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23.箱のホー(ห)【後編】

 図書館(とう)の館長室にて。

 プリアさんがガムランに意思を伝えたあと、ロージュラー・エーンに(はな)しかける。


「エーンさん、タコアゲで事実を公表してください。ワタシの名前も出していいです」

「うん。ウチに任せといて。今なら全員の座標が捕捉(ほそく)できているし……ジュラートート」


 エーンは上着のポケットから白いタコ糸を巻きつけた棒を取り出し、それを左手でくるくる回す。

 すると糸の先端(せんたん)(ふく)らみ、赤い五本足のタコのかたちとなった。それが()かび、ジューという音を出す。(あわ)らしきものも同時に生じる。


 以前のときと同様、(おれ)たちの口内(こうない)にタコのからあげがどこからともなく現れる。

 それをかむと「味覚言語」によって次のような情報が脳に伝達された。


(ロールア・プリアにウォーウェーン・スーンが無理に文字を刻んでいたことが判明した。今回の事件には直接関係ないと思われるものの、公表を望むロールア(ร)自身の意思によって文字保有者全員とこの情報を共有することにした)


 そしてタコから生じていた音と泡が収まっていく。

 (くち)もとを()さえつつ、(つくえ)の上に()くホーノックフーク(ฮ)がにこやかに言う。


「助かったのじゃ」


 からあげを飲み()み、プリアさんとエーンに顔を向ける。


「ロールア(ร)とロージュラー(ฬ)はこれで退出するがよいぞ。まだポーサムパオ(ภ)のジャンク船も出発しておらんようだしの」

「……はい」


 プリアさんはおどおどしながら手を合わせる。


「では失礼します……っ」

「じゃね、ラーちゃん」


 エーンはあくまでサバサバしている。

 彼女(かのじょ)たちは館長室の木製の(とびら)をあけて部屋から出た。ついで扉を(そと)から閉めた。


 こうして室内から二人(ふたり)が消え、残りは俺を(ふく)めて六人となった。

 机の上に浮くホーノックフーク(ฮ)をクルム、ガムラン、俺、キア、ホーヒープ(ห)が囲んでいる状態だ。


 ここでネズミ色のマントを身にまとったノーヌー・キアが俺に声をかける。


「トータハーン(ท)」


 ()()(ぼそ)く、あまったるい声だ。


「さきほどは言いそびれた。リアンゲの上着に(ひそ)んでいた(へび)のような縄を燃やしてくれて感謝する。おかげでわれは()め殺されずに済んだ」

「どういたしまして……と素直(すなお)に言いたいところだが」


 俺は左隣(ひだりどなり)にいるキアに苦笑を返す。


「実際キアの手際(てぎわ)がよすぎて君の暗殺を手伝うひまが俺にはなかった。犯人を殺す(さい)邪魔(じゃま)(はい)らないように動けと君に言われていたのに情けないことだ。縄を燃やしたのは、その『うめあわせ』でやったことだと思ってくれ」

「――はあ? オマエら、そういう計画()ててたのかよ」


 不機嫌(ふきげん)そうにガムランが、体の(くさり)をジャラジャラさせる。


「ラートリー。どうしてボクに話を()ってくれなかったんだ」

「ほっほ……そのほうは警察の役割を負うわりには、まだまだ演技力が足らんからの」


 ここでホーノックフークが机の上に浮いたまま体を少しだけ回転させ、俺のほうを見下(みお)ろす。


「そうじゃった……トータハーン(ท)。大部屋(おおべや)ではすまんかったの」


 リアンゲを指差す前に思わせぶりに俺のほうを見たことを(あやま)っているらしい。


「犯人のリアンゲを油断させるためにもそのほうを使っていったんミスリードをおこなったんじゃよ」

「分かるさ、ホーノックフーク(ฮ)」


 あごを上げ、俺は銀色の(ひとみ)と目を合わせる。


「俺は確かに見つめられて(あせ)ったが、事前に確認した手はずではホーノックフークの指差しによってノーヌー(น)が動くことになっていたからな。目だけで見られても俺が殺されることはないと気づいて冷静になれた」

