08.タコのロー(ฬ)【前編】
図書館塔に来た俺とジャムークは、真実を読み取る力を持つホーノックフーク(ฮ)に互いの無実を証明してもらった。
しかし依然としてウォーウェーン・スーンさんを殺害した犯人は判明しておらず、彼から奪われたウォーウェーン(ว)の文字もどこにあるか分からない。
* *
「にしても犯人は、なかなか厄介な人物じゃの」
ホーノックフーク(ฮ)が俺たちを見下ろしながら、館長室の机の上でひざ立ちと正座を交互に反復する。
「ウォーウェーン(ว)を殺す力があると同時に頭も回る。タライという『洗面器』を連想させるものに遺体を納め、オーアーン(อ)……洗面器のオーの字を持つジャムークに疑いの目を向けさせておる。現場に被害者のウォーウェーンの遺書を残したのも、その文面に従って遺体を燃やしたやつを容疑者に加えるため」
……とはいえ犯人が事件をかく乱しようとしても、ホーノックフーク・ラートリーと対面すれば真実はすぐに見抜かれる。
犯人はホーノックフーク(ฮ)のことを考えていなかったのか、それとも……。
「ひとまず文字の保有者全員に招集をかけるか」
ここでホーノックフークが机からおりて、館長室のゆかに足をつける。
笑みを作る。
「集合場所はこの図書館塔。期日は二日後。正午に大部屋に集合じゃ。もちろん全員は来ないであろうが、ひとたびわしの前に姿をさらせば誰も真実をごまかせぬ。これで容疑者は一気にしぼられるというもの」
「一応聞くが……」
俺は腕組みをしてたずねる。
「ホーノックフークの目から見て、文字保有者以外の犯行という可能性はあるのか」
「ありえぬよ」
大きく首を振り、ホーノックフークが否定する。
「トータハーン(ท)、そのほうも分かっておろう。ウォーウェーン(ว)の文字をはぎ取って本人を殺せるのは、文字の力を有する者のみ。……もちろん絶対じゃあないが最低限の力が必要なのは事実じゃからな」
「……もう一つ」
声を抑え、俺は質問を重ねる。
「招集をかける際、スーンさん殺害の件は伏せるのか?」
「伏せぬ。わしは隠し事ができんし……そのほうらの誰かにウソを強要するにしても、そうすればホーノックフーク(ฮ)の信用はガタ落ちじゃろうて。いや保身じゃないぞ。わしの存在が揺るげば冗談抜きで文字保有者たちはバラバラになるであろうよ」
ついでホーノックフークは机の引き出しから紙を取り出し、それにペンを走らせる。
「現在、塔のバルコニーにポーサムパオ(ภ)が待機しておるようじゃな。彼女に手紙を届けてもらう。ロージュラー(ฬ)のもとまでな」
紙を折り畳み、俺に渡す。
「わしは図書館塔を離れられぬ。トータハーン(ท)が、ポーサムパオ(ภ)にこれを渡せ。そして護衛として彼女……ジョットマーイに同行すること。ついでにロージュラー・エーンの『タコアゲ』も見届けるのじゃ」
「……分かった」
組んでいた腕をほどき、俺はうなずいた。
「ほかのみんなに知らせることに関してロージュラー(ฬ)以上の適任はいないからな。万一のことがないよう気をつけるよ」
受け取った手紙を上着のポケットにしまう。
ついで俺の隣でジャムークがうやうやしく進み出る。
「では、ホーノックフーク。わたくしは……ロージュラーのタコが届かない可能性のある者たちに、招集の件を直接伝えに行くとします」
「頼むぞ」
ホーノックフークの銀色の視線がジャムークの黒い瞳に向けられた。
ジャムークは手を合わせて礼をした。
「はい。これからすぐに向かいます」
きびすを返し、部屋から出ていこうとする。
扉をあける直前に少しだけ停止し、俺に頭を下げる。
「アーティットさま。ウォーウェーン殺しの犯人ではないかとあなたさまを疑って申し訳ありませんでした」
「……お互いさまさ」
ジャムークにつま先を向け、俺は言葉を返す。
「俺だって、あなたを完全に信用していたわけじゃない。そういう意味では俺も悪かった」
「そうですか。しかし、ここからはお互いに犯人さがしに精を出しましょう。ウォーウェーンをとむらうためにも」
ジャムークは小さく笑って館長室をあとにした。
