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27.ニワトリのゴー(ก)【前編】

 スーンさんを殺したンゴーングー・リアンゲが死んでも、(おれ)たちの心には()()()引っかかるものがあった。


 そのためクマリーまでもがホーノックフーク(ฮ)に疑われた。

 さらに、ホーノックフークのことを信用しすぎではとクルムに指摘(してき)された。


 とはいえ疑心暗鬼(ぎしんあんき)になるわけにもいかない。


* *


 俺とクマリーとホーノックフークはサラサルアイに乗って、ゴーガイ・ディアオのもとに向かっている。


 ディアオはホーノックフークの招集(しょうしゅう)に応じなかった唯一(ゆいいつ)の人物。

 事件の黒幕かは断言できないものの、なにか知っている可能性は充分(じゅうぶん)にある。


 サラサルアイは図書館(とう)から(はな)れ、北西に延びる街道(かいどう)を進み続ける……。


 一日(いちにち)では着かなかったので、道沿()いの宿屋で俺たちは休む。

 天幕(タハーン・)の兵隊(グラジョーム)のなかには(はい)らなかったが、例によって俺はクマリーとバナナを食べた。


 宿屋のベッドでもクマリーは俺のへそに侵入(しんにゅう)した。

 そのためか、また俺は悪夢を見ないで済んだ……。


* *


 翌日の早朝からサラサルアイは俺たちを乗せ、街道の石畳(いしだたみ)を両手両足で()んでいく。

 しかし(かれ)は体になんらかの違和感(いわかん)を覚えたようだ。


「……うん? いい意味で変だな。きのうきょうで()()ぶっ続けで走っても、なんか地味に体力(たいりょく)が続いているような気がすんぞ」

「それはクマリーのおかげだろうな」


 俺はサラサルアイの疑問に答える。


「すぐには分からないくらいの微細(びさい)変化(へんか)だが、クマリーは近くにいる人に(ちから)(あた)えることができるらしい」

「へえッ!」


 興奮したようにサラサルアイが息を(あら)くした。


「おとといの時点では気づかなかったぜ。ピーのお(じょう)ちゃんには礼を言わねえとなッ! ありがとう!」

「そ、そんな~」


 俺の前に(すわ)るクマリーが、ふにゃふにゃ(ごえ)をはずませる。


「クマリーはただ()()()いるだけですよ~」


 どう見ても照れている。感謝されてまんざらでもなさそうだ。

 ここで俺は、後ろにまたがっているホーノックフークに視線をやった。


「ホーノックフーク(ฮ)もクマリーと一緒(いっしょ)にいることで目がさえて、いつもより真実が()えたりしそうだな」

「残念ながら、それはないのう。わしの(ちから)はすでに完成されておるゆえ」


 ()えない手綱(たづな)を軽く(にぎ)りつつ、ホーノックフークが淡々(たんたん)と言う。


「じゃが、もしかすれば真実を見抜(みぬ)(ちから)にも(あな)があるのやもしれぬなあ……」


* *


 そして早朝からずっとサラサルアイは街道を走り続けてくれた。

 (かれ)のおかげで俺たちは夕方前にディアオのいる場所に到着(とうちゃく)することができた。


 俺もクマリーもホーノックフークもサラサルアイに丁重(ていちょう)に礼を述べる。

 その()、目の前の赤茶色の都市に視線をやった。


 ゴーガイ・ディアオは、とある都市の領主をやっている。

 ディアオの都市は「高床式(たかゆかしき)都市(とし)」とでも言うべき特徴(とくちょう)を持つ。地面ではなく赤茶色の木材で作った(だい)の上に都市を広げている。


 なお都市自体は、くすんだ色の原っぱに囲まれている。都市の外れには大きな川もある。


 都市に(はい)ること自体は簡単だった。

 俺もホーノックフークもサラサルアイも自分に刻まれた赤い文字を見せ、「ディアオさんの知り合いです」と言った。


 すると都市の門番はあっさり俺たちを通してくれた。

 なおクマリーは精霊(ピー)なのでスルーされた……。


 門をくぐったあと階段をのぼる。

 階段の先には、丈夫(じょうぶ)(くさ)りにくい木材でできたゆかが地面の代わりに広がっていた。


 その広大なゆかの上に住居(じゅうきょ)店舗(てんぽ)、広場、公共施設(しせつ)などが並んでいる。

 ゆかには()()()()()()しない程度にわずかな隙間(すきま)が作られている。雨がふった場合はその隙間から水が勝手に()げてくれる。


 都市の空気はほどほどにカラッとしている。

