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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

聖なる魔女シリーズ

超文明メガロポリス

掲載日:2026/03/15

 魔法、それは遥か過去に文明を発展させてきた立役者。しかし、個人の感覚に依るところが大きく、不確かな物だった。

 故に、我々は科学と共に歩んだ。少しずつ確実を、年月を重ね次第に魔法は淘汰されていった。

 やがて森羅万象を掌握した人類は新たなる大地を創造し、自然に脅かされることのない暮らしを手に入れた。

 いくつもの新大地が集い形成されている我らが文明は、メガロポリスと呼称されている。


──国家指定高等教科書「現代社会」冒頭より抜粋。


 光あるところに影はある。いいや、影であれば、認識されるのであればどれほど良かったか。彼らを、母なる大地に残された人々の存在を、新大地の人類の殆どは知らない。そこに繁栄は無く、旧態依然とした生活が続けられている。


 探偵業を営むドルフ・シモンズは、かつて栄華を極めた大国ティジキアの中央に位置する首都クミロ州に事務所を構えている。少々奥まったところにはあるが一等地に違いなく、またティジキア自体も人が空に上がることに反対していたために人口が多く、普通に暮らす分には食い扶持には困窮していない。さりとて贅沢するにはいささか足りない。

 そういったわけで宵越しの銭を持たない刹那主義で、年々高騰する酒・煙草を嗜んでいる彼は懐が寂しかった。かといって副業はしない。面倒だから。大口の依頼でも舞い込んで欲しいところだとハンチング帽を目深に被り机の上に足を組んで夢想に耽っていた。

 そう彼が考えていたのを見透かしたかのように扉が開き、カラコロと来客を知らせるドアベルが鳴る。ドルフは慌てて姿勢を直した。訪問者は二人。ジャケットを着こなした背筋の伸びている恰幅のよい老紳士と、クラシカルな色合いが華奢さを引き立てているサロペットスカートの髪がやけに長い少女だ。


「いらっしゃい。本日はどのような要件で?」

「案内をして欲しいの」

「案内ィ? 観光ってことか? あんなぁ、お嬢ちゃん。ここは探偵事務所だぜ。こんな裏通りのきったねぇ雑居ビルのなんかじゃなくて、キレーな駅の案内所にでも頼みゃいい。ルミナス・タワーなりアルマーズ印刷博物館なり選り取り見取りだろ」

「そんなのじゃつまんないなぁ。もっとこう、誰も知らないような所に行きたいの。ダメ?」

「おいおいおい。爺さんもなんか言ってくれよ。このワガママな孫に」


 老紳士は壁際でただ佇み、何も物を言わない。窓から差す午前の陽が顔に当たっていて眩しい筈だが、身じろぎや瞬き一つせず不気味な雰囲気を醸し出している。だがドルフはブラインドを閉めてはやらない。彼にも一応は探偵としてのプライドがあるため、今のところ客になりそうにない彼女らに媚びへつらいたくなかった。既に一杯淹れてしまった即席珈琲は仕方がないので自分で飲むことにした。


「孫じゃないよぉ。私はお嫁さんなの。お・よ・め・さ・ん」

「ゲェーっ、ロリコンかよジジイ。元気なこった。それともあれか? 嬢ちゃんが遺産狙いか?」

「純愛なのにぃ。それで、依頼は受けてくれないの? 報酬は弾むよ〜。一箇所につき共通紙幣で十万! どう?」

「乗った。これ飲んで一服したら早速行こうや、お二人さん」

 

 十万、ティジキアにおける一ヶ月の平均収入を少女は払うと言っている。それもただの観光案内でなんと追加で上乗せもされるとくれば、ドルフの変わり身は早かった。即座に立ち上がりブラインドを閉め、珈琲の、それも客には出さないちょっと良いやつを二人に差し出す。サッとコートを羽織り準備万端だ。

 彼の失礼極まりない言動と行動はもちろん少女には筒抜けである。しかし彼女は咎めたりしない。面白いくらい思った通りに動いてくれたので、吹き出しそうになったくらいだ。道化が似合いそうだなと、こちらも若干失礼な想像をしながら珈琲を愉しんだ。人間味の感じられない老紳士も珈琲は飲むらしい。


