53.鐘のコー(ฆ)【後編】
白っぽい木材で作られた部屋のなかで、俺とクマリーとレックとミーとチュアモーンはカヤンの話を聞いている。
カヤンは逆立ちのまま、座っている俺たちに言葉を続ける。
「わたしらの今いる国にはパネークサットプララート……『化け物係』というものがある。精霊やわたしらみたいな人知を超えた存在に対応する、それはもう誠実なやつらさ」
皮肉っぽく、カヤンは彼らをそう評した。
「その化け物係からのお達しだ。文字保有者の力を使って、このあたりの精霊を鎮静化してほしいとよ。なお、この件はすでに注意喚起したコークアット(ฃ)を名乗る粗ビン野郎……ヨムとは無関係だ」
「ヨムとかいう男は関わっていないのか。でもクン・カヤン」
レックが右手を小さく挙げる。
「このあたり……というのは具体的にどのあたりなんだ」
部屋の窓の外に映る白いもやにも視線をやってレックが問うた。
「国内というのは分かるけど、あなたはその場所についてクン・ジョットマーイにも口止めをしていたそうだな」
「残念ながらレック、ここの座標については教えられない。これはラートリーにすら秘匿していることだ」
カヤンの口ぶりから察するに……相手の真実を閲覧するのみならずそれをペラペラ話すホーノックフーク(ฮ)がこの場にいないのは、化け物係から与えられた秘密を外部に漏らさないためのようだ。
「ただ、最低限の情報は開示せにゃあな」
若草色の長髪の毛先を天井に向けた状態で、カヤンが声を抑える。
「……ちょうどわたしらがラートリーに招集されて図書館塔につどった日の午後、国内にある辺境の村の一つが壊滅しているのが発見されたんだよ。住民は一人残らず殺されていた。全員の全身に噛みちぎられたような傷があった。わたしも遺体の一つを見せてもらった。ありゃあ人の歯形っぽかったなあ。村を訪れた行商人が異変に気づいたわけだが、遺体の腐敗は大して進行していなかったらしい。なお人々の混乱を招かないよう、国はこの情報を伏せている」
「本当に最近になって殺されたわけか……」
背もたれのない椅子の上で俺はあらためて背筋を伸ばした。
右隣のチュアモーンはレモン色の瞳をまたたかせつつ、左ふくらはぎを右ひざに載せている。
俺の左隣に座るクマリーは目をうるませてうつむいている。
ここでミーが身を乗り出し、にび色の瞳をカヤンに向ける。
「カヤンさん。今ワタシたちがいるのは、その壊滅した村の近くなんですね」
「まあ、そういうことになるなあ」
明言をさけてカヤンは答えた。
ミーはひざの上に薄茶色の袋を載せていたが、それに両手を添えながら真剣に言葉を継ぐ。
「……で、化け物係さんは村を壊滅させたのが周辺に住んでいるピーと考えているわけですよね。だからワタシたち文字保有者をその場に集めてピーの鎮静化を任せた……だけど村人さんには人の歯形っぽいのがついていたんでしょう? だったらピーじゃなくて人の仕業という可能性もあるんじゃないですか」
「ピーの仕業と断定する根拠は二つ。まず村の家畜や田畑、建物、倉庫にまったく被害がなかった。建物の内も外も荒らされた形跡がねえとよ。人が村を襲ったのなら、ありえんことだ。それに化け物係がしるした村のスケッチをラートリーに見せたら、真実で間違いないと断言されたしな」
ホーノックフークのマネなのか、カヤンは首を左右に軽く倒した。
「そして根拠の二つ目は――そもそも人は人を噛んで殺したりしねえ。一箇所や二箇所ならまだしも、村人全員の全身に歯形をつけて殺害する人間が存在すると思うか、ミー」
「ほわー、なるほど。納得しました、カヤンさん」
これでミーは質問を打ち切った。
その後、レックが再び挙手する。
「ピーが別の遠い場所から来た可能性は?」
「ほとんどねえだろうな」
まばたきを挟み、カヤンがレックのえび色の目を見る。
「村に配置された化け物係複数人が白いもやの向こうからピーがやって来るのを確認している。そのピーはムカデみたいな胴体に巨大な口を持つ人面を載っけているんだと。逃げるときに見たその歯列はどれも鋭い牙だったようだ。『村人の遺体の歯形に一致する』と化け物係の連中は証言している」
「分かった。そして放置すれば別の人々も襲われる可能性があるんだな」
事情を飲み込んだレックは背中の突き棒をさわって姿勢を正した。
さらに俺もカヤンに聞く。
「期間は?」
「具体的な日数は言えねえ。ピーの鎮静化に成功して安全が確認されるまでってことになるんだろうが」
「じゃ、報酬は?」
「今のところ一人あたり十万バーツは出してくれるそうだ」
「じゅうまんばーつ?」
クマリーが顔を上げて疑問の声を出した。
「なんですか、じゅうまんばーつとはっ。おいしいんでしょうか」
「バーツはお金のことだぜ、クマリーちゃん」
レモン色の瞳を光らせ、チュアモーンが回答する。
「多ければ多いほどいろんなモンが買える。十万バーツさえありゃあ、一本一バーツのバナナが十万本も食えるってわけよ。百本のバナナを千回もおいしくいただけるのさ」
「わああ……っ、夢のようじゃないですかっ!」
椅子から垂らした両足をクマリーがぶらぶらさせた。
ついでカヤンがあらためて俺たちと目を合わせる。
