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20.ハルと珠玉のひと(3)



 よく考えてみれば、昨日のうちに状況を追及して追い出しておけばよかった。もとい、お帰りいただいておけばよかった。いくら犯罪の少ない王都だって、おかしいでしょ。見知らぬ人間が至れり尽くせりで介抱してくれるって。お人よしにもほどがある。

 そんなことを悶々と考えていると、目の前に湯気が立ち上る。



「はい、どうぞ。熱いですからちゃんと冷ませてから食べてくださいね」


 栗色の肩までの髪に深い湖色の目。町に出たらさぞや女性に人気あるに違いない、鼻筋が通ってクールな顔立ち。


 けれど、目の前の男は不審者だ。


「勝手に台所をお借りしました」


 律儀にそう言って、ベット脇の丸椅子に腰かけた。


「毒など入っていませんから」


 冗談だろうか?整った顔をにこりともすることなく。ハルは、反射的に受け取った湯気の立つオートミールを見つめながら、この状況に至ったわけを反芻した。


「……あの」


 すっと伸ばされた手にビクリと肩を震わせ、目を閉じて歯を食いしばった。

 その手は、優しく額に触れるだけで、恐る恐る目を開くと、不審者は自分の額にも同じように手を当て「まだありますね」一言、呟く。

 『殴られる』そう思ったのに。わたしへいつも伸びる手は、支えられるためにはない。伸ばされた手によって必ず痛みを伴った。


「どうかしましたか」


 表情筋はないのか。突っ込みたいところだが、若干、心配そうな声色を含んでいたので、首を小さく横に振り、手元の端が欠けたスープカップに視線を戻した。

 ミルクの甘い香りが鼻孔をくすぐる。

 

「……心配、か」

「なにか」

「いえ。あの、いただきます」

「ええ、まだありますから、たくさん食べてください」


 この家にミルクはなかったはずだ。麦も。まだ寝ているうちに買いに行って、作ってくれたのだろう。一口すくい、不審者の忠告通りオートミールをしっかり冷ませてから口に含んだ。



「…………おいしい」


 小さく、本当に小さく呟いただけだったのに、次に顔を上げたとき、不審者の男は微笑んでいるように見えた。なんとなく嬉しくて次々にスプーンで運ぶ。そういえば他人が作ってくれたご飯は久し振りだ。悠長に感慨深く黙々と食べていると、不審者は「ああ、そうでした」呟き、顔を向ける。

 


「食べたら薬を塗りましょう」

「……ぐ、もぐ、おいしぃ――――――って、は!?」

「それは塗らないと治らないですよ」

「はぁ、そうですけど、この家には薬なんてものはないです」


 あったら、いくらなんでもこんなになるまで放って置くことはない。薬は高価だ。そもそも別料金で医者に行かなければいけないし。リジーに伝わりそうで、医者には行けなかったのだが。


「ああ、それなら」


 不審者は軽く返事し、もぞもぞと瓶を取り出す。瞬間、蓋がきっちりしまっているはずなのに苦く、鼻につく臭いが漂った。咄嗟に鼻をつまむ。


「……しょれはにゃにでしゅか」


 不審者は清々しいまでの無表情で「薬草をすりつぶした特製です」答える。

 不審者は……薬師だったのか。


「ちなみに、私は薬師ではないので自己流ですが」


 謎は深まるばかりだ。





 苦くて鼻につく匂いの薬をやんわりと断ったのに、それならば煎じて飲むようにと言いだした。瀕死の事態はなるべく回避したい。仕方なく塗り薬を許可し、自分で塗ると言ったのに、何故か不審者はそれを譲らない。仕方なく嘆息して癖のある長い黒髪をひとつにまとめ、背中を向ける。

 まあ、孤児院にいたくらいだし慣れてるけど。


「それじゃ、お願いします」


 ワンピースをスルスルと脱ぐ。不審者、一応『男』の前で。


「あ!」


 不審者が叫ぶので途中で手を止め、振り返る。


「あっあっ!」


 振り返ると逆に不審者が背を向けた。


「……あ、あの、すみませんでした」


 観念したような小さな声が聞こえた。


「だから自分で塗ると言ったんですよ」

「……はい」


 背中に塗るってことは必然的に裸同然になると思いもしなかったのか、それとも、自分では言いたくないけど貧弱で女だとも思ってなかったのだろうか。


「そんな綺麗なものじゃないから、大丈夫ですよ」


 耳が赤い気がするが、今までどちらかといえば無表情で無頓着な感じがした不審者がここまで感情を出しているのがおかしくて、自嘲的な嗤いを含めながら笑う。


「そんな!あなたは女性なのに……!って、すみませんっ」


 慌てて振り返り、慌てて背を向ける。


「あの……きれい、ですから」


 モゴモゴと小さな、本当に小さなお世辞が聞こえて、なんとなくまた笑ってしまった。


 



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