06.フクロウのホー(ฮ)【前編】
ジョットマーイの空飛ぶジャンク船に乗り、ホーノックフーク(ฮ)のもとを目指す俺たち……。
そのなかで、スーンさんの話題が出た。
* *
俺とジャムークは後部甲板に上がり、あらためてジョットマーイに話す。
まず、スーンさんが何者かに殺害されていたこと。
次に、俺とジャムークが互いの無実を証明するためホーノックフークを頼ろうとしていること。
この二つのことを伝えた。
「スーンさんが、死んだ……?」
立って操舵輪を両手でグッと握り、ジョットマーイはうつむいた。
「……いや、あなたたちがあたしにすぐ伝えなかったのは別にいいんだ」
彼女のはつらつとしていた声が震える。
「あたしだって、スーンさん殺しの容疑者になりえるから。あたしが事件に関係があるかさぐるために、あえてスーンさんの話題をこれまで切り出さなかったんでしょう?」
この言葉に対し、俺もジャムークも首肯した。
ジョットマーイが舵輪を回しつつ、静かに言う。
「この事件、みんなには伝える? あたし、エーンちゃんにも、すぐ会いに行けるけど」
「ロージュラー(ฬ)に知らせるのは、まだ待ってください」
ジャムークが冷たい声を発する。
「まずはホーノックフーク(ฮ)の意見をあおぎましょう。わたくしたちだけで動くのは危険かもしれません」
「……分かった、ジャムークさんの言うことのほうが正しい。もうすぐ図書館塔だし」
次第にジャンク船のスピードが落ちる。
「ともあれ到着……カーカオ!」
船長のジョットマーイのかけ声と共にペンギン姿の精霊たちが帆を畳む。
すでにジャンク船の目の前には灰色の塔がそびえ立っている。
船首から船尾までが五十メートを超えるジョットマーイのジャンク船ですら小さく見えるほどの太さと長さを合わせ持つ塔だ。
直径は五百メート以上あり、頂上の先端は雲に隠れて確認できない。
その塔の正体は、ホーノックフーク(ฮ)が管理する図書館である。
塔から張り出した巨大なバルコニーの一つにジャンク船が近づく。
船底付近に渦巻く雲が現れる。
ジャンク船は下降し、その雲を通り抜けた。
最小限の音と共にバルコニーに着陸する。
「ご乗船、ありがとう。あたしはホーノックフークから指示があるまで待機するから……」
出発のときとは違い、ジョットマーイの語気は弱まっていた。
クマリーがおずおずとジョットマーイに声をかけようとしたが、結局なにも言えない様子だ。
タラップからバルコニーにおりる俺とジャムークのほうに飛んでくる。
ちらりと甲板を見上げると、ジョットマーイが空に向かって手を合わせていた。
(死んだスーンさんを思っているんだな……。それはそうだ。彼がいなかったら誰も文字の力を持てなかったんだから)
俺とジャムークは、バルコニーに設置されている灰色の扉をあける。
「おっと、図書館では静かにするんだったか」
小さな声でそう言ったあと俺は図書館塔の内部に踏み込んだ。ジャムークとクマリーも一緒である。
扉を閉め、館内を見回す。
灰色の内部は涼しく、無臭。現在の利用者は少なく、十数人がまばらに見える程度だ。
塔の丸い壁に接する幅広のスロープがらせん状に続いている。
緩やかな坂が右回りに上昇していく構造だ。スロープのところどころに閲覧者用の机がある。
スロープの壁際に書棚が設けられている。
棚にはさまざまなサイズの本が並ぶ。
ただし、ここの本は背表紙も表紙も白紙である。
図書館に入った一人一人の求めている内容を自動的に冊子のなかに映し出す。
すべての本に精霊が宿っているのだ。ピーたちは図書館利用者の心理を読み取り、対応する文字や挿絵、表紙を一人一人に用意する。