 ドルフは仕事柄クミロ州の様々な場所を訪れる。老紳士の方はともかく、世間知らずそうな少女のお眼鏡にかないそうな素敵スポットの候補は絞れるだろう。事務所を出た三人は、向かいの駐車場に停めてある彼の車に乗り込み飛び出した。地面と接していないそれは、音も揺れも出さずにハイウェイを駆け抜ける。


「すごいすごい! 馬車なんかと比べ物にならないわ」

「馬車て。嬢ちゃんは原始時代からでも来たのかよ」

「そしたら私、かなりのお婆ちゃんだねぇ。も少し敬ってほしいなぁ」

「へいへい、お嬢サマ」

「ところで、これはどうやって動いているの?」

「はぁー? 初等学校で習ったろ? つっても俺もあんま覚えてないが。えー、あれだ、なんちゃらクラフト。原理自体はかなり旧い時代から見つかってたんだとよ。それがン百年ぐらい前に実用化されて、そっから人間が宇宙に本格的に進出する前段階としてメガロポリスが空に上がったっつーわけよ。常識だぜ、コレ」

「ふぅん。魔法じゃないんだ」

「ねーよンなモン。嬢ちゃんはノーウェア大陸を信じてるクチか? ロマンチストだねぇー」


 世界の南方に位置する大陸には、未だ魔法が残るとまことしやかに囁かれている。過去に領土、経済水域、埋蔵資源等を目的に様々な国が幾度となく上陸を試みたが、全て失敗に終わった。原理不明の電磁障壁のようなものが大陸を包んでおり、何物をも通さないのだ。それで諦めた国もあれば、軍事力に自信のある国が突破を敢行もした。しかし、現代兵器による攻略も悉くが敗れ去り諸国はこれを断念、やがて無いものとして扱われるようになった。故にノーウェア大陸、存在しない大陸と名付けられた。

 今日ではそれは世界三大神秘に数えられ、匿名掲示板にて日夜議論が繰り広げられているとか、いないとか……。


 ドルフがまず車を停めたのはクミロ州郊外にある住宅街だった。アパートメントや戸建ての立ち並ぶ本当に何の変哲もないベッドタウンだ。もちろん辺りには少女の望むそれらしき場所は無い。

 だから少女は車から降りようとしなかった。休憩か何かのためにここに立ち寄っただけだろうとぼんやり窓を眺めていると、後部座席の扉が開き始める。


「ちと早いがまずは腹ごしらえにしようぜ。降りな嬢ちゃん爺さん」

「探偵さんのお家で手料理を振る舞ってくれるの?」

「いいからいいから。とりあえず着いてきな」


 言われるがまま二人はドルフの後ろを歩くが、着いた先はやはりただの集合住宅最上階の一室だった。このまま彼の自宅で昼食を摂るのは構わないのだが、果たしてこれを一箇所とカウントしてくるのかが少女としては気になっていた。

 別に支払いを渋りたいとかではない。むしろそうだったら良いと思っているくらいだ。少女は舐め腐った態度の人間が大好きなのである。どんな屁理屈を並べ立て金銭を要求してくるのだろうか、今からワクワクが止まらない。普通は観光で訪れた先の現地人と懇意になってご馳走されるなんてことはそうそうないので、そういった点では確かに誰も知らない場所だ。尤も誰も知らないと言うよりは、誰も特別知ろうとしない、が正しいが。

 ドルフはインターホンを押した。そしてカードをカメラに提示するとドアが開かれる。少女のアテは早速外れた。


「会員制レストランかぁ」

「そゆこと。隠れ家的ってやつ。面白いのが、この建物全部そうなのよ」


 平凡な見た目のマンションにはまるで似つかわしくない、フォーマルな服装がバッチリ決まっているハンサムなウェイターに中に通されると、シャンデリアに照らされた赤と金が基調のゴージャスな空間が三人を迎える。緻密な刺繍が施された絨毯は足音が消えるほど分厚い。一部屋一部屋が個室にされているため、他に客はおらず落ち着いて食事ができるようになっている。


「そんで上の階ほど特別で高級ってワケ」

「へぇ〜。じゃあ探偵さんは、実は凄い人?」

「おうよ! ……冗談だ。たまたま前の仕事の依頼人がどえらい人で、お溢れ貰っただけだよ。来るのは初めてだ」


 ドルフはただ客をもてなそうとここを選んだわけではない。得体の知れない少女を少し試したかった。観光案内一箇所に十万と大口を叩いていたが、支払い能力はあるのか? よく考えなくとも怪しい。

 だが、そこで依頼を蹴るのは誰にも出来る。逃した魚は大きかったなんて事態は避けたいのだ。幸い彼にはほぼノーリスクで相手を探れる手札を持っている。以前の依頼人の計らいで、初回の食事は無料だ。さぁ、いかほどか?