「これで事情は理解してもらえたと思うが……参加したくないなら、またジョットマーイのジャンク船が来たときに帰っていいからな。無論そんときゃ給料は出さねえけど」
しかし俺たちのなかに、引き返そうとする者はいなかった。
それを確認してからカヤンがチュアモーンに言う。
「おい、例のものをみんなに渡してやれ」
「はいよっと」
チュアモーンが立ち上がり、右耳に下げているイヤリングの鐘を右手ではじいた。
……「リン」という音が四回鳴った。
するとチュアモーンの右手と左手に、どこからともなくイヤリングが落ちてきた。
数は計四つ。形状は彼のつけているレモン色の鐘のイヤリングと同じだ。
それらをチュアモーンが俺とクマリーとレックとミーに手渡しする。
「これは俺様とガムランで急きょ共同開発したブツだ。ガムランの野郎、スーンの件を受けて文字保有者同士の報告・連絡・相談が大切なのを痛感したんだとさチクショウ」
そう言ってチュアモーンが右手で宙にソーソー(ซ)の字を書いた。
「今、俺様が君たちに渡したのはそのための道具だ。てなわけで使い方を心して聞けや」
* *
そして、さっそく俺たちは白っぽい高床式住居から出て周囲の状況を調査する。
今回の村を壊滅させたというピーの鎮静化に参加しているのは今のところカヤンを筆頭に、俺とクマリーとレックとミーとチュアモーン。ただしあとになってポーサムパオ・ジョットマーイが追加メンバーを運んでくる可能性はある。
ちなみにカヤンによると、すでにもう一人ここに到着しており……その彼女は俺たちよりも先に周辺の調査に出たらしい。
また、俺たちにカヤンからの招集要請を知らせたエーンは不参加のようだ。
(いざというときの連絡係として、ロージュラー・エーンに関しては安全な場所に置いていたほうが合理的だからな)
カヤンは追加メンバーを待つために建物内で待機。
残りはレックとミー、俺とクマリーとチュアモーンのふた組に分かれ、白いもやのなかを進んでいく。
俺は右の耳たぶを二回つまんだ。
すると俺の右耳にイヤリングが出現する。チュアモーンがしているような、レモン色の鐘のイヤリングである。
イヤリングが現れる際、音や光などは発生しない。まるで隠れていたカメレオンが姿を現すときのように、ミニサイズの鐘のイヤリングがすうっと現れるのだ。
その鐘に右手を添えてソースーア(ส)の文字を鐘の表面に書いたあと、俺は小声を発する。
「もしもし、ミー。聞こえてるか」
『聞こえてるよ~、アーティットくんっ』
イヤリングの鐘から、ミーのほわほわした声が返ってきた。
ホッとして俺は鐘を右ほおに当てる。
「本当に遠くにいても話ができるんだな」
『不思議だね~。確かガムランくんのふれることも見ることもできない鎖でイヤリング同士をつないでるんだよねー』
チュアモーンが俺たちに渡したのは、鐘のイヤリング。
そのイヤリングを使えば同じイヤリングを持っている別の文字保有者と通話ができるそうだ。
金具で耳たぶをはさんだあと鐘の舌の部分を引っ張るとイヤリングは消える。
さらに右か左の耳たぶを二回つまめば、つまんだほうの耳にイヤリングが装着される。
この鐘の表面に文字を書くと、その字を持つ相手と話すことが可能。
たとえばソースーア(ส)の文字を書けばそれを持つミーと鐘をとおして遠くからでも会話ができる。
ミーの声と共に、鐘の舌が微妙に震える。
『こっちもレックくんとあたりを確認してるけど、異常はないよ』
「分かった。引き続きお互い注意しよう」
俺は鐘の舌を引っ張ってイヤリング自体を消し、通話を打ち切った。
そのように定期的に連絡をとりながら前進する。
だがこのとき――。
突然前方のもやから赤黒いムカデの胴体に似た物体が飛んできて、俺の右脇腹をつらぬいた。
「いた……」
これまでなにもなかった状況からいきなり攻撃を食らわされたため、俺は目を丸くした。
「斥候の兵隊を出しておくべきだったか……」
「アディート」
瞬間、チュアモーンの少々尊大な声が俺の左横から響いた。
同時に彼は左耳のイヤリングの鐘を左手ではじき、ゴーン……と鳴らした。
直後、俺は体に違和感を覚える。
見てみると、つらぬかれたはずの右脇腹に傷がまったくなかった。
「……なにをしたんだ」
だが俺はチュアモーンの返答を待たず、あらためて前方を警戒する。
このとき俺の右隣を飛んでいたクマリーが自分の左耳たぶを二回つまんで鐘のイヤリングを出し、トーパタック(ฏ)の字を表面に書いた。
「こちらクマリーっ! ムカデっぽいピーが現れました!」
『分かった、オレチャンたちもそっちに向かう』
ビブラートを利かせたレックの声がクマリーのイヤリングから聞こえた。
チュアモーンが肩を震わせて静かに笑う。
「いいじゃねえか、クマリーちゃんも。モノは使うべきときに使ってこそ意味があるってモノだ」
次回「54.樹木のチョー(ฌ)【前編】」に続く!
今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り
バーツ(บาท)→貨幣単位/1バーツは4円くらい。また「バーツ」ではなく「バート」と言ったほうが実際の発音に近いかもしれません。
アディート(อดีต)→過去




