55.樹木のチョー(ฌ)【中編】
村に被害を与えたとおぼしき人面ムカデの精霊を二体倒した俺たちの前に土色の髪と瞳を持つ少女が現れた。
俺とクマリーとレックとミーとチュアモーンは白いもやのなかで彼女と対面する。
白っぽいゴムのような素材の服で頭部以外の全身をおおったその少女は、左後ろにカラスの濡れ羽色の髪の女を連れていた。
(あれ? カヤンから俺たち以外にもう一人すでに到着していることは聞いていたが、隣にいるのは誰なんだ)
俺はカラスの濡れ羽色の髪の女を見つめた。
女の足はクマリーと同じく宙に浮いており、はだしだ。
その目は青い。どこか人間離れした美貌である。
右肩とへその周辺を露出させている。左肩から右脇にかけて白い布を帯のようにかけている。
さらに腰から太ももまでを同様の白い布でおおっており、その前側を結んで固定しているようだ。
(もしかしてピーか? それともホーノックフーク(ฮ)みたいに飛べるんだろうか)
そんな俺の視線に気づいた土色の髪の少女がうるおいのある声で説明する。
「アーティットおにい、それにレックおにいとクマリー嬢。あなたがたはこいつと会うのは初めてだったね」
左手の親指を立て、斜め後ろの女を指し示す。
「こいつは木に宿る精霊だよ。でも今は私に寄生してるの。いわば寄生樹だね」
「初めまして、アーティット氏、レック氏、クマリー氏」
濡れ羽色の髪の女が前に出て、俺の右肩を右手でポンポンたたいた。どこか無機質な声である。
「私はフアロと申します。もともとは木に宿るピーでしたが、さっきそこの女が言ったように現在は人に寄生して暮らしている次第です」
「あ、これはよろしくお願いします」
そして俺とレックとクマリーはフアロに対して自己紹介を済ませる。
「俺は【ท】トータハーン・アーティット」
「オレチャンは【ฏ】トーパタック・レック」
「クマリーはクマリーですっ! クマリーもピーですよ~」
それぞれあいさつを交わしてから、クマリーが宙を飛んでフアロに接近する。
「フアロさんは、どんな木に宿っていたんですか?」
「うーん、それがちょっと分からないんですよね」
宙に浮いたまま、フアロが両手でクマリーの肩をさわる。
「バナナやタキアンの木に宿る精霊は有名ですが、私自身はなんの木から生まれたのか記憶がないんです。その自分のルーツを探るためにこの女と行動を共にしているというわけです」
フアロは右を向き、土色の髪の少女をちらりと見る。
当の少女は左右の手の甲をおおう素材を引っ張ってパチンと言わせた。
「そう。そしてこいつの宿主の私はンゴットガーム。チョーガチュー(ฌ)の文字を持っているよ。よろしくね、クマリー嬢」
「はいっ、ンゴットさん」
ついでクマリーが土色の髪の少女……ンゴットガームに視線をやる。
「ところで、あのっ! あとでンゴットさんの字をなぞらせてもらえませんかっ」
いつもの流れである。
今は一応周辺の調査の途中なので、クマリーもすぐになぞろうとはしない。
ンゴットガームが答える。
「やだ」
……いつもの流れではなかった。
「私のチョーガチュー(ฌ)は四十二ある文字のなかで、もっとも使用頻度が低いんだ。覚える意味もほとんどないよ」
それだけ言って、ンゴットガームがクマリーの右横を過ぎた。
きょとんとするクマリーに、フアロが声をかける。
「ご安心を、クマリー氏。字をなぞらせるよう私があの女を説得しますので」
* *
ともかく俺たちはカヤンの待機する白っぽい高床式住居に戻った。
外も暗くなる。白いもやが、ぼんやり淡く光って見える。
チュアモーンのせいか、ボーン、ボーン……という鐘の音が心地よく響き始めた。
(索敵すると共に、この拠点に凶暴なピーが近づかないようにしているんだな)
現在、建物のなかには俺、クマリー、レック、ミー、チュアモーン、カヤン、ンゴットガーム、フアロがいる。
追加メンバーは今のところまだ現れていない。
人面ムカデの特徴や出現場所を全員で再確認したあと、食事をとって休息に入る。
その際、ンゴットガームが外に出た。