「美味しかった〜」


 結果、少女は事も無げに勘定を済ませた。それも老紳士の分と合わせて八十万もの金額を。そしてテーブルマナーも優雅で完璧に振る舞ってみせた。成金などではない、だが世間知らず……深窓の令嬢といったところか、とドルフは推理する。ある程度の素性が見えてきたところで、懸念が払拭された彼は改めて二人を案内するべく車を走らせた。

 それからドルフは二人を様々な場所へ連れ回した。無難に観光地から少し外れた地元の人間に愛されるニッチな品揃えの雑貨屋や有志が運営する廃遊園地、果てはスラムまで。やがて日が傾き始めた頃、次の目的地へと移動している時、少女は運転席をトントンと叩いた。


「ねぇ、あそこでちょっと休憩したいなぁ。一箇所にカウントしてあげるから」

「いいのか? 悪いね」


 車窓は国境の向こう側にある広大な平原を望んでいる。この線を超えるのに、パスポートや検問は必要ない。なにせ隣国オルトリアはとうに滅びている。地形的に重要でない、瓦礫や危険性のある廃棄物の処理問題もあり、周辺国から見放された無主地となってから随分長い。法が及ばぬため中心部に近づくほど犯罪者の根城になっており治安は宜しくないが、国境に近いここはたまに警備隊が巡回しているので比較的安全である。

 手頃な岩に腰掛けた少女と側に立つ老紳士にドルフは飲料を渡し、自分も座り込んだ。


「今んとこどうよ?」

「楽しいけど、面白くないなぁ。だってどれも誰かは知っているもの」

「誰も知らないって、比喩じゃねえのかよ。深海にでも行きたかったか?」

「あるじゃない。誰も知らない場所」


 少女は指を立てた。いや、差した。真上を。空にあって、地上残存人類が知らない場所。一昔前に多くの空想科学小説で舞台となり数多もの在り様が想像された超文明メガロポリス、それを形成する新大地を。


「そこまで世間知らずだったのかよ……。いいか? アレには行けねぇ。飛んで行こうもんなら撃ち落とされるし、かといってこっちがミサイルなりで攻撃しようとしても迎撃される。ご丁寧に報復もしてくれるんだぜ。それで何個も国が消えてんだ。だからノーウェア大陸みたいにもう放置されてる。諦めな」


 ノーウェア大陸と同様、メガロポリスは辿り着くことのできない不可侵領域だ。すっかり日常の背景として溶け込んでいる新大陸だが、ただそこにあるだけで何もしてこないノーウェア大陸と違い、それは過去に衛星から飛行機、一定の高さの建造物等までを無差別に破壊し尽くした忌むべき存在。ティジキアどころか、この地上に生きる人間が知らないはずがない。


「まあまあ、お礼に連れて行ってあげる。来るのは向こうからだけどね」

「おい嬢ちゃん何をする気だ」

「いくよ〜。せー、の!」

「待つんだ」


 左腕を大きく振りかぶり何かをしでかそうとする少女に、これまで沈黙を貫いてきた老紳士が初めて口を開いた。まるで年齢を感じさせない瑞々しい声で、彼女を制止する。

 爺さん喋れたのかよ、とドルフの喉元まで言葉が上がってきていたが、老紳士はまだ何か言おうとしていたため呑み込んだ。今自分は世界の真相めいたものの一つに触れようとしてる、と彼の探偵としての勘が告げていたからだ。茶々を入れるわけにはいかない。


「あまり勢いよく落とせば中が崩れてしまう。静かに、ゆっくりとだ。君ならそれができるだろう?」

「んふふ。そんなこと気にしなくていいの、あなたが一番わかってるくせにぃ」


 用は済んだとばかりに老紳士は再び口を噤み、少女に応えない。彼女も慣れているのか特に気にせず向き直り、挙げていた手をゆるやかに下げ始めた。

 人類は森羅万象を掌握してなどいない。人類は魔法を駆逐してなどいない。

 魔法は実在する。伝説上の存在でしかなかった力が現実に振るわれ、メガロポリスは、新大地は、少女の魔法によってさらにその上から水に浮かぶものを手で押さえつけて沈めるように下降していく。接近する巨大な物体は皆既日食の如く夕陽を隠し、早めの夜の訪れをティジキア国民に錯覚させた。