「ほっほっほ。さすがトータハーンじゃて」


 続いてホーノックフークの視線がさらに()がり――。

 なぜか俺のへそに向いた。


「さて、ついでにクマリー・トーンを呼び出してもらおうかのう」

「……は? どういうことだ、ホーノックフーク」


 反射的に俺は、両手でへその部分をおおった。


「まさかクマリーを(うたが)っているのか」

「確かにリアンゲはウォーウェーン(ว)(ごろ)しの犯人。それは不動の真実じゃ」


 ホーノックフークがあごを引き、俺のへそに視線を送り続ける。


「しかし不可解でもある。わしとノーヌー(น)を相手にしたとはいえ、あっさり殺されすぎなんじゃよ。ここまで簡単に死なれたら、ほかに裏で糸を引く黒幕がいるんじゃないかと心配にもなろうて」

「でもすでに、クマリーの真実は閲覧(えつらん)しただろう……」


「念のためじゃよ。わしはミスリードとして直感的にトータハーン(ท)を使ったが……おそらく、そこにも真実に(かか)わる明確な理由がある。そのほうの真実を再読しても()()()()ところはなかったからクマリーに疑念が()くのは自然なことなのじゃ」

「あいにくクマリーは体調不良だ」

「わし相手に(かく)せるとでも?」


 ホーノックフークの首が向かって右に回転し、ほとんど逆さまの状態となった。


「そのほうはクマリーをソーサーラー(ศ)のあずまやで休ませておるじゃろうが。よってクマリーも話くらいはできるはずじゃよな。今すぐ会わせてもらえんか……真実を見抜(みぬ)くホーノックフーク(ฮ)の(ちから)も対象と直接対面せんと発動せんからのう。なあに、トータハーン。彼女の無実を証明すると思えばよい」

(したが)うしかないようだな」


 俺は(かた)をすくめ、机を(はさ)んだ向こう(がわ)にいるソーサーラー・クルムに(はな)しかける。


「クルム、いったん俺のへそからあずまやを撤去(てっきょ)してくれ」

「あらら~」


 クルムが間延(まの)びした甲高(かんだか)い声を発する。


「どうやらおばさん、このためだけに館長室に呼ばれちゃったようね~」


 ガムランの背後を()ぎ、ソーサーラー・クルムが俺に近寄る。

 そして俺の腹部にふれる。


 直後、へそとそのまわりが軽くなった気がした。

 俺の胴衣(どうい)(すそ)から一枚(いちまい)の黒いレースの布地が出てきてクルムの衣装(いしょう)()りついた。ついでクルムは俺から(はな)れ、もとの位置――はめ(ごろ)しの窓のそばに(もど)った。


 そんなクルムに感謝を述べたあと俺は自分のへそに顔を近づけ、ささやく。


「クマリー。今の調子はどんな感じだ……」

「だいぶ回復しましたけれど、まだ頭がズキズキします……」


 か(ぼそ)いふにゃふにゃ(ごえ)がへその(おく)から届く。


「このままじゃ動けません……お兄さん、クマリーを元気にしてくれませんか……」

「分かった」


 一瞬(いっしゅん)、バナナで元気を出してもらおうかとも考えた。

 といっても今のクマリーだと少し食べるのさえ(くる)しいかもしれない。


 だったら……ほどよい刺激(しげき)を心に直接(あた)えるのがよさそうだ。


 彼女は精霊(ピー)

 どちらかと言えば肉体よりも精神に近い存在なので、心に働きかけるだけでもそれなりの効果があるだろう。

 クマリーの夢の(ひと)つは四十二ある文字すべてにふれることだから俺にその手伝いができればクマリーも喜ぶはずだ。


大部屋(おおべや)にいたときは未知の文字保有者がたくさん集まっていたせいで興奮しすぎてしまったんだろうけど、クマリーにとって今この場にある新しい文字は(ふた)つ。無理なくなぞれる)