俺は炎の兵隊で周囲を照らしつつ、クマリーと共にンゴットガームを見守る。
彼女の左手が、隣のフアロの右手と重なる。
「サターパニック」
うるおいのある声で詠唱がおこなわれる。
そしてンゴットガームが胸と腹を反らす。すると白いゴムのような素材でおおわれた腹部から、白っぽい木材が生えるように出てきた。
木材はいずれも角張っており、細長い。
その木材をフアロが受け取り、両手を表面にすべらせる。その動作と共に、木材のかたちが微妙に変化する。
太くなったりより細くなったり、短くなったりより長くなったり、丸くなったりより角張ったりした。
変化した木材をフアロが建物のそばに続けて投げる。
まるで積み木のように木材は組み合わされ、あっという間に高床式住居の形状になった。
ついで木材を供給し終えたンゴットガームが二つの建物を視界に収め、両手を立てた。
左右の手を内側に寄せると、その動きに連動して二つの建物がくっついた。
「増築はこんなところかな。木を組んだだけだから耐久性はだいじょうぶかとツッコまれそうだけど、そこは問題ないよ。チョーガチュー(ฌ)とフアロの力があればね」
ンゴットガームは、素直にフアロのことをほめた。
フアロも満更でもないようで、したり顔を作っている。
(……互いに「こいつ」「この女」と呼んでいたから仲は険悪なのかとも思ったけど、二人には二人なりの信頼関係があるらしい)
「すごいですっ、きれいなコンビネーションですね~」
クマリーもンゴットガームとフアロのことを手をたたいて称賛した。
しかしどこか声がうわずっており、ぎこちない。
(ンゴットガームのチョーガチュー(ฌ)をなぞれなかったから欲求不満なのか……それとも)
* *
増築された部分はもとの建物と連結しており、内部から自由に行き来できた。
各自にベッド付きの個室が用意されたので、俺はそのベッドの毛布にくるまって眠った。
ただし交替で見張り番を務める必要がある。
深夜、俺はミーに起こされて玄関に向かおうとした。なおクマリーは小さくなって俺のへそで寝ている。
そのとき、通路の向かって左の突き当たりから水が落ちる音がした。
シャー……という音が連続して聞こえる。
(なんだ……? まさか敵の襲撃か)
俺は音のするほうに向かった。
突き当たりは扉になっていた。それを手前にあける。
するとそこには、ンゴットガームの土色の髪と瞳があった。
しかも彼女はなにも着ていない。
(……え?)
謝ることすらできなかった。
なにもまとっていないンゴットガームの頭部から下を俺はじっと見つめてしまった。
「わ……っ、アーティットおにい……っ」
少女はシャワーを浴びていた。
土色の目をうるませ、口を半開きにして震わせ、顔を赤らめている。
向かって左すみの天井に吊るされたランプがその光景を薄く照らす。
白っぽい木でできたシャワーヘッドから出た水の粒が少女の顔と土色の髪をすべる。
すべった水が少女の食道と気管に達する。
肺と心臓を濡らす。
胃袋と小腸と大腸から水がしたたり落ちる。
その下には、ゆか以外なにもない。
少女の下半身はなかった。
首から下には骨も皮膚も脂肪も筋肉も血管も存在しない。
ただ、内臓を露出させて浮いている。
さすがに俺もさけびそうになった。
しかし絶叫を上げる前に、後ろから両手で口をふさがれた。
「これはいけませんね、アーティット氏。女の子のありのままの姿を見たのみならず、それを目撃してショックを受け、あまつさえさけぼうとするとは。別に丸出しの内臓を首からぶら下げて浮いていたっていいじゃありませんか、ねえ」
無機質な声だ。声のぬしはフアロのようだ。
「さて、どうしてくれましょう。どうします? 殺します? ンゴット」
次回「56.樹木のチョー(ฌ)【後編】」に続く!
今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り
ンゴットガーム(งดงาม)→きれいな
フアロ(หัวเราะ)→笑う
タキアン(ตะเคียน)→タキアンの木
サターパニック(สถาปนิก)→建築家




