9.ハルと花待ちのひと(2)
「うふふ……」
心の中で呟いたはずの浮足立った声は、どうやら外に漏れていたらしい。両隣で真剣に品定めをしていたダンディーなおじさま方の肩がびくりと震えた。
活気に満ち溢れた、露店が所狭しと立ち並んでいる。賑わう露店は、このまま真っ直ぐ、この国の中央部に位置する白亜の城壁まで続いている。各地の名産品や食べ物。これからお昼に近付くにつれ次第に良い匂いが漂ってくるはずだ。
そんな中、雨除けの簡単なテントが張られただけの、どちらかといえば物静かな店にハルはいた。
目の前の板を組み合わせただけの簡素な棚には、古本が押し込まれている。奥には古本が大量に積み上げられている。
つまり、古本屋。
印刷技術が発達した今でも、新品の本ならば、ハルの給料で一生に手に入れられる冊数は限られている。その点、露店は穴場で、古本の通常価格よりさらに安価。元は貴族が所有し、図書館に寄付をしたものが重複や程度の良し悪しで仕訳され、流れてきているから、滅多にお目にかかれない掘り出し物も存在する。
「うふふ……」
だから、きょろきょろと、必然的にこうなる。
やっぱり気に入った本は、自分の物にしたい。何かしらのお祭りには必ず出店する古本の露店を朝一でチェックするのがハルの楽しみだ。
「やぱり花祭りは規模が違うなぁ。ええと」
一応、ジャンルごとに場所が分かれているらしく、お目当ての『料理・食材』コーナーへと移動する。歴史書や子供向けのコーナーから比べればかなり小さめで人気がなかった。それならばと片っぱしから順に取り出し、一冊一冊目を通していく。古本はこれができるから嬉しい。
「これは見たことがないなぁ。南の料理」
開くと、はじめにハルが見たことのないスパイスの説明が、綺麗なイラストとともにある。イラストの解説が終わると、一気に学問のような小さな文字が並ぶページになった。薄い紙をペラリペラリと捲っていく。
「ふうん」、「へぇ」呟きながら斜め読み。数ページ捲ってから背表紙で金額を確認し、棚に戻さず、片手に抱えて次の本へ移動する。数年前からのお気に入りのこの古本屋は、料金設定が三段階とわかりやすい。
しばらくして、気になる本を数冊手にして睨むように見比べた。
「第一印象って大事だよね」
以前に見たことがある似たような内容の本をさっさと戻していき、最後まで残った小さな書籍と最初に手に取った『南の料理』を持ち、次のブースへ移動した。
次のブースは意外に混んでいた。
「……だよねぇ。いつも何故か混んでる」
ちょっと"ひと癖のありそうなひと"たちが、真剣に立ち読みをしている。そのブースは異様な空気が覆っていて、それを見ただけで回れ右をしたいところだが、仕方ない。ここは実際、ハルにとって一番必要としているブースだ。本人がどれほど毛嫌いしていようとも、これは本人の意思には関係ない。
「っ、はぁ」
小さく、本当に小さくため息を吐いただけなのに、周囲の"ひと癖ありそうなひとたち"が、一気に振り返り、ハルを睨みつけた。一層、ため息をつきたくなるが、見なかったことにした。
さっさと立ち去るべく、彼らの隙間から本棚に詰められた本のタイトルのみをざっと見ていく。気持ちとは裏腹にその目は今までで一番真剣だ。
よりによって辞書並の分厚さの数冊を手に取り、取った瞬間、周りの視線が一層強いものになったが、やはりなかったことにして、中身も確認せず、迷わずそのブースを抜け出す。
間違いなく、あのブースの"ひと癖ありそうなひとたち"の視線は自分に集中していると、背中を突き刺すような幾多の視線で感じた。
「普通ですから、気にしないでください」
誰に言うでもなく呟いて、小走りに会計所へ駆け込んだ。
全て金額がみえるように裏返しにし、タイトルを確認できないようにする。
一見、親切そうで実は自分本位だ。
『南の料理』
『魔術19』
『古代魔術考査5』
『術と式』
『スパイス図鑑』
それは、どうしてもありえない"普通"。
誤字・脱字などありましたら感想等でお知らせ下さい。今回も読んでくださってありがとうございます。