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値段のわからない世界

春の値段

作者: 春凪とおる
掲載日:2026/03/30

夜の通りで、レイはひとりの女性と再会する。

彼女は、自分の「値段」をうまく理解できないまま働いていた。


分かっていても、踏み込めない。

伝えようとしても、うまく届かない。


それでもレイは、方法を変えることを選ぶ。


完全ではない。

けれど、確かに変わるものがある。


これは、静かな距離の中で生まれる、小さな変化の物語。



――「値段のわからない世界」第三作。

夜の通りは、昼よりも明るいのに暗かった。

灯りが多いぶん、影がはっきりしている。


同じような距離で、女が立っている。

その中に、ひとりだけ動きが遅い女がいた。


男に声をかけられ、何かを言われて、すぐにうなずく。

手渡された紙幣を、ただ見ている。


数えるでもなく、確かめるでもない。

判断が止まっている。


(少ないな)


理由は説明できない。

だが、そう感じた。


レイは視線を外す。


(関係ない)


そう思う。




昼の通りで、その女を見かけた。

夜とは違う服を着ているが、どこか合っていない。


露店の前で、値札と品物を見比べている。

だが、途中で止まる。


「……よく、分からなくて」


小さくつぶやく。


レイは少しだけ見て、何も言わない。






夕方、同じ場所。

女が紙を差し出す。


「これで……合ってるのか、分からなくて」


レイは目を通す。

やはり、少ない。


すぐには言わない。

少しだけ間が空く。


「……これ、少し少ないと思う」


女の顔が止まる。


「……少ない?」


言葉を繰り返す。


「うん。たぶん」

それ以上、続けない。


女は紙を見る。

それから、レイを見る。


「じゃあ……私が、悪いんですか」


レイは言葉を探す。

だが、続かない。


「……そうじゃない」


それだけ言う。


女は小さくうなずく。


「……すみません」


そのまま離れていく。




しばらく、見かけなかった。


(やり方が違う)


レイは小さく思う。





昼。


レイは品物を並べる。


「これ、いくらだと思う」


女は少し考える。

隣の品も見る。


比べる。


「……これよりは高くて、でもこれよりは安い」


「そんな感じ」


レイは短く答える。





夜。


同じ通り。

男が足を止める。


金額を出す。

紙幣が灯りに浮く。


女はそれを見る。

すぐにはうなずかない。


間が空く。


紙幣と男の顔、自分の手を見る。

比べる。


途中で止まりかける。

それでも、踏みとどまる。


「……それ、少し少ないです」


小さな声。


男が言い返す。


女の肩が揺れる。

それでも、もう一度見る。


「もう少し……ないと」



間。


男はため息をつき、紙幣を一枚足す。


女はそれを見る。


少しだけ長く。

そして、うなずく。


取引が終わる。


女はその場に残る。

手の中の紙を見る。


今度は、少しだけ考えている。





朝。


静かな通り。

女が立っている。


「……昨日の、合ってましたか」


「まあな」


それだけ答える。


女は少しだけ息をつく。


完全ではない。

それでも、少し違う。



風が吹く。


(これで、いいか)


レイは静かに思う。



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