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13.ハルと花待ちのひと(6)



 どこかの倉庫だと思う。石を積まれた壁に高い位置の小窓。小窓には鉄格子。扉は木材だが、分厚く頑丈そうで壁との隙間は見られない。誰も周囲にいないのか、声も人の気配もなかった。


 両手足を縛られ、小窓から差し込む月の光だけで確認できる範囲はそんなところだ。

 それにしても。


 背中に冷や汗が流れた。

 体中をずきりと痛みが走りぬけ、額に脂汗が浮かぶ。意識を失うほど強く木刀のような物で叩かれたのだから当たり前だが、打撲が熱を持ち始めているようで、体が重く火照る。

 そうして思うところは二つ。

 「女、子供には優しくと教わらなかったのか」と「随分、鈍ってる」。前者はあの男に、後者は自分へ。



「どこか痛いんじゃないのか?本当に大丈夫か?」


 なぜか、至近距離、真横に座る綺麗な顔に内心高鳴る胸を押さえながら「大丈夫です」微笑み返す。納得いかなそうな表情で口を開きかけ、何か言おうとして口を閉じた。


「きみの名前を知らなかった」

「……いまさらですか?」

「何か言ったか」

「イイエ?」


 いまさら、だ。その話題を思い出さないように、のらりくらりとかわし続けていたというのに。

 美形は知り合いにはいらないし、そもそも、こんな普通とかけ離れた非常時下で出来る知り合いなんて、絶対、後々、大いに後悔する。


 特に、多分、この彼には。



「わたしは『お前』でも『あなた』でも、最悪『貴様』でも結構ですけど」

「貴様って……ありえないだろう。どっかの暴君じゃあるまいし。大体、見ず知らずの人間と生死さえ運命共同体になったっていうのに、随分、冷めてるんだな」

「慌てる気力がないだけです」


 背中に激痛が走るので。と、付け加えたいところだ。


「こんな状況で冷静に対応しているのも普通じゃありえない。まだ小さな女の子に」

「……ちいさ」


 反論しようとして、覗きこまれた至宝の、その目に宿っていたものに驚いた。


 "不信感"。


 いつの間に。何に対して。

 名前を教えなかったからか、それだけなのか。



「失敬な」

 

 聞こえたはずだろうに、彼は感情を何一つ動かさなかった。

 まさか、誘拐した一味のひとりだと思ってでもいるのか。「そうだ」とでも笑ったらどんな反応をするのか、意地悪なことを考えながら至宝から目を逸らす。

 逸らした先に、うっかり視界に入れてしまった、朧な月あかりにざわめくものを押し込めて。



魔術師(ウィザード)!』


 ああ、また幻聴が。


「うるさいな。ひっこんでなさい」


 呟くように、けれど強い口調で言うとそれは止む。ますます訝しげな表情の彼に、若干、疲れたように笑い返した。



「ええと、この状況にどうして冷静に対応しているか、でしたっけ?」

「いきなり襲われたんだぞ。しかも閉じ込められて」

「同じことをお聞きしたいところですけど?」

「わ、私はっ……」


 その続きを聞きたくないので、かぶせる。


「折檻部屋に比べれば」

「せ、せっかん……?」

「折檻の部屋があったんですよ」



 突き抜ける悲鳴。その声は自分のものだったのか、それとも他の誰かのものだったのか、思い出したくもない。暗く冷たく窓さえない、石の密室。そういえば、この場所のように。


 「孤児院育ちは珍しいですか」そう付け加えて嗤えば、彼は至宝の目を揺らした。疑うならどこまでも突き詰めなければならない。なのに、彼はやはり優しすぎるようだ。



「わたしだって早く帰りたいです。"普通普遍"それ以上のものはありません」

「す、すまない……"普通普遍"?」

「なにか」

「いや、どこかでも聞いたな、と」


 子犬のようにしょんぼりしてしまった彼に少しの罪悪感を覚えながら。


「ゴンザレスです」

「もっとましな嘘をつけ」


 仕方ないな。


「――――――ハル」


 投げやりに名を告げる。

 はっとして顔を上げた彼の目はやはり至宝で珠玉。


「ハ、ハル?ハル……」


 そっとなぞるその声は優しく。



「ああ、ハル。わたしの名は――――――」


 言われる前にかぶせて、言い切った。




「ヒスイ」




「え!?」

「ヒスイってことにしてください。ゴンザレスでも結構ですよ」


 これ以上の面倒ごとは勘弁してほしいので。

 譲らないとわかったのか、彼は項垂れて言った。



「わかった。ヒスイでいい。お前、変わり者すぎだ。疑って悪かった――――――ハル」





誤字・脱字等ありましたら感想等でお知らせください。読んでくださってありがとうございます。

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