春の値段
夜の通りで、レイはひとりの女性と再会する。
彼女は、自分の「値段」をうまく理解できないまま働いていた。
分かっていても、踏み込めない。
伝えようとしても、うまく届かない。
それでもレイは、方法を変えることを選ぶ。
完全ではない。
けれど、確かに変わるものがある。
これは、静かな距離の中で生まれる、小さな変化の物語。
――「値段のわからない世界」第三作。
夜の通りは、昼よりも明るいのに暗かった。
灯りが多いぶん、影がはっきりしている。
同じような距離で、女が立っている。
その中に、ひとりだけ動きが遅い女がいた。
男に声をかけられ、何かを言われて、すぐにうなずく。
手渡された紙幣を、ただ見ている。
数えるでもなく、確かめるでもない。
判断が止まっている。
(少ないな)
理由は説明できない。
だが、そう感じた。
レイは視線を外す。
(関係ない)
そう思う。
昼の通りで、その女を見かけた。
夜とは違う服を着ているが、どこか合っていない。
露店の前で、値札と品物を見比べている。
だが、途中で止まる。
「……よく、分からなくて」
小さくつぶやく。
レイは少しだけ見て、何も言わない。
夕方、同じ場所。
女が紙を差し出す。
「これで……合ってるのか、分からなくて」
レイは目を通す。
やはり、少ない。
すぐには言わない。
少しだけ間が空く。
「……これ、少し少ないと思う」
女の顔が止まる。
「……少ない?」
言葉を繰り返す。
「うん。たぶん」
それ以上、続けない。
女は紙を見る。
それから、レイを見る。
「じゃあ……私が、悪いんですか」
レイは言葉を探す。
だが、続かない。
「……そうじゃない」
それだけ言う。
女は小さくうなずく。
「……すみません」
そのまま離れていく。
しばらく、見かけなかった。
(やり方が違う)
レイは小さく思う。
昼。
レイは品物を並べる。
「これ、いくらだと思う」
女は少し考える。
隣の品も見る。
比べる。
「……これよりは高くて、でもこれよりは安い」
「そんな感じ」
レイは短く答える。
夜。
同じ通り。
男が足を止める。
金額を出す。
紙幣が灯りに浮く。
女はそれを見る。
すぐにはうなずかない。
間が空く。
紙幣と男の顔、自分の手を見る。
比べる。
途中で止まりかける。
それでも、踏みとどまる。
「……それ、少し少ないです」
小さな声。
男が言い返す。
女の肩が揺れる。
それでも、もう一度見る。
「もう少し……ないと」
間。
男はため息をつき、紙幣を一枚足す。
女はそれを見る。
少しだけ長く。
そして、うなずく。
取引が終わる。
女はその場に残る。
手の中の紙を見る。
今度は、少しだけ考えている。
朝。
静かな通り。
女が立っている。
「……昨日の、合ってましたか」
「まあな」
それだけ答える。
女は少しだけ息をつく。
完全ではない。
それでも、少し違う。
風が吹く。
(これで、いいか)
レイは静かに思う。




