25.鎖のソー(ซ)【中編】
失われたウォーウェーン(ว)の文字を探すためにも俺はゴーガイ・ディアオと会うことにした。
あとは館長室のなかで、確認すべきことをホーノックフーク(ฮ)たちと共有する。
「ディアオを訪ねる際、ロージュラー・エーンに事前に告知してもらう必要はあるだろうか」
「やめたほうがいいんじゃね」
色あせた赤い瞳の片方をガムランが閉じた。
「抜き打ち検査みたいに訪問したほうが、ラートリーもディアオの真実を読みやすいだろ」
「確かにな」
俺はうなずいたあと、机の上に浮くホーノックフークに視線を向ける。
「ホーノックフーク不在のあいだ、この図書館塔は誰に任せるんだ」
「ノーヌー・キアとソーソー・ガムランに」
吐息を多く含んだ声でホーノックフークが答えた。
当のキアとガムランは納得しているようで、首を小さく縦に振る。
続いて俺は、この場にいる残りの二人のほうをちらりと見る。
「スープパンとクルムは塔から帰すと」
「そうじゃよ」
ホーノックフークの顔が向かって左にかたむく。
「ホーヒープ(ห)にはンゴーングー(ง)の入った箱を別の安全な場所に移してもらいたいし……ソーサーラー(ศ)にしても、あずまやによる回復を望む仲間は多いじゃろうからな。おもにさっきの出来事による精神的ストレスのせいで」
「そうか。ともあれ話すべきことはもう話し終わったな。じゃ、さっさと動こう」
俺は目の前の机から離れようとした。
クマリーも浮き上がり、俺のそばを飛び始める。
キア、ガムラン、スープパン、ホーノックフークも動きだす。
――しかし、ここで。
「ちょっとちょっと~」
間延びした甲高い声が部屋に響いた。
「みんな~、待ってちょうだ~い。おばさんから話があるんだけど~」
「……なんだ?」
俺たちの動きが一斉にとまる。
ソーサーラー・クルムが俺たちを呼びとめたのだ。
クルムの派手にカールした黒髪がぎらついているような気がする。
「これからみんながやることについて補足があるわけじゃないわよ~。ただね~」
間延びした声を崩さずクルムは、足をとめた俺たちに微笑を送る。
「みんなは~、ホーノックフーク・ラートリーちゃんのことを信用しすぎなんじゃないの~」
それを聞いて、俺たちの動きが完全に静止した。
「そもそもラートリーちゃんが真実をありのままに話しているって前提でリアンゲちゃんを殺したわけだけど~、そのラートリーちゃんが包み隠さず真実を語っているという前提自体が真実であると誰が断言できるのかしら~」
「ほう……」
ホーノックフークが宙を回転し、クルムのほうにつま先を向ける。
その両足をおおう灰色の足袋を見つめるクルム。
「ホーノックフーク(ฮ)の真実を見抜く力を証明するのは簡単よ~。一部の人しか知りえない情報をラートリーちゃん自身が話せばいいんだから~。でもお~、ラートリーちゃんは隠し事ができないっていう前提のほうは~、それが正しいって証明しようがないわよね~」
「ほっほ……まあソーサーラー(ศ)の言うとおりだの」
この状況を楽しんでいるかのように、ホーノックフークが声のトーンを上げる。
「そう考え始めると、わしへの疑念も湧くというもの。本当にウォーウェーン(ว)を殺したのはリアンゲだったのか? それはホーノックフークが勝手に言っていることにすぎないのでは……と疑える」
「最初からわたしが~、ラートリーちゃんのこと疑ってるって分かってたでしょ~」
満面に笑みを貼りつけてクルムが続ける。
「だからラートリーちゃんはこの部屋で話し合うときも~、護衛としてキアちゃんをそばに置いていたってわけね~」
「大当たりじゃよ」
銀色の髪をくしけずり、ホーノックフークが「ほっほ」と笑う。
「本来ならリアンゲも、即座に殺さず裁判にかけるべきじゃった。仲間殺しをかばうためではなく、やつにじっくり証拠を提示してもらい、わしの言うことが真実であるとみなに証明するために」
「でもお~」
クルムが妖艶な表情で上目づかいを返す。
「それをねらってリアンゲちゃんの身柄を拘束しようとしていたら~、お昼の大部屋でリアンゲちゃんの反撃に遭って~、犠牲者は確実に出ていたでしょうね~。だからラートリーちゃんはみんなの反発を買ってでもキアちゃんにリアンゲちゃんを殺させたのよね~。自分の名誉よりも仲間のいのちを大事にするなんて~、ラートリーちゃんは本当に優しいんだから~」
「わしは真実、嫌われ者じゃよ」
ホーノックフークの首が時計回りにぐるりと回り、ほぼ逆さまになった。
ほほえんだままクルムは返す。
「問答無用でラートリーちゃんはリアンゲちゃんを始末したわね~。みんなの心には~、『ホーノックフーク(ฮ)の言うことは本当に真実なのか』『なんの話も聞かず殺すなんてひどい』とかいった感情が渦巻いていたでしょうね~」
……二人が話しているあいだ、俺もクマリーもキアもガムランもスープパンも黙っていた。
(ただの会話のはずなのに、威圧感がすごすぎる)
俺やクマリーに二人の話に参加できる余地はない。