 歩くだけで木材の上質なにおいが鼻孔(びこう)をくすぐる。


 道ゆく人々の顔は(おだ)やかで、まとう衣服にも乱れがほとんどない。

 かといって規則や常識に(しば)られている感じはしない。()つ足で歩くサラサルアイを目にしても住民たちは差別的な視線をいっさい送らない。


 その住民の一人(ひとり)に俺は声をかけた。


「すみません。ディアオさんの屋敷(やしき)はどちらでしょう」

「おや、それなら……」


 見ず知らずの俺に対して、その人は笑顔(えがお)で答えてくれた。


「この都市の一番(いちばん)低いところにありますよ」

「そうですか、ご親切にありがとうございます」


 適宜(てきぎ)住民たちにたずねつつ、俺たちはディアオのいる場所に近づいていく。


* *


 ディアオの屋敷は都市の北西端(ほくせいたん)にあった。

 あくまで彼の住居(じゅうきょ)であって、仕事場は別の場所に位置している。


 俺たちは階段をおり、やや低い位置に(もう)けられた木材のゆかを()む。

 都市のほとんどが地上五メートほどの高さにある一方(いっぽう)で、ディアオの屋敷は(いち)メートほどの高さの台の上に建っている。


 なぜディアオさんは低いところに住んでいるのか? ――という質問を住民たちにしたところ「ディアオさまは責任ある立場になっても、けっしておごらない人物だからです」という答えが返ってきた。



 ディアオが住むという赤茶色の木造(もくぞう)の屋敷も、一般的(いっぱんてき)な家屋と大差ないサイズである。


(都市の領主の(いえ)とは思えないな。その気になれば豪勢(ごうせい)な暮らしもできるだろうに)


 ひとまず屋敷の(とびら)をノックする。

 ただしノックしたのは、俺ではなくホーノックフークのほうだった。

 すでに日は(しず)みかけ、あたりが暗くなり始めている。


(ディアオがすでに帰っているかは微妙(びみょう)なところだ)


 ノック後、十数秒が経過して――。

 一人(ひとり)の女性がなかから顔を見せた。


 紺色(こんいろ)の上着と白いタイトスカートを着た、所作(しょさ)のきれいな人である。


「……はい、ここはディアオさまのお屋敷ですが、どういったご用件です」


 最初、女性は事務的な言葉を(くち)にした。

 が、ホーノックフーク(ฮ)に気づいて「あっ」と声を上げた。

 ついで手を合わせ、うやうやしく礼をする。


「おひさしぶりです、ラートリーさま。……ディアオさまに話があるのですね?」

「そうじゃよ、ジュットジョップ」


 ホーノックフークが小さく笑い、首を左右に(たお)す。


「あやつは、まだ仕事かの」

「いいえ。きょうは早めに帰ってきました」


 ジュットジョップと呼ばれた女性が右手を胸に当てて答える。


「今は都市の外れにあるグラーン(がわ)のほとりにいるはずです。あの人、そこで心を休めるのが好きなんです」

「感謝する」


 (やさ)しげな声音(こわね)を発し、ホーノックフークが礼を述べた。


「……そのほうも変わりなく、なによりじゃ」

「ラートリーさまこそ。……そして」


 物腰(ものごし)やわらかなその女性が、俺とクマリーとサラサルアイにも手を合わせる。


「あなたがたも、はるばるディアオさまの屋敷にいらしたようですね。大変うれしく思います。わたくしはディアオさまの妻、ジュットジョップです。以前はラートリーさまの図書館塔で司書を務めていました。――せっかくですので()がっていきますか?」


 俺たちはあいさつを返したのち、やんわりとジュットジョップさんの申し出をことわった。

 今は、グラーン川のほとりにいるというディアオのもとに向かわなければならない。

 ジュットジョップさんは「近道です」と言って家の裏手にある階段を使わせてくれた。


 彼女(かのじょ)に礼を言ったあと俺たちは階段をおりて都市から出た。


* *


 さらに北に進むとグラーン川という大河(たいが)()き当たる。

 東から西に向かってゆるやかに流れるその川の手前に薄緑(うすみどり)の原っぱが広がっている。


 そこに男が一人(ひとり)いた。

 全体的にくすんだ色の衣装(いしょう)を身にまとっている。


 男は足の裏を地面につけたまま両ひざを直角に曲げ、ひざから頭までの部位を真横の宙に投げ出していた。頭も背中も臀部(でんぶ)も地面に接しておらず、左右の(うで)は胸の前で組まれている。


 整った(かみ)力強(ちからづよ)二重(ふたえ)(ひとみ)朽葉色(くちばいろ)

