05.ジャンク船のポー(ภ)【後編】
スーンさん殺害に関する真実を見てもらうべくホーノックフーク(ฮ)のもとに向かうことに決めた俺たちは、湿地帯のひらけた場所に移動する。
そこは昨晩、俺とジャムークが戦った場所でもある。
当の俺たち二人はポケットから長方形のオレンジ色のチケットを取り出し、空にかかげた。
ジャンク船を呼び出すためだ。
加えて、とある言葉も同時に唱える。
「クンクルアンビン!」
少し恥ずかしいが……これをさけばないとジャンク船は来てくれない。
言葉を発した直後、渦を巻いた雲が上空に現れ、太陽を隠した。
それに恐れをなしたのか、周辺にいたサギや水牛たちが別の場所へと逃げていく。
動物たちの避難が終わった瞬間、渦巻く雲から焦げ茶色の船底が姿を見せる。
少しずつ地上におりてくる。
船底が湿地のぬかるみに達したとき、軽い水しぶきが上がった。
その焦げ茶の構造物が直上の雲から抜け出し、全体をあらわにする。
正体は大きなジャンク船。
このジャンク船が、俺たちに左舷を向けて湿地に着陸したのである。
大きな帆が三つ張られている。船首から船尾までの長さは、五十メート以上ある。
「すご~い、おっきいっ! これがジャンク船なんですねっ!」
興奮したクマリーが、ぴょんぴょん跳ねるように飛ぶ。
彼女の普段の身長が俺の腰くらいまでだから、当のジャンク船はよほど巨大に見えているに違いない。
「おっ!」
船の上から、はつらつとした声が落ちてくる。
「この船の偉大さが分かるとは、なかなかの目を持つお嬢ちゃんだね!」
若い女性が左舷からひょっこり現れた。
そこからジャンプし、こけ色のぬかるみに着地する。
彼女は白いタンクトップに濃いオレンジ色のホットパンツ姿である。
異様に大きなオレンジ色の靴をはき、頭には白と黒を組み合わせた水兵帽をかぶっている。
亜麻色の髪を三つ編みにし、左右に垂らしている。
「アーティットさんにジャムークさん、いつもご利用ありがとう! そして、お嬢ちゃんとは初めて顔を合わせるね! あたしの名前はジョットマーイ」
髪と同じ色の瞳を輝かせ、水兵帽の位置を整える。
「【ภ】ポーサムパオ・ジョットマーイ、つかさどる字はジャンク船のポー。チケットが残っている限り、どこにでも送り届けるよ!」
「お姉さん、かっこいいですっ!」
クマリーはジョットマーイとジャンク船を交互に見た。
ついで肩を落とす。
「でもクマリーはチケットを持っていません……」
「だいじょうぶ」
ジョットマーイがクマリーにほほえむ。
「保護者同伴ならチケットは要らないから!」
「ほんとですか! うれしいですっ!」
クマリーがガッツポーズを作る。
そのときジョットマーイは俺に目配せした。
(俺としてはクマリーの保護者になったつもりはないんだが……まあいいか)
ジョットマーイにチケットを見せる。
もともとチケットには「残り十八回」と書かれてあったのだが、ジョットマーイの亜麻色の目に見られると同時に表示されている残り回数が「十七」に減る。
(クマリーがいるからといって、二回ぶん引かれるわけじゃないんだな)
続いてジョットマーイはジャムークのチケットも確認する。
「では、ご乗船を。行き先は?」
「ホーノックフーク(ฮ)の図書館塔」
俺とジャムークが同時に行き先を伝える。
対するジョットマーイは笑顔でうなずく。
ここでジャンク船の左舷の一部が折れ曲がり、階段状のタラップとなった。
そのタラップから俺たちは船の甲板に上がる。
ジョットマーイはタラップを畳んで左舷に戻したあと、少し高い位置にある後部甲板に移動する。
甲板に備え付けられた操舵輪を握り、元気にさけぶ。
「それじゃあ出発……カーオーク!」
彼女のはつらつとした声と共にジャンク船が浮上し、湿地のぬかるみから船底が離れる。
上空に渦巻いている雲に船体が吸い込まれていく……。
ジャンク船は雲を抜けてその上に出た。真上から太陽の光がそそぐ。