「ホーヒープ、ガムラン」


 棒をくわえた女の子と鎖を全身に巻いた少年に俺は(たの)む。


「クマリーに元気を出してもらうにあたって、君たちの文字を彼女になぞらせてやってくれないか。ホーノックフークとクマリーを対面させるためにも必要なことなんだ」


 するとホーヒープ(ห)が「เคร(け~)(りょ~)」と即答(そくとう)した。

 ガムランも「それだけでいいんなら、いくらでもなぞってくれよ」と答えた。

 俺はほっとした。


「ありがとう」


 礼を言ったあと、へそをそっとなでる。


「……クマリー。二人(ふたり)が新しく文字をなぞらせてくれるそうだ」

「え……それを聞いたら、起きなきゃいけませんね……っ」


 ほんの少し声をはずませ、クマリーが俺のへそから出てくる。

 体が(ふく)らみ、そのサイズも俺の(こし)くらいまでの高さに(もど)った。ホーノックフーク(ฮ)の机に背を向けて俺の前に立つ。


 そんなクマリーを後ろからホーノックフークが凝視(ぎょうし)する。

 しかしホーノックフークはまだなにも言わない。


 代わりにホーヒープ(ห)がキアの後ろを()ぎてクマリーの(となり)に移動した。俺の視界の向かって左側に立った。

 ホーヒープのつま先が時計回りに回転し、俺たちの囲む机の外側を向く。


 ついでホーヒープは羊毛のような(かみ)()らして両ひざを曲げ、クマリーと目線の高さを合わせた。

 左手の平をクマリーに見せる。


เชิญ(ちゅーん)(ほい)」

「ど、どうもです……っ」


 机に背を預け、クマリーが笑顔(えがお)を作る。


「クマリーはクマリーと言います……。あなたは……?」

「【ห】ホーヒープ・スープパン、つかさどる字は箱のホー。ฝากด้วย(ふぁ~くどぅあい)(よろ~)」


 半分()を閉じて、やる気なさげにホーヒープ・スープパンが言う。しかしその顔はやわらかく(ゆる)んでいた。


 クマリーも「よろ~」と返す。

 続いてスープパンの左手の平をのぞき()む。

 そこには、やはり赤い文字が刻まれている。


「む……(ホーヒープ)は、トータハーン(ท)の右上に丸が付いた文字なんですね……っ!」


 クマリーの右の人差し指がスープパンの手の平をすべる。


 まず左上に時計回りで丸をえがく。

 次に(した)に向かって縦線(たてせん)を引く。そして右上に向かって(なな)めの線を引く。ここまでは俺のトータハーン(ท)と同じ。


 ただしホーヒープ(ห)を書く(さい)は、線が右上に来た時点で新たな丸を追加する必要がある。

 その大きさは左に作った丸と同じだ。

 反時計回りで丸をえがいたあとは再び下に向かって縦線を引き、右下でとめて完成。


「スープパンさん、感謝します……っ」


 クマリーは宙にもう一度(いちど)ホーヒープを書きながら首をかしげる。


「でも発音はホーさんのホーノックフーク(ฮ)と同じ『ホー』なんですよね……。どうして同じ(おと)なのに(ちが)う字が(ふた)つもあるんでしょう?」

「声の出し方が違う」


 くわえているアメの棒を(くち)から()いてスープパンが言う。

 声だけはやる気なさそうだが、しっかり説明してくれた。


「フクロウのホー(ฮ)は並みの音の高さのまま平らな感じで発音するけど箱のホー(ห)は低いところから(しり)()がりに高くなる。さらに文字には『声調(せいちょう)記号』というものを加えることがあって、同じ声調記号をつけるにしてもホーノックフーク(ฮ)とホーヒープ(ห)では発音がちょい違ってくる」


 厳密に言えばホーヒープのホーの発音もいつも尻上がりになるとは限らない。


 俺たちの使う四十二の子音字(しいんじ)は三種類に大別することができる。高子音(こうしいん)と呼ばれる十個の「アクソーンスーン」と中子音(ちゅうしいん)と呼ばれる九個の「アクソーングラーン」と低子音(ていしいん)と呼ばれる二十三個の「アクソーンタム」だ。


 スープパンの言ったとおり字の種類によって声の出し方が(こと)なる。


 スープパンのホーヒープ(ห)やクルムのソーサーラー(ศ)は高子音(アクソーンスーン)

 ジャムークのオーアーン(อ)や今回顔を見せなかったディアオのゴーガイ(ก)は中子音(アクソーングラーン)


 俺のトータハーン(ท)、エーンのロージュラー(ฬ)、プリアさんのロールア(ร)、キアのノーヌー(น)、サラサルアイのモーマー(ม)、ジョットマーイのポーサムパオ(ภ)、ガムランのソーソー(ซ)、リアンゲのンゴーングー(ง)、スーンさんのウォーウェーン(ว)、ラートリーのホーノックフーク(ฮ)は低子音(アクソーンタム)に分類される。