 黒とオレンジの混ざった長袖(ながそで)の上着は羽毛でできているようで少し熱そうにも()える。


 ズボンは深みのある赤で、脚部(きゃくぶ)(はだ)にぴったりくっついている。

 さらに純黒(じゅんこく)のブーツをはいており、その(くつ)はいっさい光らない。


 月が雲に(かく)れてほとんど暗くなった空を、男は無言で見上げている。

 そんな彼にホーノックフークが近づいた。


休憩中(きゅうけいちゅう)にすまないのう、ゴーガイ(ก)」

「……ホーノックフーク(ฮ)。これは失礼しました」


 声は低いほうだ。かつ、落ち着きと(ひん)力強(ちからづよ)さをすべて()ね備えている感じのする聞き心地(ごこち)のいい声だ。


 腕をほどき、男は両ひざに力を()めてまっすぐ立った。

 両腕も脚部もほどよく太い。胸板(むないた)(あつ)さも主張しすぎない程度。

 全身で肉体美を体現したかのような屈強(くっきょう)な男だ。


 その男が上品かつ力強(ちからづよ)い動作で手を合わせ、ホーノックフークにあいさつする。


「【ก】ゴーガイ・ディアオ、つかさどる字はニワトリのゴー。ウォーウェーン(ว)殺害の(けん)招集(しょうしゅう)要請(ようせい)をロージュラー(ฬ)から知らされたにもかかわらず、わたしは招集に応じませんでした。申し訳ありません」

「よい。そのほうの真実はすでに閲覧(えつらん)してしもうた」


 ホーノックフークが左ひざを立て、原っぱに(こし)を下ろす。


「ゴーガイ(ก)、わしの(となり)(すわ)れ」

「はい……」


 ディアオはホーノックフークの右(なな)め前で正座になった。

 ついでホーノックフークが俺とサラサルアイを見て手招(てまね)きする。


「トータハーン(ท)とモーマー(ม)も、こっちで話を聞くのじゃ」


 俺たちもそばに寄り、四人で車座になる。

 サラサルアイは()つ足を(たた)んで(ちぢ)こまり、俺はディアオの正面であぐらをかいた。


 ディアオへのあいさつを済ませたあと俺は炎の兵隊(タハーン・プルーン)を呼び出し、あかりをともした。


 なおクマリーは俺のすねの重なった部分に座っている。

 グラーン川の流れる(おと)(ひび)くなか、昼間よりも大きく目をあけてホーノックフーク(ฮ)が話を切り出す。


「真実を言ってよいかのう、ゴーガイ」

「どうぞ」


 ディアオはひざに両手を()せたままうなずいた。

 ホーノックフークは彼にうなずきを返す。


「では遠慮(えんりょ)なく明かすぞ。……ゴーガイ・ディアオは完全に無実であることが分かった」


 ホーノックフークの銀髪(ぎんぱつ)がプルーンの火を受けてきらめく。


「招集に応じなかったのは、わしら文字保有者の安全保障のためじゃ。ウォーウェーン(ว)(ごろ)しの犯人が図書館(とう)でわしらを一網(いちもう)打尽(だじん)にする計画をぬかりなく立てていた場合、全員がそこにいればわしらは終わりじゃった。だからゴーガイ(ก)はあえて来なかったのじゃ」


 続いて「一網打尽にされてもゴーガイ・ディアオ一人(ひとり)が残っていれば充分(じゅうぶん)になんとかなるからのう」とホーノックフークは付け加えた。


 ここでサラサルアイが、四つ足を腹部の(した)に折り畳んだ状態でうなる。


「う~ん、ちょっとおれには分かんないんだが」


 栗毛(くりげ)と同じ色の瞳を細める。


「ディアオ、どうしておまえは(だま)ってラートリーばあちゃんの招集を(こば)んだんだ? 休むにしても欠席のむねと理由を手紙に書いて塔に届ければみんなに心配をかけずに済んだと思うぜ」

「簡単な話だよ、サラサ」


 ディアオは少しホーノックフークの顔色をうかがったあと、きっぱり言った。


「わたしはホーノックフークが犯人かもしれないと(うたが)っていたのだ」

「ま~」


 (おどろ)いたのか、サラサルアイがいなないた。


「ばあちゃんを信用していなかったのか?」

「いいや、信用はしているさ」


 背筋(せすじ)()ばし、ディアオがはっきり答える。


「しかし可能性として百パーセント犯人じゃないとも言いきれない。その場合、手紙を送ればわたしの疑念が真実として見抜(みぬ)かれ、対処(たいしょ)されてしまうリスクが()がる。だからわたしはいっさい連絡(れんらく)せずに招集を無視したわけだ」

