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27.ハルと珠玉のひと(10)



「魔術師です。国へは届けていません。申し訳ありません」


 そう言って、許される前に顔を上げたハルはイルルージュの茫然とした表情を見て苦笑いした。


「大丈夫ですよ、とって食おうって言うんじゃないですから。あの大魔術師(あほ)ならともかく」

「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」

「うるさいな」


 それに応えるようにハルの周りをまわっていた文字式の一部が青白く光ると、男を縛りあげていた茨のツタがさらに太くなり男を圧迫した。


「ぐえ」


 何かが潰れた音がした。


「あ、しまった」


 ハルの赤い髪を一周していた文字の一部がさらに青白く光り、すぐに霧散した。ぎゅうぎゅうと男を絞め続けていたツタが止まり、多少の余裕ができる。ハルはいまだ茫然としたままのイルルージュから視線を逸らし、男の方へと軽い足取りで近寄った。


「気絶中のところ申し訳ありませんが、起きてください」


 パコリ。軽い音がして殴られた男が目を開ける。その視界にハルの笑顔を見つけて、茨のツタに捕獲されたまま後ろへ飛び退いた。


「器用な……」

「お前、何者だっ!!!!!」

「こっちのセリフでしょ。おばか」

「なっ……」

「で、どちらの刺客ですか?」

「言うわけないだろ!」

「つまり。やっぱり刺客なんですね」


 ハルが人差し指をフワリと動かす。

 いい笑顔が浮かんでいた。



「ぐえ」

「あなた方には、わたしの"普通"を奪った罪を償ってもらわなきゃいけないんですよ。ええ、些細なことです。すぐに終わります。ただ単にあなたの雇い主をお伺いして、木端微塵……微塵も残さないようにちゃちゃっと、ひっそりこっそり殺るだけですから。ね?」

「些細じゃねえだろっっっ!!!!!ぐえっ、があああああああっ!?」


 踊る。もとい、男を振り上げて天井近くで振り回すツタ。


「何か音楽でもかけましょうか?楽しそうな……何か良いのあったかな」

「ひいいいいいいいいい!!!!!!!やーめーろーーーーーー」


 真剣に『魔術8』を捲る。


「あんまり知らないんですよ、わたし。芸術には疎くて。そうだ、そのツタを考案した古代大魔術師(バカ)の本なら何か良いのあるかも。あ、それとも、お花でも咲かせましょうか」



 甘い香り。

 そのページにも魔力がこもっているのだろう。ハルはそこに記された式をさっと一読し、「やっぱり読めないし、変な式組み立ててあるし」早々に解読を諦めた。

 ある程度は書かれていることが読めるようになった。収集して研究を続けた結果、やっぱりある程度の傾向と結果は予測できるようになった。が、ハルは意識はないだろう男を楽しそうに振り回し続けるツタを見上げ思う。



「ツタが"楽しそう"に見えるっていうのも、この式に組み込まれてるんだろうな」


 『感情まで左右する精神に語りかける何か』を式に組み込むほどの凄腕の魔術師。しかもそれを長い年月この本に力を押し込んで、成立させ続けている。確かにそれは稀代の大魔術師と呼ぶにふさわしく。けれどそこまでできる大魔術師が、なぜ、どの式にも制御を付けなかったのか。



「それは世界を、自分を排除しようとした世界を呪っていたから」


 今の時代よりも彼のひとを取り巻く環境はひどかったのだと、歴史大全は告げていた。



「わたしは大魔術師あなたを非難できない。わたしが辿る運命だって、どうなるかわからないんだから」


 ハルは宙に新たに文字式を書き記す。フワリと浮いて青白く光り、霧散した。

 男がツタから解放され床に落ちたのを確認して、甘い香りの漂うページに触れた。

 闇の中にどこからか現れた色とりどりの薔薇の花びらが舞う。

 白とピンク色と黄色と、そして燃えるような赤。



「ハル」


 質素な寝巻のワンピースに映える、燃えるような長い波打つ赤い髪。ハルは自分を呼ぶ凛としたその声に振り返らずに、どこからか舞い落ち続ける薔薇の花びらを見上げていた。どうやら、これはただ舞うだけらしい。不意に視界に入った、根元が闇に消えている不気味なツタでさえ、この薔薇の花びらのシャワーを見上げてうっとりしているのだと気付いて、苦笑いした。




「私はウィザード第二王子イルルージュだ」



 振り返り、逆光になって窺うことのできないその王子の顔を見つめた。

 翡翠色の瞳はきっと元通りになっている。それだけで、生きる術であった"普通"を手放した意味もあった。ハルは頷いて満足そうに笑顔を向けた。

 


読んでくださってありがとうございます。誤字・脱字等ありましたら感想等でお知らせください。引き続きよろしくお願いします。

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