 高子音であるホーヒープと低子音であるホーノックフークとでは発音方法が違うわけだ。

 といってもいきなりクマリーに高子音・中子音・低子音について説明しても混乱させるだけなので(だま)っておく。


 クマリーはスープパンの説明を聞き、机から背中を(はな)した。


奥深(おくぶか)いんですね……!」

เสียง(しあん・)วรรณยุกต์(わんなゆっく・)เป็น(ぺん・)ยุ่งยาก(ゆんやーく)(声調はややこい)」


 (ねむ)そうな声を出しつつスープパンは、右手でアメの棒を()る……。


「最初のうちは細かいことを気にせず気楽に文字を覚えるのがいい」

「はい……っ。クマリー、楽しみながらがんばりますよ~」


 クマリーのふにゃふにゃ(ごえ)に少し張りが戻ってきた。

次回「24.鎖のソー(ซ)【前編】」に続く!(1月24日(土)午後7時ごろ更新)


ห←これが「ホーヒープ」の文字。意味は「箱のホー」あるいは「つづらのホー」……トータハーン(ท)の右上に丸を付けるとホーヒープ(ห)に早変わりですね~。


今回出てきた単語の元々の意味は以下の通り

スープパン(สืบพันธุ์)→子孫を残す

ヒープ(หีบ)→箱

チューン(เชิญ)→どうぞ

ファークドゥアイ(ฝากด้วย)→よろしく

アクソーン(อักษร)→文字

スーン(สูง)→高い

グラーン(กลาง)→中くらい

タム(ต่ำ)→低い

ペン(เป็น)→○○である

ユンヤーク(ยุ่งยาก)→ややこしい

シアン(เสียง)→音

ワンナユック(วรรณยุกต์)→声調記号/これについては四種類あるようです。


今まで出てきたタイ語の単語を見てみると字の右上に小さい縦棒がくっついているものがありますね。たとえば「洗面器/アーン(อ่าง)」「飛行機/クルアンビン(เครื่องบิน)」「あけましておめでとう/サワディーピーマイ(สวัสดีปีใหม่)」「掻く/キア(เขี่ย)」「知らせ/カーオ(ข่าว)」「波/クルーン(คลื่น)」「○○時間/チュアモーン(ชั่วโมง)」「低い/タム(ต่ำ)」「ややこしい/ユンヤーク(ยุ่งยาก)」など。

オーアーン(อ)にくっつけると「อ่」のようになります。この小さい縦棒の記号を「マーイエーク(ไม้เอก)」と言うらしいです。


数字の「9」とカタカナの「ノ」を組み合わせたような形の声調記号もあります。たとえば「乗る/クン(ขึ้น)」「到着/カーカオ(ขาเข้า)」「潜水艦/ルアダムナーム(เรือดำน้ำ)」「今すぐ/ナイトーンニー(ในตอนนี้)」「馬/マー(ม้า)」「させる/ハイ(ให้)」「私/カー(ข้า)」「育てる/リアン(เลี้ยง)」「よろしく/ファークドゥアイ(ฝากด้วย)」「マーイエーク(ไม้เอก)」など。

オーアーン(อ)にくっつけると「อ้」のようになります。この記号を「マーイトー(ไม้โท)」と言うそうです。


ほかには「マーイトリー(ไม้ตรี)」と呼ばれる声調記号もあるらしいです。オーアーン(อ)にくっつけると「อ๊」のようになるみたいですね。

ちょっと分かりにくいですが形としては「6」と横に倒した「3」とカタカナの「ノ」を組み合わせた感じでしょうか。この声調記号を持つ単語としては「ガス/ゲース(แก๊ส)」「ニセモノの/ゲー(เก๊)」「えっ?/エ(เอ๊ะ)」なんかがあるっぽいです。マーイエークとマーイトーに比べると出てくる単語が少ないですね。


声調記号の最後の一つは「マーイジャッタワー(ไม้จัตวา)」だそうです。形は十字……プラスそのままです。オーアーン(อ)にくっつけると「อ๋」のようになります。

こちらの記号を付けた単語も少ないようです。例を挙げると「瞬間/ディアオ(เดี๋ยว)」「なだめる/オー(โอ๋)」「缶/グラポン(กระป๋อง)」「カバン/グラパオ(กระเป๋า)」「財布/グラパオサターン(กระเป๋าสตางค์)」といったところなんでしょうか。


これら四種類の声調記号を付けると声の出し方が変わるわけですが、高子音・中子音・低子音のどれとセットになっているかによってもそれぞれで発音が異なるようです。ただしマーイトリーとマーイジャッタワーは中子音としかセットにならず、高子音・低子音と共に用いられることはないようです。


正直私もかなり混乱しています。自分で説明してみてもよく分かりません。なにはともあれ本当に面白いですね~。

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