表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/65

57.蓋のフォー(ฝ)【前編】

 白い椅子(いす)が何(きゃく)も置かれた部屋で、(おれ)は逆立ちのカヤンと今後について(はな)している。


「……カヤン。村を壊滅(かいめつ)させた人面ムカデの精霊(ピー)はあたりの白いもやのなかに(ひそ)んでいるんだろ」

「そのとおりだ」


 ドスの()いた声と共にカヤンが俺を見返す。


「ほかの地域での目撃(もくげき)情報は()()

「俺たちの目的はここ周辺のピーの鎮静化(ちんせいか)。その際、一番(いちばん)(おそ)れるべきは別の場所に凶暴(きょうぼう)なピーたちを追い立ててしまうことだ」


 左中指で右手の平を軽く()し出し、俺は続ける。


「きのうの探索(たんさく)においてチュアモーンは(かね)反響(はんきょう)を利用した索敵(さくてき)を積極的におこなわなかった。これは人面ムカデ(がわ)に俺たちを警戒(けいかい)する知能があるとチュアモーン自身が考慮(こうりょ)した結果の行動だ。その前提で考えると……俺たちを強敵と認定した瞬間(しゅんかん)に人面ムカデたちは即座(そくざ)にここを(はな)れて別の場所へ逃亡(とうぼう)を始めるおそれがある」


 ここで中指をいったん引っ()め、すぐに右手の(こう)を左手の平で押さえた。


「だから本格的にやつらを鎮静化する前に『(ふた)』をしておかないといけない。つまり向こうの逃走(とうそう)経路を事前につぶす。その準備をおこたったまま決戦に()み切れば、人面ムカデたちは白いもやのない別の地域に()げて新たに人を(おそ)うだろう」

「ふん……分かってんじゃねえか、アーティット」


 カヤンの口角(こうかく)()がる。彼女(かのじょ)は逆立ちしたままなので、逆に口角が()がっているようにも()える。


「わたしもおまえと同じ見解だ。まず周辺の逃走ルートをふさいでから人面ムカデどもを掃討(そうとう)する」

「でもどうやって蓋をする?」


 俺は重ね合わせた両手を()った。


「ただの(さく)や化け物係の見張りだけだと間違(まちが)いなく突破(とっぱ)される。ディアオの体を乗っ取ったスーンがやったように外部との通行を遮断(しゃだん)する光の円柱を出すことができればいいが……ホーノックフーク(ฮ)によると光の円柱はゴーガイ(ก)の光をウォーウェーン(ว)の(ちから)で定着させたものだったらしいからな。クマリーに継承(けいしょう)されたウォーウェーンがまだ覚醒(かくせい)していない以上、たとえディアオを呼んでもスーンと同じことはできない」

「ああ、だが蓋をするならそれ以上の適任がいるだろ?」


 ここでカヤンの左耳にレモン色の鐘のイヤリングがすうっと現れた。耳たぶではなく左耳の上部を金具で(はさ)んでいる。やはり今の俺から見ればそれは耳の下部についているようではあるが。


 イヤリングから、はつらつとしたジョットマーイの声が(ひび)く。


『カヤンさん。ジャンク船で新たに三人が到着(とうちゃく)しました。メンバーはナーグルアさん、ルディさん、ヤーンロップさんです』

「ご苦労。ではきのうと同様、船上でわたしが試験をおこなう」


 そんな最低限のやりとりを()わしたのち、イヤリングが消える。

 カヤンは(かべ)から背を(はな)し、あらためて俺に()みを見せた。


幸先(さいさき)がいいじゃねえか。さっそく『(ふた)のフォー』のおでましだ」


* *


 そして俺は、部屋の椅子の(ひと)つに(すわ)って追加メンバーを待った。

 レック、ミー、ンゴットガームも室内に姿を見せ、それぞれ(こし)を下ろす。なおチュアモーンは玄関(げんかん)(そと)に出て、ボーン……という鐘の()(ひび)かせ続けている。


 クマリーも俺のへそから()い出てきた。

 そのままこちらのひざに座る彼女に俺は声をかける。


「クマリー。ヨーヤック(ย)の文字保有者のナーグルアがさっきここに来たらしい。もうすぐ会える」

「ほ、ホントですかお兄さんっ。これでやっとクマリーもアーティットお兄さんの名前を書けるんですね……っ」


 しかしクマリーは、すぐに自分の(くち)を両手でふさいだ。


「って、今はピーの鎮静化という任務があるのに自分のことばかり優先しちゃダメですよね……っ」

「いや、むしろ君は積極的に字にふれるべきだよ」


 俺は後頭部をこすりつけてくるクマリーを見下(みお)ろす。


「もともと俺たちに文字を刻んだのはウォーウェーン(ว)の(ちから)を持っていたスーンなんだ。だからクマリーがどんどん文字を学んでいけば、君に受け()がれたウォーウェーンもそれに反応して本来の(ちから)を取り(もど)すかもしれない」

「それは燃えますっ。そうなればクマリーもお兄さんやみなさんの(やく)に立てますねっ」


 バナナの(ふさ)が重なったような茶髪(ちゃぱつ)が激しく()れる。


 ちょうどこのとき部屋の(とびら)があいた。

 逆立ちしたカヤンに続いて、水色の(かみ)(ひとみ)を持つ女が(はい)ってきた。


 しかし現れた追加メンバーは一人(ひとり)だけだった。

 レックがいぶかしげにえび色の視線を向ける。


「クン・アーティットからは新しく三人(さんにん)来たと聞いているぞ。残り二人(ふたり)は?」

「別任務だ」


 カヤンが(すず)しげに答える。


「試験に落ちたわけでもないさ」


 俺たちの前に移動したカヤンは右手を持ち上げて水色の髪の女を手招(てまね)きした。


「ここには最近ウォーウェーンになったクマリーもいる。まずは自己紹介(しょうかい)してくれ」

「はい」


 短い返事だったものの、それはこちらの骨に直接(ひび)くような冷たい声音(こわね)だった。

 冷たいというのは感情的に冷たいという意味ではない。文字どおり、体感温度が低いという意味での冷たさだ。


 女がカヤンの前に出て、座っている俺たちと向き合う。

 水色の髪は肩甲骨(けんこうこつ)(かく)すほどの長さ。右耳も髪に隠れているが、左耳のほうは()えている。左の耳の後ろに髪を引っかけているため、左右非対称(ひたいしょう)になっているのだ。


