63.歯のフォー(ฟ)【中編】
捕獲した人面ムカデ十体を見ながらセンセーは玄関前に立ち、上着の内ポケットから紙束を取り出した。
その厚みは十センティメートにも届く。
紙の表と裏にはモノクロの絵が見える。
表面は二かける四のかたちで八分割されており、分割された枠それぞれに人の姿が映っている。
ただし全員の体が噛みちぎられている。
頭部、首、四肢、胴体に馬蹄形の歯形がついているのだ。
俺はその紙束の意味を理解した。
「人面ムカデに襲われた村人たちの遺体か」
「そうだ……アーの字。全滅した彼らのなきがらさ……」
沈んだ低音の声を返しつつ、センセーは左手で紙束をはじいた。
「オレは化け物係から村人の遺体すべてを見せてもらった……そのありさまを写真にして記録したのだ……」
「ループターイ……見たものをそのまま絵にできる技術か」
炎の兵隊であたりを照らしながら、俺はセンセーの手もとの紙束と階段下の人面ムカデたちを見比べた。
「どれも巨大で鋭い乱杭歯を持っているな。村人たちの遺体についた歯形と特徴は一致している」
「ああ……一致しすぎているぞ……」
センセーはいったんきびすを返し、階段を下りた。
積み重なった人面ムカデ一体の顔を左手でつかみ、あごをひらかせる。
「この人面ムカデの歯形と……村人につけられた歯形は形状も大きさも完全に同じだ……」
「じゃあ、今センセーが押さえているその個体は村を襲った精霊の一体ってことか」
「ところが……」
右手に持った紙束を振り、センセーがすす色の瞳をよどませた。
「村人全員につけられた歯形もオレは調べたが……それらはすべて例外なく……同じ形状と大きさの歯形だった。同じ種類のピーでも別個体なら歯形に差異が生じるはずなのにな……」
「……え?」
人面ムカデの乱杭歯をじっと見ながら俺は首をかしげた。
「もしかして村を襲った精霊は一体だけだったのか?」
直後、首を横に振る。
「……いや、そうだとすれば村人のうち誰か一人くらいは逃げることができたはずだ」
「まあな……村への襲撃は複数で同時的に実行したものと見て間違いない……」
ここでセンセーは人面ムカデの顔から左手を離し、十体ぶんの顔面を順に指差した。
「加えて……ここに集めた人面ムカデすべての歯形についても……個体同士の歯列のかたちと大きさが寸分たがわず合致しているのだ……」
紙束を両手で持ち、胸の前で曲げる。
「こいつらがクマの字のような生き物らしいピーであれば、わずかでも個体差がないとおかしい……それがないということはだ……アーの字……この人面ムカデの群れは特定の個体のコピーである可能性が高い……個としての意思を持たない現象としてのコピーだな……そのコピー元を倒せば……同種の個体が新たに生み出されることはないだろう……」
「……さすがセンセー。歯形からそこまで推理するとは」
俺は、シアムの乗っていた人面ムカデを思い出した。
「通常の人面ムカデたちの長さは三メートほどだけど、きょう遭遇したシアムという子どもが乗っていた個体は五メート以上に見えた。しかもその個体はほかの人面ムカデよりも耐久力があって、交戦した俺たちはそいつを戦闘不能にすることができなかった」
「確定はできんが……コピー元の候補ではあるな」
センセーは息をつき、眼鏡越しに人面ムカデたちを見た。
ついで詠唱する。
「……カヤム」
その精悍な下あごが上下した。
口を閉じ、なにかを噛む仕草をする。
すると円すい状に積み重なった十体の人面ムカデの体がへこんだ。
巨人の歯形に似た馬蹄形のあとがつく。
そのまま人面ムカデたちは噛みつぶされるように砕けた。
紫の液体を噴き出し、白いもやとなって霧散した。
* *
それから俺とセンセーは、カヤンたちのいる部屋に入る。
センセーは俺の右隣の椅子に座った。
さらにカヤンはセンセーからコピー元の話を聞き、逆立ちのまま両の足裏をパチンと鳴らした。
「助かる、センセー。おかげでわたしらの標的が鮮明になった」
チュアモーン、センセー、俺、クマリー、ロップ、ミー、レック、ンゴットガームを順に見てカヤンが笑む。
「標的はそのコピー元だ。センセーの仮説が正しければ、こっちがいくらザコを倒しても新しい個体が生み出されるわけだからな。よって最優先でおおもとをたたかにゃあな……」
ドスの利いた声で続ける。
