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28.ハルと珠玉のひと(11)



 そういうわけでひと段落。

 後始末うさばらしも済んだし、後は王子(イルルージュ)に任せておけばいい。あの男をどうとでもして主犯を割り出すことなど朝飯前だろうから。



「あの男を木端微塵……じゃなくて、引き渡しまでいることができずに、大変、心苦しいのですが、明日の仕事が控えているため、そろそろお暇させていただきます。数々の無礼を申し訳ございませんでした。それでは、さようなら。イルルージュ王子。永遠に」


 語尾を強調し、笑顔で一気に言い切って、イルルージュと目を会わせないように足早に窓に近寄り、足を掛ける。

 名前を名乗ったのはやっぱり失敗だった。『これ以上一生関わるな』と暗に告げたのを気付いてくれるか、心配だ。


「ちょ……ハ……」


 でも、これ以上は、まずい。

 いくら知り合いだとはいえ、相手は王子殿下様さま。しかも、不法侵入中だ。極刑まっしぐら、磔刑バンザイ。


「ハル!」


 慌てるイルルージュを無視。さすがにそろそろ異変に気付かれてもおかしくない。



 が。





「言いましたよね?」




 来たときと同じように帰ろうとして、式を書き記しかけたところで、掛けられた声に固まった。言葉、ではなくて、その声に。

 刺客と思しき男の低い声ではない。冷たさを感じる声色は、けれどどこか艶やかで。



「言い、ました、よね?」


 だけど、ありえない。



「……なんで……?」


 戸惑いを含むそれはイルルージュのもの。イルルージュが『何者だ!』発言をしないところをみると間違いなく王城関係者だ。



「安静にしてろと言ったはずですけど。何度も。……ハル、さん?」



 全身を何かが駆け抜けていった。

 一体。



 どういうこと




 わたしの名を知るひとが、イルルージュ以上に王城ここにいるわけがないのに。

 強いて言えば。




 謎の不審者。




「お、おぼろ……?」






 ギギギ、油させとでも言われそうなぎこちない動作で、顔だけ背後へと向けた。



「あ、れ?」


 けれど思った人物はそこにはいなかった。どちらかといえば、それ以上の美形。



「兄、さま?」

「兄!?」


 よりによって第一王子(アルバータ)!?

 王位継承権をもつ彼に掴まろうものなら命さえ危険な気がする。あまり彼に良い噂はない。女ったらしだとか、気にいらないものはすぐに排除するとか……なんで名前を知ってるんだろうとか、色々気になることはあるが、兎にも角にも逃げるしかない!


 急いで文字を宙に書き記し、攫う。

 文字が青白く光ると同時に両手と背中が予想以上に軋み、痛んだが気にしてはいられない。勢いをつけて両足を窓枠にかけると思いっきり空へ向かってジャンプした。



「はい」



 冷静で、感情のこめられていないような端的な言葉が続いた。



「そこまでです」



 飛んだ、はずだった。

 来たときのように、この国ではもう知るもののいない"鳥"となって。



「まったく。無茶にもほどがあります、王城に乗り込むなんて」


 いつの間にこんなに至近距離にあったのか。

 見下ろす柔らかな深い青色の目はどこかで見たことがあった。けれど目の前の、長い絹糸のような青味がかった白銀の髪を持つ彼のことは知らない。不思議な感覚のなか、何より先に鼻孔に届いたその香りにはっとする。



「魔術師」


 完熟した果物のような、甘い、甘美な香り。決して魔術師たちがすべてその香りを纏うわけではないのだと、稀代の大魔術師は記していた。けれど、そのなかでもとにかく大きな力を持つ者はわかると。魔術師のなかでも恐れ戦く存在があると。

 けれどそれ以上に。



「ありえない。魔術師なんて」


 同時にその考えを嘲笑とともに切り捨てた。迫害とともにあったこの国の歴史の中心的な場所おうじょうにその存在が、こんなに悠々といるわけがない。しかも、第一王位継承権保持者なんて。

 途端に、目の前の美しい顔が楽しそうに変わる。



「私もそう、思いましたよ。つい最近」


 そう言った彼の目は深く深い青色の目に冷たさを湛えていて。


「イルルージュの口からあなたの名前を聞いた時、感じたその香りに『まさか』と。同じように思いました」

「兄様……あ、の」

「黙っていなさい、イル」


 不意に感じた腕の強さに、やっと"イルルージュ王子のお兄様"にお姫様抱っこされていることに気付き、慌てて「おろしてください」消えそうな声で進言する。



「嫌、ですね」


 即答。

 いや、意味がわからない。



「そんな表情をしても駄目です。ハルさん」


 彼は微細な変化とともに困ったような表情で首をすくめる。どんな顔をしてたっけわたし。



「あのっ、ええと……どちらさまか知りませんが、名前は呼び捨てで結構です」


 ちらりとイルルージュを伺いつつ、何故かじっとみている"イルルージュ王子のお兄様"に、にこやかに呼び捨てを進める。おぼろと同じで、美形に名前を呼ばれるたびに、この体はザワリと熱を感じるようになってしまったらしい、恨めしい。



「そうですか」


 ニヤリ。

 そんな笑いだった。間違いなく苛めて楽しむ、的な。そこに決して嘲笑など悪い意味はこめられていないけれど。

 やっぱり、つい最近全く同じことを感じたと、目の前の美形を止めようとして先手を打たれた。





「ハル」



 赤い波打つ髪をそっと撫ぜられる。


 余計、体中がざわめいて。


 あえなくハルは撃沈した。



いつも読んでくださってありがとうございます。誤字・脱字等ありましたら感想等でお知らせください。次に一つ閑話をはさんで次のハルと〇〇〇に入ります。よろしくお願いします。

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