10.ハルと花待ちのひと(3)
取り急ぎ、物騒なタイトルの本をバスケットにしまい、さっさと布で覆った。
足早に次に向かったのは、行商が出す穀物の露店だ。
所狭しと置かれている商品は、明らかに周りの果物や野菜が籠に盛り上げられた店とは違う。
並ぶガラス瓶。
瓶、瓶、そして瓶。甕。積み上げられた麻袋。
「すみません」
まだ品出しの途中なのか、奥を行き来する店主に声を掛けると、振り返ったのはどこかダロンに似た笑顔の男だった。
「いらっしゃい」
「あの、押麦、ありますか」
「押麦?あるよ。ちょっと待ってなー、業務用じゃなくていいんだろ?」
「はい」
「待て待て、どこに置いたかな……」
奥に入って行ってしまったので、しばらくかかりそうだと判断し、近場の大きい瓶を覗いてみる。
「スペルト小麦だ。リジーのお店にもあったな。こっちは……」
並んだ瓶の中にはキビ、粟、ヒエなど雑穀と豆類も多種あった。店頭をざっと見ただけでもハルの知らないものばかりだ。
地味に色とりどりの小さなプチプチ。実は、リジーが酵母菌中毒のように、ハルもまた他人のことは言えないわけで。
「リジーに比べれば、中毒者っぷりはまだまだだけど」と、自分で思っている辺りが怪しい。
つい、この間、リジーから『必ず家で開けて』と言われた小袋にはスパイスが入っていて、その様相の可愛さに、時を忘れて一晩中眺めていたのだ。納品に来たダロンに発見され、早朝から叩き起された呆れ顔のリジーに軽く小突かれるまで。
「これ、かわいい……」
呟いて、手のひらサイズの小瓶を持ち上げた。乳白色のゴツゴツの豆が入っている。
「……ゃん、お嬢ちゃんっ!ほら、あったぞ!」
「ひっ、あっ」
不意に呼ばれて意識を戻すと、透明なガラス瓶越しに、丸々とした顔立ちのちょび髭のおじさんの顔があった。
「ち、近い……。驚いた」
「ん?ガルバンゾーだな。好きなのか、お嬢ちゃん」
「ガルバ……すみません。初めて見たので」
「ああ」と頷いて、店主は押麦と適当に記した麻袋をハルに渡し、ハルの瓶を受け取る。
「南の方ではよくスープにいれて食べるんだけどなぁ。ヒヨコ豆っていうんだ」
「ひ、よこ」
小瓶から数粒出してハルに渡す。
「ひよこっぽいから」
じっと見つめる。
一粒持ち上げて近づけてみる。
それこそ頬を赤く染め、分厚いめがねのその奥で穴があきそうなほど見つめて。
「……っ、かわいいっっっ!」
「――――――は?」
「おじさんっ、これ、スープに入れるんですか!」
「は、ああ。うちの母ちゃんはよく……」
今までにない勢いでハルは店主の両肩を掴む。
「……お、嬢ちゃん?」
後に店主は語る。
「それで、その奥様はどちらに!?」
間違って、ひよこ豆のごとく、取って食われそうだったと。
花祭りは3日3晩夜通し行われる。
「奥様にひよこの使い方を習う!」
ハルは今にも鼻歌を歌い出しそうなほど満面の笑みでお店を後にした。
ひよこ豆のスープを教えてくれと、その情熱(途中から見世物化していた)に根負けした店主は、帰って来た奥様に事の次第を話し、難なく了承を得た。花祭りが終わった次の日には出立してしまうので、その午前中ならばと快諾してくれたのだ。
「えへへ」
正直に嬉しかった。差別なく、親切にされること。
何よりも。
何よりも。
人とのつながりは大切にしたいと思う。
今までなかったからこそ。
「カミユさん、カミユさん」
忘れないように奥様の名前をインプットして、お店を出るときに何故か「お駄賃」と渡された、薄緑色のマカロンと赤い実が数本入ったガラス瓶を交互に見つめた。
「お駄賃……」
カミユさんの発想はダロンと変わらないのだろう。自分の体形を見直して、ため息をつく。
「いつか格好いい女になるもん、リジーみたいな」
そっとバスケットに入れる。
本、押麦、おひる、小瓶。今にも底が抜けそうだ。
「さっ、おひる、おひる」
慣れないスキップに自らの足を取られそうになりながらも、いつもの場所へと向かった。
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