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1.ハルと、

 父親も母親も知らない。


 大戦のどさくさに紛れて、生まれたばかりのわたしは最終的に孤児院に辿り着き、最低限の食べ物と最低限の教育と大量の仕事を与えられながら育った。それでも、ここまで生きてこられたのは運がよかったと思う。大戦の中、多くの子供たちが戦火に巻かれ命を落としていった。


 どこまでも暗い話だが、相応の暗い時代だったのだと思う。

 町は町として機能せず、民は民として生きられず、国は“何か”に躍起になっていただけだった。



 政ごとは詳しくわからないけれど、わたしが生きてきた十数年のうちに他国への進攻は止めたようだ。それとも荒れ果てたこの国を建て直す方が先決だと、遅まきながら利口な判断でもしたのだろうか。兎にも角にも、頭上を轟音とともに行き交う“シップ”という名の戦闘機を随分見ていない。



 砂漠に囲まれた王国“ウィザード”。



 この国には、この世界に存在する他の4国“アルファ”、“ベータ”、“王龍”、“シーグル”とは違った特殊能力をもった民が存在する。けれど、今では希少な存在だ。


 その能力を持たない民の方が少なかったのは遥か昔の話で。他国との幾度にもわたる大戦の末、その能力を持つものは突然変異として生まれる以外になくなり、辿った運命のせいなのか、いつしか忌み嫌われ、公式に認められた存在でありながら奴隷並の扱いとなっていた。

 その地位をなんとか引き上げたのは、先代の宰相の決死の尽力に尽きるらしい。

 


 その存在は、この国の名の通り。




 “ウィザード(魔術師)”。








 と、まあ。


「よっこらせ」


 若者に似使わない苦労じみた単語を発しつつ、開いていた分厚い本を閉じる。裏表紙に剥がれかけた『王立図書館所蔵』の金色の印。


「あと一巻で終わりか……」

 なんとなく寂しくなって呟き、膝の上に乗せた可愛げもない黒い革張りの表紙に感慨深くそっと手を置いた。



『ウィザード歴史大全』全17巻。


 実際、可愛げもなにもない。

 ただでさえ言語は昔の言い回しだというのに、薄っぺらい用紙に細かな文字。漬物石にしたら1冊でしっかり漬かるくらいに分厚く、普通の本より大きめ。装丁だけ見ても読む前から億劫にさせる。


「あしたお店の後に図書館に寄って借りてこよっと」


 これを読み始めたのは、誰も読んでなさそうだから続きを借りるのも待たなくてすみそうだ、と、軽く判断した半年前。すでに意地で読み進めているこの本も、残すところ1巻のみになった。もはやここまでくると、最終的には使命感と達成感のみが目指すところで。


 なにせ、歴史は全く得意じゃない上に、内容が身近ではない。


 わたしは平民だ。

 この国のしがない、平和・普通・普遍を愛する一般市民。

 一般教養と呼ばれる知識以外で、昔を知ることもこの先を読むことも必要はない。

 


「それにしても……かび臭いな」


 ベットから降りると、両手で抱えてよたよたと部屋の一番奥へと戻す。こんなのが枕元にあったら気難しい夢でも見そうだ、かび臭い歴史の。


「今度はもうちょっと明るい内容にしよう」


 ページを捲っていただけなのに薄黒くなった両手をはたいて、固いベットに丸くなった。冬場は寒々しかった薄い布団もそろそろちょうどいい。枕元に手を伸ばし、そこに眼鏡の感触を確認し、すでに船を漕ぎ始めた意識を強制的に動かしてランプを消す。


 真っ暗だ。


「おやすみなさい」




 その晩、夢を見た。


 かび臭い戦闘機シップの貨物倉庫にひっそりと隠れて、見たこともない、本来なら見るはずもない他国へ連れていかれれる夢を。



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