「今もそのほうは、わしを(うたが)っておるじゃろう」


 目を光らせ、ホーノックフークがディアオに問う。


「招集に応じなかったくせに、なぜ今は素直(すなお)にわしと顔を合わせた。モーマー(ม)とトータハーン(ท)にも説明してみよ」

「それも簡単な話ですよ。現在のあなたならば殺すのは容易だからです」


 あくまで礼節(れいせつ)(たも)った口調(くちょう)でディアオが続ける。


「今のあなたはガムランの(くさり)につながれていますね。図書館塔と接続するそれを切りさえすれば、ホーノックフーク(ฮ)は終わりです。わたしは、あやしいところがあればあなたを即座(そくざ)にほうむると決意してあなたと(はな)しているのですよ」

「図書館塔に()して、ここで会うのは確かにローリスクよなあ」


 ほほほ……とホーノックフークが小さく笑う。


「そのほうの(ちから)を使えば、外部からの干渉(かんしょう)(こば)む鎖をも断裂(だんれつ)させることが可能じゃし」


 ついでホーノックフークはディアオに情報を開示する。

 リアンゲをスーンさん殺害の犯人として殺したことと、ウォーウェーン(ว)の文字がまだ見つかっていないことを話す。


 それらを聞き終わったあと、ディアオは顔色に(うれ)いをにじませた。


状況(じょうきょう)は分かりました。しかしンゴーングー(ง)が……いやリアンゲがウォーウェーン(ว)の文字を求めてスーンを殺していたとは」


 過去を(なつ)かしむように、朽葉色の瞳を(そら)に向ける。


「わたしはリアンゲが好きでしたよ。細長いものをなんでもかんでも(へび)に見立てるところは愛嬌(あいきょう)がありましたし。なによりリアンゲは、人間の持つすべての価値観を許容する大きな度量を持っていました」


 いったんディアオは()り返った。

 遠くに薄赤(うすあか)い光がぼんやりと()かんでいる。ディアオの治める都市から()れるあかりである。


「わたしたちの都市を整備するときもリアンゲは手伝いに来てくれました。『何者も差別しないおおらかな心を持て』というアドバイスも彼からもらいました」


 しんみりとディアオが言う。


「ただ……ウォーウェーン殺しは……リアンゲがウォーウェーンの文字をほしがったのは、なぜなのでしょうね。動機にはもっと()()めなかったのですか、ホーノックフーク」

「そう。なぜ殺したかは分かっとる。『ウォーウェーン(ว)の文字がほしかったから』じゃ。じゃあ、なぜ文字を求めたか? ……ここからの真実がわしにも()えぬ」


 まぶたを閉じ、ホーノックフークが(くち)ごもりつつ言葉を()ぐ。


「変なんじゃよ。(かり)にリアンゲ自身が()()()していたとしてもホーノックフーク(ฮ)の(ちから)記憶(きおく)や心を()えたレベルで真実を読むものなんじゃ」


 ホーノックフークの真実を閲覧(えつらん)する(ちから)がどこまで(およ)ぶのかは正直なところ俺もよく理解していないが……少なくとも彼女が持つのは心を読む(ちから)とは(こと)なるものだ。


 閲覧対象の心にない忘却(ぼうきゃく)された記憶すら読み取ることが可能である。

 それでいてなにかを無意識のうちに紛失(ふんしつ)した場合それをどこでなくしたかまでは分からないのだから閲覧の基準がなかなか不明瞭(ふめいりょう)でもある。


 ともあれホーノックフークがすぐにまぶたをひらく。


「だからリアンゲから当該(とうがい)記憶が()け落ちていたとしても、わしには動機の詳細(しょうさい)が分かるはず……それなのに、あやつを見てもそこまでは読み取れんかった」

「……ちょっと待った、ホーノックフーク」


 ここで俺はロールア・プリアのことを思い出していた。


「真実が抜け落ちていたのはリアンゲだけじゃないよな? ……スーンさんがプリアさんに無理やりロールア(ร)を刻んだ事実をスーンさん本人からホーノックフークは読み取れていなかったんだろ。つまりウォーウェーン・スーンもリアンゲと同様、特定の真実をまるごと手放していたと思われる」

「確かにそうじゃなあ。とすれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。でないとわしが真実を閲覧できんかったことに説明がつかんし」


 直後、ホーノックフークが目をカッと見ひらく。


「ん……ちょいと待て。トータハーン(ท)の今の指摘(してき)で思い(いた)ったが、これはまさか……!」


 しきりに()()()()