 そして天空人は、無感動に母なる大地への帰還を果たさせられた。


「ははは……夢でも見てんのか、俺は?」


 笑うしかないとはまさにこの事だ。永い間謎のベールに包まれていたメガロポリスが、目と鼻の先にあるのだ。

 地に置かれた幾つもの楕円体の全容は、例えるなら蟻の巣に溶けた金属を流し固めたモノのような風体をしていた。表面に接ぎ目は見当たらず、ドルフは出入り口は何処かとベタベタと触ったり、叩く。不用意な行動だと分かっていてもそうせずにはいられない魔力がメガロポリスにはある。


「入ろっか」


 少女が指で円を描くと小さな穴が空き、拡がった。メガロポリスを堕とす荒業をやってのけたのだから、これくらいは朝飯前である。

 内部に侵入した三人の目に飛び込んできたのは、森。清流のせせらぎが耳に心地よく、ひんやりと澄んだ空気が肺を満たす。フィクションの宇宙船じみた外見からは想像がつかない超文明の実態に、ドルフは拍子抜けする。歴史的瞬間に立ち会ったのだという高揚や緊張感は、すっかり萎んでしまった。


「んだよこれ、森か? もっとこう、メカニカルっつーかエレクトリカルっつーか、緑があるのはイメージ違えな」

「見たところ、自然公園って感じだねぇ。やっぱり大地が恋しいのかなぁ」


 歩けばだんだんと遠くが開けてきたが、そこにもドルフが想像していた所謂近未来的な光景は無く、まるで地上からそのまま切り取ってきたかのような街並みが続いていた。「事実は小説より奇なり」という言葉があるが、なにもここがそうでなくとも、と先ほどから落胆が止まらない。

 近くにたどり着いてなお、進化していてもおかしくないであろう何もかもが彼が普段目にするものばかりだった。

 ただ、異様なモノもあるにはあった。人が大勢倒れている。


「おい、アレ。人が死……んでるかはまだわからねぇか。倒れてるだけだもんな。嬢ちゃん、力加減ミスったんじゃないか?」

「いい度胸してるねぇ、探偵さん。私が失敗するなんてことは……あり得なくはないか。でも心配御無用! 私は癒しの魔法も使えるのです。コンピュータ・ゲームでいうところの〈ヒーリング〉、〈キュアー〉、〈リザレクション〉、なんでもござれ。奇跡を見せてあげる。いっくよ〜、そぉれ」


 小さな光の粒が先住民を包み込む。実際こういったエフェクトは不要だが、誰の目にも分かり易いよう少女が付け加えている。行使者は自分であると主張するために。

 ドルフは驚かない。メガロポリスが落ちたことに比べれば、世界が滅びない限りは些末事だ。冷静に、本当にゲームみたいだな、と感心しながら様子を見ていた。だが、一向に先住民は目覚めない。彼女は首を傾げる。


「……おっかしいなぁ」

「起きねぇぞ。エムピー切れか? ま、あんなことすりゃ無くなるのも無理ないけどな」

「うーん? あっそっかぁ。これ、人間じゃないんだ」

「死んだら肉塊ってか? おー怖」


 ちがうよぉ、と少女はおもむろに先住民の腕を力いっぱい捥いだ。表面こそ人肌の質感だが、ゴキンとおおよそ人間からは出ないような音を立てて露わになった中身はまごうことなき金属製。

 ようやくらしいものと出会えた。しかし進歩した文明といえばまず思い浮かぶものの一つであろうそれだけでは、イマイチ熱量が足りていない。むしろ今彼女がやってのけた事の方が見た目のインパクトは大きく、ドルフは口笛を吹いた。


「ほら。ここを落とす時に危なそうなものを動かないようにしたから、この人たちも巻き添えになっちゃったんだねぇ」

「はいはい、よくあるやつね。意識だけを機械のボディに移植して死を克服した! つー話なワケだ」

「生身の人間はいないのかなぁ? ちょっと探してみよっか。なんと探知の魔法もできちゃうの、私。んー、これは……」


 ギュウギュウに詰まったおもちゃ箱の中からお気に入りを探す子供のような顔つきで、少女は魔法を行使する。直後、彼女は踵を返した。


「もういいや。出よう」

「えっ、引き上げんのか? 中心部とか行きゃ流石になんかあるだろ」

「一人で行ってきてもいいんだよ? お話を訊きたいなら、そこいらの機械も起こしてあげるし。私は興味なくなっちゃった。これ以上調べても、メガロポリスを打ち上げた当時以上の技術は、面白いものはきっと出てこないよ」