* *
ジャムークに続き、俺とクマリーもホーノックフーク(ฮ)のいる館長室から出た。
らせん状のスロープの柵を跳び越え、塔の中央の空洞に身を投げる。
館長室のある最上階に来るときは上昇気流に乗ったが、今はゆるやかな下降気流が発生している。
気流に乗って少しずつ沈んでいく。
ジョットマーイのジャンク船が停泊しているバルコニーに続く扉――その近くまで来たところで気流を外れ、書棚や机の設置されたスロープに着地する。
その扉をひらくと、船首から船尾までの長さが五十メートを超す焦げ茶のジャンク船が目に飛び込んできた。
大きな船体と帆が、斜めの日差しを浴びている。
焦げ茶色の船底の手前に水兵帽をかぶったジョットマーイがいる。甲板からおり、ジャンク船の各部を点検しているようだ。
おずおずとクマリーがジョットマーイに近づく。
ジョットマーイは振り返り、微笑を見せた。
「心配してくれているんだね、クマリーちゃん……」
その亜麻色の瞳が、微妙に潤んでいる。
「でも、あたしはだいじょうぶ。ここであたしがグズグズしても、スーンさんは喜ばないから」
「ジョットお姉さん……」
クマリーも微笑して、ジョットマーイのまわりをクルッと回った。
続いて俺がジョットマーイのそばに寄る。
折り畳まれた紙を差し出す。
「ホーノックフークからロージュラー・エーンへの手紙だ。これをあなたが届けてくれ。ジャムークは別行動になったけど、俺は護衛として同行する」
「了解。あたしのポーサムパオ(ภ)……ジャンク船のポーの文字に恥じないよう、しっかり送り届けるよ!」
紙を受け取ったジョットマーイが、元気をしぼり出して言う。
「今回はホーノックフークからの依頼なんだよね。だからチケットの残り回数はそっちから引いておくね」
「いいんじゃないか。彼女もそれが妥当と分かっているだろうし」
そんなやりとりを交わしたあと俺たちは再びジャンク船に乗った。
後部甲板の操舵輪の前に立ち、ジョットマーイが「カーオーク」とさけぶ。
出発の合図である。ペンギンのかたちをした精霊の船員たちも持ち場につく。
渦巻く雲が船の上に出現する。
ジャンク船が図書館塔のバルコニーを離れて浮き上がり、雲を通り抜ける。
(これで、この船を外からさわることも見ることもできなくなったわけだ)
そして前側の甲板に立つ俺にジョットマーイが話しかける。
「今エーンちゃんはとある島にいるんだけど、これについては個人情報だからアーティットさんとクマリーちゃんには伏せさせてもらうね」
操舵輪の中心をたたき、ジョットマーイが唱える。
「……ウモーン」
それは「トンネル」を意味する言葉である。
直後、ジャンク船を取り巻く空の景色が溶けて消えた。
代わりに景色は、青い織物のような模様に変じた。
鳥も雲も太陽も、地上も見えなくなってしまった。
「わあ~っ! あたり一面、きれいな青でいっぱいですっ!」
クマリーがふにゃふにゃ声をはずませる。
俺は斥候の兵隊を呼び出し、周囲の警戒にあたらせる。
ラートはホタルの光のような体を分裂させたのち、船のあちこちに飛んでいった。
もちろん監視はジョットマーイのペンギン型のピーたちもやっていることだし、さきほどの渦巻く雲を通り抜けた以上この船を襲う者があるとも思われない。
今のジャンク船に対しては、外部からの認識も干渉も不可能なのである。
(ただし百パーセントそうだとは言えない。たとえばジャンク船の「不可侵性」を精霊に突破される可能性だってある。ピーが人知を超えてくるなんて、めずらしくもない話だからな)
俺は船の前方に広がる青い模様を見つめる。
(もしスーンさんを殺したやつがピーを使役することを得意としていたら、ホーノックフーク(ฮ)の手紙を届けようとするジョットマーイを始末するために手下のピーを送り込んでくるかもしれない)
次回「09.タコのロー(ฬ)【中編】」に続く!(1月3日(土)午後7時ごろに更新)
今回出てきた単語の元々の意味は以下の通り
ウモーン(อุโมงค์)→トンネル
では、今年もありがとうございました!