「そのほうら……結論から言う」


 ホーノックフークが自分の左手をじっと見る。ただしホーノックフーク(ฮ)の文字は背中にあるので、彼女の手の平に()かんでいるのは手相(てそう)ばかりだ。


「ウォーウェーン(ว)(ごろ)しの黒幕はウォーウェーン・スーンじゃ」

「……なんて言った?」


 俺もサラサルアイもディアオも、言われた意味が分からず反論さえできなかった。

 左手の平を(ひたい)にかぶせ、ホーノックフークがうなるように声を出す。


「前提としてウォーウェーン(ว)すなわち『指輪のウォー』の(ちから)はなんじゃ?」

「他者に力を(あた)えることですね。だからスーンはわたしたちに文字を与えることができたのです」


 真っ先に返答したのはディアオだった。

 彼にうなずいてみせ、ホーノックフークが続ける。


「正解じゃ。ただし、それだけじゃあない」


 ついで俺に目配せする。


「トータハーン(ท)も分かるじゃろ?」

「……兵隊(タハーン)たちの悪夢にさいなまれていた俺は四日前トータハーン(ท)の文字を返すためにスーンさんの(かく)()(おとず)れた。リスクなく文字を外せるのがスーンさんだけだからだ」


 自分の左手の文字を目に()れ、俺は断言する。


「つまりウォーウェーン(ว)の文字は『他者に力を与える文字』であると同時に『他者から力を取り外せる文字』でもあるわけだ」

「本当に指輪みてーだな……使う本人次第(しだい)で、つけたり外したりできるなんてよ……」


 サラサルアイがひとりごとのようにつぶやく。


「でも『力を与えたり取り外したりする』ってけっこうあやふやな言い方だよな。だって『力』って『文字』だけじゃねーだろ? ホーノックフーク(ฮ)の見抜く『真実』だって充分(じゅうぶん)に『力』って言えるよな……」

「ほほう。さすがモーマー(ม)じゃな。(かん)がさえておるわ。ほっほ……」


 (ひたい)にかぶせた手を(ふる)わせつつ、ホーノックフークが笑い(ごえ)のような(おと)を出す。

 が、表情はひきつっており笑顔(えがお)からは遠く(はな)れている。


「すなわちウォーウェーン(ว)は『()()()与えたり取り外したりする力』も有していた可能性があるわけじゃ」

「可能性?」


 両肩(りょうかた)をサラサルアイが上下(じょうげ)させる。


「ラートリーのばあちゃんにしては()()()()言い方じゃねえの? (ちから)詳細(しょうさい)なんて相手と対面した時点でばあちゃんなら全部丸裸(まるはだか)にできんだろ」

「……『指輪を取ったり外したりするように真実をも着脱(ちゃくだつ)できる力がある』という真実自体をわしと対面するときだけ取り外していたとしたら、ごまかすことは可能じゃ」


 立てた左ひざにあごを()せるホーノックフーク。


「他者だけでなく自分自身にも(ちから)の行使は可能だったんじゃろうて」

「つまり」


 奇妙(きみょう)な興奮を覚えつつ、俺は早口(はやくち)で言葉を引き取る。


「ウォーウェーン・スーンはプリアさんに無理に文字を刻んだという真実さえ自分のなかから取り外してホーノックフークの目をかいくぐったってことか」


 今の俺は夜の川のほとりにいるはずなのに……。

 熱い冷や(あせ)がとまらない。


「リアンゲがウォーウェーン・スーンを殺した詳細な動機が分からないのもウォーウェーン・スーンがリアンゲから真実を抜き取ったからか……。深くまでホーノックフークに閲覧されれば黒幕がスーンさん自身だとバレるおそれがあったから……!」

「いや、おかしかねえか?」


 サラサルアイが()つ足を立て、声を震わせる。


「リアンゲがスーンじいちゃんを殺したあと、じいちゃんがリアンゲからその動機の真実を取り外したってことだろ? でもそのときウォーウェーン(ว)の文字をはぎ取られ、じいちゃんは死んでいたはず……この状態でどうやって真実をリアンゲから(うば)うんだよ」

「説明は可能だよ、サラサ」


 四人のなかで一番(いちばん)冷静な声を出し、ディアオが(さと)すように(くち)をひらく。


「――協力者を用意すればいい」

次回「28.ニワトリのゴー(ก)【後編】」に続く!


今回出てきた単語の元々の意味は以下の通り

ガイ(ไก่)→ニワトリ

ジュットジョップ(จุดจบ)→終わり

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