」


 「まったく」、エルに逆らうことは無駄だと知っている。諦めた表情でリリアンベイリスは鉄格子に近付く。

 エルは無造作に伸びた銀糸に櫛を通し、最後に自分の真紅のベルベットのリボンタイを取り、結んだ。囚人のごときぼろ布を被ったリリアンベイリスに付けられた髪留めだけが、現実のもののようにそこに存在していた。



「おっ、王子殿下!やはりこちらにいらっしゃいましたか……はあはあ……へ、陛下がお呼びです!」 

「呼んでるぞ王子(エル)殿下」

「ふん。そんな肩書、糞くらえだね」


 普段の彼とは正反対の汚い言葉を吐き捨てながら、エルは冷たい床から立ち上がる。薄暗い穴倉のような場所でもわかる、太陽のような黄金の髪と艶やかな絹の法衣が揺れた。それを毎回、眩しそうに見上げるリリアンベイリスをエルは知らない。


「おい、エル、」

「嫌、だね」


 何も言わないうちからエルは拒否し、呼びに来た近衛兵が焦っているのにも関わらず悠長に立ち止まり、地面に座るみすぼらしい、けれど大切な友人にゆっくりと振り返った。



「ロサ・リリアンベイリス・ウィザード」


 エルは必ず忘れそうになった頃に現れ、リリアンベイリスに焼き付けるようにそれを告げて帰っていく。



「この(ウィザード)の真実の後継者おうよ」


 彼の姿こそがあるべき王の姿だとリリアンベイリスは思う。気高く強く、誰もが慕うカリスマ性を持ち。

 自分が後継者おうと呼ばれるなど勘違いも甚だしい。そもそもその権利など生まれたと同時に剥奪されている。疲弊し衰弱したこの国を統べるのは、彼であるべきで、彼でなくてはならないのだ。



従兄あに上」

「……お前に従兄あにと呼ばれるいわれはない」

「でも今の王の息子があなたで、王弟の息子が僕ですから、従兄弟でしょう?」


 いちいちそう嬉しそうに言わなくても十二分にわかっている。そもそも本当の兄弟じゃないかっていうくらい髪の色以外似ているんだから。



「それでは、また(・・)従兄上(リリー)


 また(・・)

 幾度となく「来るな」と言っているのに、エルは懲りずにひょうひょうとやってくる。多分、自分の従者たちを巻いてやってくるんだからタチが悪い。

 従者たちを慌ただしく(焦っているのは従者たちだけだが)引き連れ、エルは涼しい笑顔とともに外の世界へと帰って行った。



「まったく、従兄弟あれには敵わないな」


 そのお陰で、堕ちるところまで落ちることもない。

  "ロサ・リリアンベイリス・ウィザード"と、あの凛とした声に名前を呼ばれるだけで、なんとか十数年も保っているのだ。


 騒々しいエルがいなくなり、リリアンベイリスは構わず床に寝転んだ。じゃらじゃらと重しを付けられた枷の鎖が床に当たり、誰もいなくなった暗い牢に不気味な音を響かせる。



「だが、それももうすぐ終わりだ」


 呟き、リリアンベイリスは高窓から覗く月を見つめた。


 実父おうはまもなく譲位することが決まった。

 もうすぐ、エルは王になる。


 「ふ」息を吐いたのか、それとも嗤ったのか。

 リリアンベイリスは目を閉じ、唯一動く口で"言葉"を口ずさむ。この国の言語ではない、歌のような滑らかな旋律が暗い牢の中に広がった。



 エルはどうするだろうか?



 もし。

 ここから忽然と姿を消したら。

 

 今度こそ、悪だくみとばがりに口角を上げ、後にハルによって稀代の大魔術師(あほ)と呼ばれるリリアンベイリスは笑みを浮かべた。



読んでくださって本当にありがとうございます。誤字・脱字等ありましたら感想や活動報告にお知らせください。お気に入り登録、感想、評価、どれもありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