2.ハルと神様(1)
朝6時。
王都の商人の朝は早い。
「ハル!ハール!ハル!」
ガランガラン、ガランガラン。
木扉に吊るした来客を告げるベルと同時に、狭い家中に大声が響き渡った。びくりと肩を震わせて、けれど知ったその声に密かに安堵の息をつく。誰にも聞こえないよう小声でそれを呟き、慌てて前掛けで両手を拭いて眼鏡をかけ、来客を迎えるべく台所を出る。
「おーい、いないのか、ハルーハルー!届け物だぞー、ハルー」
「……わたしは犬ですか」
ハルの居住区は王都の商人街の外れに位置していた。この町の民は外が明るかろうと暗闇だろうと、日が昇る前から働きだす。貴族ではないのだから、ゆっくりと起きていたら毎日を生活していくためには一日では足りなくなってしまう。彼もまた例外ではなく、例えこんな早朝の訪問でもこの町では許される暗黙の了解があった。
「おはようございます、ダロンさん」
目の前には丸々と太った大きなじゃがいも。
ではなくて、行きつけの市場の店主、ダロン・グランストの姿があった。ヘルシーな野菜や果物を扱っている割にその体躯は丸々と太っていて、毎度のことながら不思議だ。
「お、なんだ、朝っぱらからしけた顔してんなぁ」
「……夢見が最悪でして」
彼が開けた扉から近所の朝ごはんの香りが漂っていた。ハルは毎朝この匂いで目覚めるのだが、今朝は残念な“普通とかけ離れた夢”のため、それよりも前に飛び起きて、珍しく朝食の準備を終えたところだった。
「おうよ。ついでだから届けにきたぞ」
「うわあっ、新じゃがじゃないですか!おいしそう」
目の前に差し出された大きな蔓の編みかごの中には、ごろごろと小さめのじゃがいもが無造作に詰まっていた。目を輝かせてひとつ取り上げて、ふと思う。
「あれ?じゃがいも?じゃがいも、頼みましたっけ?」
首を傾げる最中で、無言のうちに頭上に大きな手が乗った。
「……ええと、あの?っていうか、じゃがいも……」
いや、物を置くのに確かにちょうどいい高さなんだろう。15歳のこの国の平均身長からしたら150cm未満の背丈は低いだろうし、うん。わからなくはない、そんな適当な解釈をして見上げると憐れむような視線が向けられていた。
「ハル、お前……ちゃんと食べてるのか」
「……はい?あの、食べてます」
孤児院時代より遥かに食生活は潤っているはずだ。罰という名の施設の食費浮かしから見たら、朝昼……お金がない時は夜はなしだけれど、かなり普通の生活だと思う。
とはいえ、これはダロンの毎度の定型句だ。毎回苦笑いを返すしかない。小さいときの食生活のせいか、元々の性質か、この体は太ることを知らない。年頃の女の子と比べれば出るべきところが出ず、まあ言ってみれば貧相なんだろう。
「食べてますって!お昼はいつも豪華ですし」
笑って返したのに、じとっとした目で見られた。ある意味、傷つく。
「まあ、あいつんところなら心配ないだろうけどさぁ。うちのかみさんもいつでも食べに来いって言ってたからな。で、こいつはおまけのオマケ」
そう言ってポケットからなにやら取り出し、じゃがいもの上にコロンと乗せた。
「……へ?」
「ま、これでも食べて元気出せ。じゃがいもは今年は豊作らしいからおまけのお裾分け。それとそっちの隅に頼まれた玉ねぎ置いておいたからなー。それじゃ、まいどー」
早朝の台風は、太い腕を上げ愛嬌のある笑顔で軽やかに去って行った。
「あの、身軽な動きが毎度のことながら不思議なんだけど……」
見てみれば、じゃがいもの方が注文した玉ねぎの量より遥かに多かったが、取りあえず気にしないことにして、ダロンが置いて行った薬包紙に挟まれた小さな物体を手にとった。
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