 よく見ると瞳や胸部、臀部(でんぶ)、足のサイズも左右で微妙(びみょう)(ちが)う。

 左のほうが、やや大きめだ。


 それでいて体格や容姿は総合的に均整のとれた印象を(あた)えてくる。


 服装も左右で(こと)なる。

 ボタンなどのない白いブラウスに群青色(ぐんじょういろ)の上着を羽織っている。上着の右側は長袖(ながそで)だが左側には袖がない。ただし上着の(すそ)は右側も左側も()()()に届く長さではある。


 彼女がはいている青黒いスカートに関しては、右の裾がふくらはぎに達する一方(いっぽう)で左の裾は太もものなかばまでしか隠していない。


 したがってスカート全体の裾は水平ではなく(なな)めに線を引いたかたちだ。

 同じく青黒い(くつ)にしても右が足全体をおおっているのに対し、左は()()()(こう)大部分(だいぶぶん)露出(ろしゅつ)させている。


 そんな彼女が右手で左ひじをつかみつつ、骨に響く冷たい声を発する。


「【ฝ】フォーファー・ヤーンロップ、つかさどる字は蓋のフォー。えっと……その、がんばります」


* *


 ともあれ俺たちはヤーンロップに続いてあいさつした。

 クマリーだけでなく、俺もレックもミーもンゴットガームもヤーンロップとまともに(はな)したことがなかった。だからそれぞれで自己紹介を済ませておいた。


 さらにカヤンがヤーンロップに言う。


「よかったらクマリーにおまえの字をなぞらせてやれ。ウォーウェーン(ว)覚醒の足がかりになるかもしれんからな」

「分かりました」


 静かにうなずいて、ヤーンロップが袖のない左腕(ひだりうで)鉛直(えんちょく)方向に上げた。

 そのわきの(した)に、赤い(フォーファー)の文字が刻まれている。


「クマリー、わたしのわきをなぞって」

「お言葉に(あま)えますっ、ロップお姉さんっ」


 俺のひざから(はな)れ、クマリーがヤーンロップの左わきの前に飛ぶ。

 右人差し指を、ヤーンロップのわきにふれさせる。


 まず左上に反時計回りで小さな丸を書く。

 ついでその丸の()()()接する線を下ろす。


 全体の左下に達したら右斜めに持ち上げる。

 さらに、すでに書いた丸よりも低い位置から右斜め下へと線を引く。


 右下に着いたら、あとは線を真上へと引っ張る。

 最後に、()()()()()()()()()()()()()()()線をとめる。


 これでフォーファー(ฝ)の字が完成する。


「ロップお姉さん、ありがとうございましたっ」


 やはりクマリーは礼を述べ、空中にフォーファー(ฝ)を何度も書く。


「プラトゥ師匠(ししょう)は自分のポーパーン(พ)と似たような字も多いって言ってましたが、ロップお姉さんのフォーファー(ฝ)も最初の丸の向きと最後の線の長さがポイントのようですね~。ちょこっと変えるだけで違う字になるとは――やっぱり文字って最高におもしろいですっ!」

「……プラトゥ?」


 ここでヤーンロップの水色の目が(ふる)えた。


「プラトゥもここに来てるの?」

「いえ、きのう師匠はジャンク船のペンギンさんに乗船拒否(きょひ)されたので、あとから来ると思いますっ」


 ほかのみんなが答えるよりも先に、クマリーが返答してくれた。

 上げていた左わきを下げ、ヤーンロップが冷たい小声でなにかつぶやき始める。


「ああ、あの酒焼けしたような声を早く聞きたい。聞きたい聞きたい聞きたい……」

「……さて、そろそろ本日の作戦の説明に移ろう」


 ドスの利いた声を引き()め、カヤンが(くち)をひらく。


「ヤーンロップを中心に、ここら一円(いちえん)()()()()

()きた……」


 瞬間(しゅんかん)、ヤーンロップがつぶやきをやめた。

 そんな彼女の水色の瞳をちらりと見てカヤンは続けた。


「レック、ミー、アーティットと共に二日(ふつか)かけてぐるっと(まわ)ってこい」

「あの、カヤン……」


 右手で左の前腕部(ぜんわんぶ)をなでながらヤーンロップは右に視線を動かし、カヤンに横目をやった。


「時計回りと反時計回り、どっちがいい?」

「おまえの好みでいいんじゃねえか」


 カヤンは若草色の瞳を細め、淡白(たんぱく)に答えた。


「たとえば右手で蓋をするにしろ左手で蓋をするにせよ、中身が出てこないようしっかりと蓋をするのは同じだろ?」

次回「58.蓋のフォー(ฝ)【後編】」に続く!


ฝ←これが「フォーファー」の文字。意味は「蓋のフォー」……丸が右側を向いていることと最後の線が長いことの両方を意識したいですね~。


今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り

ヤーンロップ(ยางลบ)→消しゴム

ファー(ฝา)→蓋

ルディ(ฤดี)→心

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