 表情はあらゆる正の感情が抜け落ちていて、お調子者で甘ったるい口調は声色も下がり何処へやら。それきり少女は喋らなくなった。もちろんドルフも、この不穏な空気では余計な口をたたこうなどとは思わなかった。

 大盛り上がりになるはずだったメガロポリス探索ツアーは、これにてお仕舞い。蓋を開けてみれば、中身はそこに命がないだけの地上と同じありふれた日常の風景。天まで上がったハードルを飛び越えられずに、下をくぐるどころか地中を潜っていかれた。知らない方が幸せなこともある、とはこのことだろう。それでも追い求めずにはいられないのが人の性だが。

 三人は外に出てきた。お通夜のような重苦しい雰囲気を漂わせながら。


「そろそろ帰ろっかな。おっと、忘れるところだったね。はい」

「……毎度あり」


 度重なる肩透かしを食らい、疲弊していた探偵は渡された札束を数えようとはしなかった。最後の気力は、悲願を果たすために今使うからだ。

 現実の探偵は創作のように鮮やかに事件を解決したりはしない。人の身辺調査が主な仕事で、そこに華々しさはない。だからこれは、彼の最初で最後の大事件である。犯人に動機を白状させることに憧れていた。この職業を志した発端だった。理想とする状況とはかけ離れているが、ここを逃せば次は無いだろう。


「なあ、嬢ちゃん。最後に一個だけいいか? あー、なんでこんな事をした? 混乱するだろ、世界」

「なんでって、つまらなかったから。久しぶりに外に出たらコレは未だに浮かんでいたし、地上は全然発展していない。だから落としたの。さて、これで人類はまた進むことができるね。次もこんなことしたら滅ぼしちゃうから」

「どうだか。歴史は繰り返すって言うしな」


 言い切ってからドルフは自身の失態に気づき、天を仰いだ。

 嬢ちゃんは明らかに苛立っているのに、煽ってどうする。終わった、殺される。短い人生だった。美人な女房を貰いたかった。せめてパソコンのストレージをフォーマットさせてくれ。あとは──などと脳内を走馬灯の代わりに後悔や未練が駆け巡っていたが、一向に裁きを受ける気配がない。彼はおそるおそる視線を戻すと、意外にも少女は破顔していた。


「んふふ。今から滅ぶ?」

「オイオイオイオイ冗談だよ冗談。やらないでくれよ? フリじゃないからな?」

「そうならないことを願っているよ。またねぇ、探偵さん。次はもっと面白いもの、見せてね」

「おう、二度と会いたくねーぜ」


 空を奪われた地上人類はここ数百年で緩やかに衰退の一途を辿っている。地上最後の楽園とされたティジキアも例外ではない。増加し続ける国外からの移民・難民、キャパシティは限界を迎えつつある。

 本当の初めのうちはメガロポリスのせいだ、奴らさえいなければと至極真っ当な怒りを抱えていたが、肝心の原因には最早手を出せない。長い時間の中で地上人類は、仕方のないことだ、と諦観し情動を押し殺していた。

 そんな中、漁夫の利、ウズラのローストが口の中に落ちてくる、フラストレーションから解放された達成感など皆無だが、とにかく空を取り戻した。ほぼ無傷の新大陸という、この上ない土産と共に。

 これを我々が正しく扱い、先人が当初思い描いた世界が実現すれば、とガラにもなく未来への期待を膨らませながらドルフは帰路に着く。ついでに、酒と煙草が安くなんねーかな、とも。



「……おしまい。これが大昔にあったメガロポリスと呼ばれる超文明と、その威光を笠に着たティジキアが滅んだ真相なのです。良い子の諸君は、この昔話がなんて言いたいかわかるかな〜?」


 かつて人々がノーウェアと呼んだ大陸に在る帝国の、或る孤児院。聖女テアは、仕事で説教をしに来ていた。尤もこれはまるで教典には関係のない世間話である。言葉とは、何を言ったかではなく誰が言ったかだ。抜群の信仰を集める聖女の御言葉は、それはもうありがたいもので、彼女にその気がなくとも受け手は勝手に深読みし感動してくれるのだ。


