閑話2
強いていうなら“特殊”
強いていうなら“強靭”
強いていうなら“忠誠”
強いていうなら“賢才”
さらに強いていうなら“冷酷で冷徹”、けれど“冷美”
それがこの王国誰もが知っている彼への賞賛。
当の本人は、そんなものまるで役に立たないと、目の前で素直に、嬉しそうにわざわざ報告をしに来た弟から顔をそむけた。
弟の明るい笑顔は、この殺伐とした冷たい空間の中で皆に憩いと安らぎを与えた。
眩しすぎて目が眩むほど。そむけたくなるほどに。
赤銅色の髪に翡翠の瞳。
どこからでも目を引くそれは、優しく明るい弟にとても似合っていた。遠目からそれを確認しただけでも彼の一喜一憂の表情を思い出して、うっかり口元を緩めてしまう。
「兄様!」
弟が笑顔でそう呼んでくれれば、この身を取り巻く環境に耐えるには十分すぎる理由で。
それだけでよかった。
私は彼のために生きているのだと。
それだけでよかったのだ。
「どうして民を犠牲にしなければならないのです!」
教師と勉学で衝突することがあれば、大きな翡翠色の目に涙を溜め不貞腐れたように頬を膨らませた。
「兄様。私は、民を犠牲にしてまで他国へ攻撃をするよりも、この国を豊かにする方が先だと思うのです」
賢く、けれどそれ以上に優しい弟。
それが彼にとって諸刃の剣になるのならば、特殊で強靭なこの力を忠誠の名の元に賢才と言わしめるそれを躊躇なく冷酷なまでに振りかざそう。
だから、どうか。
いつまでもこの国で、健やかにそのままに。
なのに。
「イル」
頑なに閉ざされていた扉をそっと開ける。
廊下の窓からは、双子のまだ幼い妹たちの笑い声が聞こえてきた。なのに、この部屋は日中だというのに暗幕まで下ろされているせいか、空気は重く暗い。中にいるはずの弟からも返事がなく、足早にベットに近付いた。
「イル、ルージュ」
そこに横たわるのは、随分と痩せこけた赤銅色の髪の少年だった。1週間前、花祭りを嬉しそうに待ち望んでいた彼とは別人のようだ。
「何があった、イル」
ベットの端に腰かけ、痩せこけ今や骨ばってしまった乾いた頬をそっと撫でる。息苦しそうに眠る弟は以前の見る影もない。
花祭りに誘拐された。
総動員して行方を追っていた。
この力も惜しみなく使うはずだった。
あいつらが、もっと早く私に次第を知らせ、助けを求めに来ていれば。
いや、もっと早く自分自身で状況を察知していれば。
爆音と地響きに気付いてからでは、何にしろ遅かったのだ。
ギリ。
歯を食いしばる。
「もし、私が側妃の子どもでなければ……お前をこんな目に合わせることはなかったのに」
誘拐され、夜中、自分の足で戻ってきた弟の目からは生気が消えていた。犯人については詳細に話すものの、どこにいたのか、何があったのか、それを尋ねると途端に口を噤み翡翠色の目からはとめどなく涙が流れるという。
「何が……」
髪にそっと触れたところで、息遣いは荒くなり汗が噴き出す。悪夢でも見ているのかと、起こそうかと口を開きかけたときだった。
「――――――ハルッ!!!!!!!早く!!きみも!!!!逃げて!!!!!」
弟は苦しげに「ハル」と何度も叫ぶ。
宙に浮いた手を握り締めた。
「……ハル?」
呟き、そこに何か甘い香りが漂うのを感じた。
まるで完熟した果物のような。
「この香りは、まさか……」
思い当たる節があったが、同時にその考えを嘲笑とともに切り捨てた。
「ありえない。魔術師なんて」
強く否定し、立ち上がると、長い絹糸のような青味がかった白銀の髪がサラサラと揺れた。柔らかな深い青色の目を痩せこけてしまった弟に向け、細く長い指で額を文字を書くようになぞりながら、静かにそっと呟く。
「おやすみ。良い夢を。イルルージュ」
荒い息は途端に消え、安らかな息遣いが聞こえてきた。それに誰にもわからないような小さな笑みを作る。
「……ハル。あの日、イルといたもう一人の人質」
呟き、暗く重い部屋を後にした。
どこまでも深く深い青色の目に冷たさを湛えて。
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