地上を見下ろすと、豆粒みたいな水牛やサギが見える。
「さっきの渦巻く雲を通り抜けたことであたしのジャンク船は船外から見えなくなったし、さわることもできなくなった。飛ばすよっ!」
船首が西を向く。ジャンク船全体が前進を始める。
次第にスピードが上がり、こけ色の湿地帯を抜ける。
雲や鳥がジャンク船をすり抜け、後ろに流れていく。それでいて乗船している俺たちに酔いのようなものは発生しない。ほどほどに心地いい風が前方から汗を奪うだけだ。
ジョットマーイは精霊を船員としている。
彼女のピーたちはジャンク船の帆の向きを変えたり周囲を見張ったりする。
その精霊は見慣れないかたちである。
白黒の胴長の鳥なのだが、彼らは二足歩行で移動するだけだ。飛ぶ気配がない。ジョットマーイによれば船員たちは寒い地域に住むペンギンという鳥にそっくりだという。
ある程度進んだところで、クマリーがジョットマーイの左隣に寄る。
「お姉さん、今だいじょうぶですか」
「うん」
操舵輪を左手だけでつかみ、ジョットマーイがやんわりと応じる。
「しばらくは舵輪を手放しても問題ないよ」
「……でしたらお姉さんの手の文字をなぞらせてくださいっ!」
浮いたままクマリーが前に出る。
「クマリーは、全部で四十二個あるというイカした文字をすべて見るためにお兄さん……アーティットさんと一緒にいるんです。現在はお兄さんのトータハーン(ท)とジャムークさんのオーアーン(อ)の二つの文字と直接ご対面しています。まだまだ先は長いです!」
「そっか。クマリーちゃん、好奇心いっぱいなんだね!」
操舵輪のそばに設けられているイスに座り、ジョットマーイが左手を小さくかかげる。
彼女の左手にも、やはり赤い文字が刻まれている。
「これがあたしの文字、ภ。意味するのは『ジャンク船のポー』……。サムパオっていうのは、あたしたちが今乗っているようなジャンク船のこと。普通は空を飛んだりしないけどね」
「ありがとうございます、失礼しますっ」
クマリーがポーサムパオ(ภ)の字をなぞる。
左下に小さな丸を書いたあと、丸の右側に接する線を上に引っ張る。
そこでいったん右にひっこめ、すぐに左に戻す。
さらに上方向に盛り上がるカーブをえがき、右に寄ったところで線を一気に下ろす。
「なんというか……タマゴをかかえた鳥さんが左を向いてクチバシを見せているみたいで――かわいいですねっ。トータハーン(ท)ともオーアーン(อ)とも違った意味でイカしてます!」
「ありがとうクマリーちゃん」
ジョットマーイが、うれしげに声をはずませる。
「あたしもポーサムパオ(ภ)の字を気に入ってるんだ。昔、乗ってた船が沈んじゃったことがあってね。……それで落ち込んでたときにスーンさんが託してくれた文字がポーサムパオなんだよ」
そしてジョットマーイがイスから立ち上がる。
ジャンク船の前側の甲板にいる俺とジャムークを後部甲板から見下ろす。
「そういえば、さっきあなたたちがいた湿原……スーンさんの家があるところだよね。本人には会ってきたの?」
「彼は……ウォーウェーン(ว)は殺されました」
俺よりも先にジャムークが口をひらいた。
「今はアーティットさまとわたくしとが互いのことを少々疑っている状態です。だからホーノックフーク(ฮ)のところに行き、真実を見抜いてもらう必要があるのです」
まったく隠さず、冷静に言いきった。
次回「06.フクロウのホー(ฮ)【前編】」に続く!
ภ←これが「ポーサムパオ」の文字。意味は「ジャンク船のポー」……実際は全然関係ないかもしれませんが、なんか鳥にも見えますね~。
今回出てきた単語の元々の意味は以下の通り
ジョットマーイ(จดหมาย)→手紙
サムパオ(สำเภา)→ジャンク船
クン(ขึ้น)→乗る
クルアンビン(เครื่องบิน)→飛行機
カーオーク(ขาออก)→出発