「はいはい! ぼうりょくはすべてをかいけつする!」

「ちがうよ。力をあつかうには、相おうのししつがなくちゃってことだよ」

「お〜、いいセン行ってるねぇ。それもまた正解ッ!」

「聖女様、正答はどういったものでしょうか?」

「これ、というものはありませんわ。ですが、あくまで私個人の考えだと──」


 歴史は繰り返す。

 かつてテアにそう言った人間がいた。最早顔も声も、どういった人物だったかも思い出せない程に時は流れてしまったが、ありきたりで誰にでも言えてしまえるような発言だったが、芯を食った言葉だった。事実としてそうなったからだ。

 彼女が振るった超常的力、魔法はメガロポリスを機能停止に追いやった。しかし、やった事といえば簡単で危害を加えてきそうなモノの電気を遮断、つまりは電源を落としただけだ。復旧は容易である。

 いの一番に調査に乗り出したティジキア政府は時間をかけて念入りに内部の防衛機構を無力化し、超文明を手中に収めることに成功した。

 そしてメガロポリスは再び大空に戻る。そこまではまだ良い。むしろ、テアがそう誘導した。もともとこれは宇宙進出のための第一歩で、ここから軌道修正が為されれば何も問題は無いのだ。

 歴史は繰り返した。

 超文明の新たな支配者は旧き主人と同じように人の身体を捨て、同じように大地を制圧し、同じように停滞することを選んでしまった。

 全くもって腹立たしい。繰り返さない為の知識として歴史があるというのに。

 だからテアは滅ぼした。メガロポリスもティジキアも、世界をも。

 記憶も記録も抹消した。彼らの魂に刻まれた屈辱も、何もかも。

 癇癪だった。最愛の人に見せると約束した世界の行く末が、あんなつまらないものであってはならないから。


「私たちはいついかなる時も助け合わなければなりません。力とは弱きを助けるためのもの、愛する人を守るためのもの、困難に立ち向かうためのものです。それを忘れた時、神はお怒りになり天罰が下るでしょう」

「はい、聖女様」


 まぁ、滅ぼしたの私だけどね、とテアは心の中で自嘲する。彼女の後ろに着いている従者の青年は必死に笑いを堪えていた。一見手で口を覆って考え事をしているようだが、小さく身体を震わせている。ティジキアでの出来事は彼女にとって取るに足らないものでしかなかったが、こうして笑う彼を拝めたのなら話は変わってくる。

 子供達からの溢れんばかりのさようならをよそに、本にして出版しようかと構想を練りながら王城の自室に戻ってきた彼女は独りごつ。


「彼らがアレを再利用したように、私も既存の人類を再利用したのが失敗だったかなぁ」

「驚いた。君でも反省をするのか」

「えぇ〜、ひっどぉいエッカルト。私これでも色々と考えてるのになぁ」

「君の振る舞いは傍若無人にしか見えないからな。それはそうとテア、建国九十周年演説の台本が上がった。しっかり目を通しておいてくれ」


 従者の青年──エッカルトは乱雑に投げてそれをテアに寄越す。いつもなら彼女は見向きもせずに直ぐ失くし、本番で適当なことを喋るのが恒例になっていたが、珍しく手に取った。

 予想通りと言うべきか、耳触りの良い言葉ばかりを並べ立てて民草を扇動しようという魂胆が透けて見える内容に、呆れを通り越して笑えてくる。テアはつい、んっふふ……と声を漏らした。


「ま、暇つぶしにはなるねぇ」


 これからの帝国の繁栄に期待しよう。前時代のような科学的発展を迎えるには、一体どれ程かかるだろうか? もちろんそうなるように仕向けることも可能だが、それでは興が削がれる。ボタニカルやオーガニックを提唱する自然派ではないが、手出しはなるべくしたくはないのだ。

 幸いにして時間は無限にある。今の連続を楽しめば、案外すぐだろう。

 脅威となる外敵はうっかり滅ぼしてしまった。想い人には自身と同じ永遠を与えた。特定の時間を巡り続ける輪廻から解脱した帝国は、ノーウェア大陸は、遂に外界へと進出を始めんと新たな節目の真っ只中にある。


 皇暦89年の暮れ、「帝国の門出に幸あれ」と聖なる魔女は祈りを捧げた。

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