「すでに向こうはわたしらの存在に気づいている。だからわたしもセンセーに人面ムカデの大量捕獲を許可したわけだ。もうコソコソ動く必要はねえからな。そして敵に考える隙は与えん。人面ムカデの本拠地には、あす攻め込む。早朝が来ると同時にな」
「クン・カヤン」
レックが静かに右手を挙げた。
「暗いうちに奇襲したほうがよくないか」
「それはできねえ。もともとここにいた敵のほうがこの地のことをよく知っているはずだからな。ルディに地図を作成してもらっているとはいえ、地の利は向こうにある。だからわたしらはせめて明るい時間帯に動かなければならない」
若草色の目で、カヤンがレックや俺たちを見つめる。
「細かい作戦はあとで確認するが……おまえら、ほかに気になることはあるか」
「じゃあ俺から……」
背筋を伸ばし、俺は小さく言った。
「決戦前に行っておきたいところがある。その場所というのは――」
黙って次の言葉を待つみんなに、俺は伝える。
「人面ムカデに壊滅させられた村だ」
「いいだろう」
カヤンも小声で返答した。
「村はここの近くにあるし、なかに入る程度じゃ場所の特定にはつながらないからな」
* *
俺は建物から出て、プルーンで周囲を照らしながら白いもやのなかを進んだ。
クマリーは俺のへそのなかで眠っている。
そして村への案内役はセンセーが買って出てくれた。
また、レックも同行して俺の右隣を歩いている。
「すまないな、クン・アーティット。オレチャンも村を見たいと思ったんだよ。実際に被害を受けた現場を……」
「謝ることはないよ、レック。むしろ心強い」
俺はレックのえび色の目をちらりと見た。
彼は苦笑しつつ応じる。
「ありがとう。ただオレチャンは……人から聞いた話だけで相手を悪者あつかいすることは、もうしたくないんだ」
……レックはこのあいだ俺と突き合ったあと「文字保有者になる前はひたすら犯罪者を突き殺すばかりの人生だった」と言っていた。さっきの言葉は、そのことに関連する発言だと思われる。
ともあれ俺とレックはセンセーについていき、ロップの垂らした乳白色の線も越えた。
さらに歩くと、ほどなくして白いもやが晴れた。
淡い月明かりの向こうに、山で囲まれた小さな盆地が見える。
センセーがつぶやくように言う。
「アーの字、レの字……あれが壊滅した村だ」
俺たちは三人で固まって、村の様子を見て回った。
住居は高床式ではない。どれも竪穴式である。
あちこち調べたが、カヤンの言っていたとおり田畑、建物、倉庫などに被害は見受けられない。
なお農地は放置された状態であり、ニワトリなどの家畜たちは化け物係によって別の場所に移されている。
村の広場で俺たちはひと息つく。
だがそんな俺たち三人に、少々高めの声で話しかけてくる者があった。
「おやおや、これはこれは……フォーファン(ฟ)にトーパタック(ฏ)にトータハーン(ท)じゃないですか」
その男は、五メート前の正面に突如として現れた。
触手のようにうねった乳白色の髪が月影を受けてきらめく。
「あ、みなさんは俺と会うのは初めてでしたっけ。俺のことはトープータオ(ฒ)から聞いていると思うんですけどねー」
男は右手に空きビンを持っていた。
それをかたむけ、口につける。
「あ~、アロイアロイ。どことなく『蛇』の味もしま……」
「อย่าขยับ(動くな)」
俺は弓矢を、レックは突き棒を男に向けた。
(少々高めの声……乳白色の髪……右手のビン……伝えられた特徴と一致する。こいつが……カヤンにホーノックフーク(ฮ)暗殺を持ちかけ、それをことわった彼女を殺そうとしたやつか。しかしよりによって決戦前のこのタイミングで鉢合わせるとはな。偶然か……?)
この男が人面ムカデと関係しているかは分からないが、なにか目的をもってここに現れた可能性もある。無視はできない。
「――おまえがヨムか。ここでなにをしている」
「別になにも」
ビンから口を離し、男が目を細める。
「けれど、ここで会ったのも運命。というわけで、あなたたちにいいことを教えてあげよう。今は亡きンゴーングー(ง)を偲びながらね……」
次回「64.歯のフォー(ฟ)【後編】」に続く!
今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り
ループターイ(รูปถ่าย)→写真
カヤム(ขย้ำ)→咀嚼する
ヤー(อย่า)→○○するな
カヤップ(ขยับ)→動く