ただ俺たちはホーノックフークとクルムの会話から「耳が」離せなかった……。
ドレスの黒いレースをつまみながらクルムが笑う。
「実際リアンゲちゃんを慕う人たちもたくさんいたわけだし~、彼の首が吹き飛んだあとラートリーちゃんにつかみかかろうとした子も数人いたわよ~。口で反論したいと思った子はもっと大勢でしょうね~。そんなみんなが、なんでお人形さんみたいにスゴスゴ帰っていったか分かるかしら~」
「分かるに決まっておろう」
顔を逆さまにしたままホーノックフークは返答した。
「仲間同士の戦闘をさけたんじゃ」
「そうよ~。一対一ならともかく、大部屋にいたのはディアオちゃんとスーンちゃんとリアンゲちゃんをのぞいて三十九人だったもの~。誰か一人が本気で動けば~、乱戦に発展するのは必至でしょ~」
クルムが両腕を広げる。その際、左手の平のソーサーラー(ศ)が赤黒く輝いた。
「そうなれば血みどろの戦争になって~、みんな殺し合って~、一挙に死んじゃって~、あの場にいなかったディアオちゃん以外全滅よ~」
「まあ、それも真実じゃのう。大部屋のみなが等しく空気を読んでくれたおかげで、わしらは今もピンピンしとるわけじゃなあ」
しみじみとホーノックフークがつぶやく。
「で、ソーサーラーとしてはわしにどうしてほしいんじゃ」
「別にこれまでどおりでもいいわよ~」
両腕をわずかに下ろし、クルムがソーサーラーの輝きを抑える。
「ただわたしは~、ラートリーちゃんへの疑念をちゃんと言葉にしておきたかったの~。はっきり言って~、スーンちゃんが殺害されたことに関して現状一番あやしいのはラートリーちゃんなのよ~。隠し事ができないって前提がウソだとすれば~、ラートリーちゃんがリアンゲちゃんに仲間殺しの罪をかぶせた可能性もあるわけだし~。こういうのって中途半端に心にしまっていたほうがのちのちグジュグジュになって出てきちゃうものだから~、今のうちにぶちまけちゃった~」
「助かるのう」
反時計回りに首を動かし、ホーノックフークが顔の位置を戻す。
「わし自身も――言われたいことを言われて、スカッとしとる」
「もちろんほぼ確実にラートリーちゃんは正直者だし~、悪くないし~、最善の行動を選択しようとしてるわ~。でもみんな不安なの~。スーンちゃんがプリアちゃんに無理に文字を刻んだという事実も共有されたし~。なにを信じていいか困っちゃってるわけ~」
クルムが両腕を完全に下ろし、姿勢を正す。
「ラートリーちゃんが見抜ける真実は過去と現在の真実だけでしょ~? 未来に対する真実にも、この機会に目を向けてみないかしら~」
「未来予知でもしろと?」
「そんな意味じゃないわよ。ただ文字保有者の中心にいるホーノックフーク(ฮ)としてこれからは明確な未来を示すことも必要ってこと」
このときクルムは演技めいたしゃべりをやめた。
が、すぐに調子を戻す。
「……『自分だけが嫌われればそれでいい』って考えをずっと押し通せるほど~、みんな、あまあまじゃないのよ~。スーンちゃんが死んじゃった今、ラートリーちゃんはみんなの精神的支柱にならなきゃいけないと思うな~」
「ソーサーラー(ศ)。忠言、痛み入る」
ホーノックフークは少しも動揺の色を見せず口もとをゆるめた。
「まあ具体的にどう行動を変えればいいかは、まだ分からぬがの」
「やっぱり正直なのね~、好きよ~、ラートリーちゃ~ん。あと~、君たち~」
甲高い声を続けつつ、クルムが俺やガムランに目を向ける。
「おばさんは~、ホーノックフーク・ラートリーちゃんの信用を揺るがしたわけだけど~、それでもみんなは~、おばさんの言うことなんて無視しちゃっていいのよ~。そもそもおばさんだって~、うさんくさいわけだし~」
「俺はホーノックフークもクルムも信じるさ」
クルムの穏やかな目を見て俺は答える。
「信じられるかは関係ない。俺が信じたいからだ」
「そうそう。誰をどこまで信用するかは、ボクたち一人一人が決めるこった」
ガムランも全身の鎖を鳴らしながら堂々と言った。
対するクルムは柔和にうなずいたあと、ホーノックフークから離れた。
「折れないわね~。おばさんがあずまやを出す必要もなさそうじゃな~い? ともあれ、これで安心かな~。事件の黒幕がいるなら~、みんなが互いに疑心暗鬼になることこそが~、一番都合がいいものね~。そうならないと分かってよかったわ~」
そしてクルムはホーノックフークに手を合わせて礼をした。
しかしこれ以上なにも言わず微笑だけを見せ、館長室から出ていった。
(なんにせよクルムが指摘してくれたおかげで、心に引っかかっていたことの一部がスッキリ洗い流されたような気がする)
確かに俺はホーノックフーク(ฮ)を信用しすぎていた。
その無意識の信用を自覚できただけでもありがたい。
(同時に、それでも仲間を仲間として信じたいとあらためて思ったよ……クルム。俺は文字保有者である前に兵隊だ。兵隊は味方を信用できないとき、ウソのようにもろくなる。なにかを信じていなきゃ戦えない弱い生き物だからな)
次回「26.鎖のソー(ซ)【後編】」に続く!