同じ書棚を見るにしても、俺とジャムークではそれぞれ目に映る本のラインナップが異なる。
すべての本は既存の書籍の内容と表紙を再現するらしい。
館長のホーノックフーク(ฮ)はそれぞれの著者に律儀に許可をとっている。
(ともあれ、この図書館に来たのは本を閲覧するためじゃない)
ホーノックフークに会うべく館長室に向かう。
らせんをえがくスロープの内側の端に一・五メートほどの柵が設けられている。
この柵を跳び越え、らせんの中心の空洞に身を投げ出す。
瞬間、空洞に上昇気流が発生する。この気流に乗って塔の上階に移動するわけだ。
ほどよい上昇スピードなので危険はない。
今回はジャムーク、クマリーと共に最上階まで上がる。
* *
天井にあとちょっとでぶつかりそうになったタイミングで気流が弱まる。
そこから、近くのスロープに着地する。
これ以上のぼることはできない。スロープは緩やかに延び、天井まで達したところで途切れている。
壁に木製の扉がある。
ノックすると、それがスロープ側に向かって左右にあいた。
吐息を多く含んだ声が室内から響く。
「ほうほう、オーアーン(อ)とトータハーン(ท)……それにピーの少女も一緒じゃな。さっさと入るがよいぞ」
俺たちは手を合わせてあいさつしたあと室内に足を入れ、扉を閉めた。
部屋の正面には、はめ殺しの透明な窓が取りつけられている。
窓の向こう側では暗い雲がうごめいており、しきりに雷光が走っている。
俺から見て右側の壁と左側の壁には書棚が見える。右側の書棚は本でいっぱいなのに、左側には一冊も本がない。
中央から少し後ろに寄ったところになんの変哲もない灰色の机が置かれ、その奥にホーノックフーク(ฮ)が立っている。イスには座っていない。
彼女は灰色の足袋で両足をおおっている。
さらに長袖の上着もロングスカートもゆったりとしており、灰色。ボサボサの長髪と瞳は銀色にきらめく。
一方、顔は十代なかばの女性のようだ。幼さとりりしさを同居させたような容姿をしている。
そんなホーノックフークが銀色の瞳をクマリーに向ける。
「そのほう……なにゆえ、さきほどから口をふさいでおる」
返事の代わりにクマリーが首を横に振る。
クマリーは図書館に入ってから、ずっと両手を口もとに当てている。
ホーノックフークが首をかたむけ、目を見ひらく。
「ほう、静かにするよう注意されたか」
教えられずとも、ホーノックフークはクマリーの真実を見抜いたようだ……。
「じゃがわしの部屋では気にせずしゃべってよい」
「そ……そうなんですねっ! 助かりますっ!」
口もとから手を離し、クマリーが深呼吸する。
机に両ひじをつき、ホーノックフークが笑う。
「ほっほっほ……遠慮せんでいい」
クマリーの揺れる茶髪を見つめつつ、言葉を継ぐ。
「そのほうは、わしのことを知りたがっておるな。自己紹介といこうじゃないか」
ついでホーノックフークはふわりと跳躍し、机の上に浮いた。
「【ฮ】ホーノックフーク・ラートリー、つかさどる字はフクロウのホー。そのほうら、わしの前に姿をノコノコさらすとは――見上げた度胸をお持ちじゃの」
次回「07.フクロウのホー(ฮ)【後編】」に続く!
ฮ←これが「ホーノックフーク」の文字。意味は「フクロウのホー」あるいは「ミミズクのホー」……なんかオーアーン(อ)に似ていますね。最後折り返して丸を作るか作らないかってところが平仮名の「ぬ」と「め」みたいで面白いですね~。
今回出てきた単語の元々の意味は以下の通り
ラートリー(ราตรี)→夜
ノックフーク(นกฮูก)→フクロウ
エーン(เอง)→自分自身
カーカオ(ขาเข้า)→到着




