22.箱のホー(ห)【前編】
ホーノックフーク(ฮ)の招集に応じて文字保有者たちが図書館塔の大部屋につどった。
体調不良のクマリーをへそで休ませながら俺は待った。スーンさんを殺害した犯人がホーノックフークによって暴かれる瞬間を……。
だがホーノックフークが鋭い目つきで見つめたのは俺自身だった。
ただし彼女は同時にンゴーングー・リアンゲを指差した。
ノーヌー・キアは事前の手はずどおり、指差されたリアンゲをなんのためらいもなく殺した。
* *
あご裏のンゴーングー(ง)の文字ごと首を落とされたリアンゲは、即死だっただろう。
(にしてもキアの動きがここまで速いとは……。ノーヌー(น)による暗殺を邪魔しようと思ったやつがいたとしても間に合うわけがない)
キアが俺に協力を頼む必要はあったのか……?
いや、事後処理はしておこう。
「タハーン・プルーン」
俺は小鳥のかたちをした炎の兵隊を呼び、ンゴーングー・リアンゲの近くに飛ばす。俺自身も文字保有者たちのあいだを縫ってプルーンに続く。
首なしの遺体となったリアンゲの上着の長袖から色あせた縄が出てくるのが見えたのだ。
もともとリアンゲが仕込んでいた縄だと思われる。
すでに手遅れだが……おそらく本人が危機的状況におちいったときにその縄が蛇のように動いて防衛をおこなうのだろう。
(ンゴーングー(ง)の文字は縄を始めとする細長いものを蛇のようにあやつる力を持っているのか……)
案の定うつ伏せのリアンゲの両袖から一本ずつ縄が這い出す。
それぞれの縄が鎌首をもたげ、跳び上がる。
一瞬でノーヌー・キアの首に左右からからみついた。
縄は本物の蛇に似た挙動を見せてキアを締めようとしたが、その前に駆けつけたプルーンが二本の縄に襲いかかった。翼を広げ、どちらの縄も焼きつくす。
ただしキアのマントやマフラーにプルーンの火が燃え移ることはなかった。
(キアの服はもとから燃えにくい素材のようだな)
続いて……。
大部屋の天井から、なにかがぽとりと落ちてきた。
さきほどリアンゲの袖から出てきた色あせた縄と同じものである。
一本のみならず、まるで雨のように大量にふってきた。
ここに集まったみんなの頭や足もとに落ちる。
「うろたえるなよ、そのほうら」
三メートの高さの台座の上で、ホーノックフークが前のめりになる。
「これらの縄はことが露見した場合にわしらを全滅させようと計画していたンゴーングー(ง)の仕込みじゃて。縄を蛇としてあやつり、上から攻撃するつもりじゃったのよ」
かたむけていた首をまっすぐに戻す。
「あらためてはっきり言う。ンゴーングー・リアンゲこそがウォーウェーン・スーンを殺した犯人じゃ。わしの言葉に間違いはない。真実を閲覧したところ共犯者もおらんことが分かった。そこまで確認したのちにノーヌー(น)に殺させた。仲間殺しは許されぬからな。もうリアンゲは仲間じゃあない」
さらにホーノックフークが命じる。
「ホーヒープ(ห)。リアンゲの頭部を箱に入れて保存するのじゃ。文字に罪はないからの」
「เคร(りょー)」
やる気なさげに反応したのは、細い白の棒を口にくわえた女の子だった。
彼女はほかの文字保有者たちに囲まれて大部屋の中心にいた。
その女の子の上半身は黒い長袖のダボダボシャツでおおわれている。一方、下半身をおおうものは白のふわりとしたマイクロスカート。靴は赤茶色のモカシン。
クリーム色の瞳は半分閉じており、眠そうだ。羊毛のように蓄えられた同色の髪が腰の背面のみならず前側にも大きく垂れている。
ホーヒープ(ห)と呼ばれた彼女がゆらゆらと揺れるように歩いてリアンゲの頭部に近づいた。
胴体から分離した彼の頭を見下ろす。
自分のくわえている棒を左手でつまむ。それを口からすっと抜く。
棒の先端には、薄いオレンジ色をした立方体のアメがくっついていた。
「……ぱぬっく」
眠そうな女の子――ホーヒープ(ห)が唱えると、ゆかに転がったンゴーングー・リアンゲの頭部を上下左右前後から囲むように半透明のオレンジ色の板が六枚出現した。
板は互いにみずから合わさり、直方体となった。
そうして半透明の箱の内部にリアンゲの頭が封じ込められた。もちろん、あごの裏のンゴーングー(ง)も共に封印されている。
ホーヒープは、頭を失った体にも目を向けてもう一度「ぱぬっく」と言った。
さきほどよりも大きな六枚の板が現れ、リアンゲの体も直方体の箱に封じられた。
「よー……」
さらに別の詠唱を重ねる。
するとホーヒープの目の前に一辺十センティメートほどのこけ色の立方体の箱が現れた。
その箱の蓋がワニのあごのようにガバリとひらく。リアンゲを封じたオレンジの直方体二つを吸い込む。
直方体のサイズはこけ色の立方体に合わせて小さくなった。
オレンジの箱二つを収納したあと立方体の蓋が閉じられる。そのこけ色の箱のほうは半透明ではないので外から中身を確認することはできない。
こうしてリアンゲの遺体は大部屋から消え失せた。
ただし飛び散った彼の血はまだ天井やゆかに赤い模様を作っている。
ホーヒープ(ห)はアメのついた棒を口内に戻す。
リアンゲとンゴーングー(ง)を圧縮収納したこけ色の箱が浮き上がる。
箱は宙を泳ぎ、台座の上に立つホーノックフーク(ฮ)の右手の平に載った。
「ご苦労。……さて、これでウォーウェーン(ว)を殺した下手人は死刑に処したが」
ホーノックフークがこけ色の箱を両手で持ち、眼下の全員を見渡す。
「わしのやりかたに不服を表明する者はおるか」
とぼけた感じで、ホーノックフークが首をひねる。
だが彼女に反論する者はいなかった。
「まあ強引な方法ではあった。わしはノーヌー(น)に命じて犯人を即座に殺させたわけじゃ。そうでもしなかったらリアンゲによってわしらの半分以上は今ごろ死んどるよ。ただし安心せい。そのほうらが完璧にわしのやりかたを受け入れたわけじゃないというのも、ちゃんと読み取っておるでのう」
「……ンゴーングー(ง)は」
ここで、ロールア・プリアが震えながら右手を挙げる。
「リアンゲさんは、本当に……悪い人だったんですか」
「性格だけで考えれば、いい人で間違いないじゃろうな」
そばに落ちている縄をホーノックフークが踏みつける。
「しかし仲間殺しをした時点で悪でしかない」
縄の上で体を揺らす。
「ちなみにおとといポーサムパオ(ภ)のジャンク船をウナギ型の精霊が襲ったのじゃが、それもわしらの行動を妨害するためにリアンゲが仕掛けたことよ」
「犯人だったら」
プリアさんは手を下ろし、伏し目がちに意見を述べる。
「真実を閲覧できるホーノックフーク(ฮ)の前にノコノコ現れる意味が分かりません……」
「ここで欠席しても、いずれ罪は露見する」
こけ色の箱のふちを人差し指でなぞりつつ、ホーノックフークが答えた。
「よってリアンゲは今回つどった文字保有者全員を一網打尽にすることに賭けていたようじゃ。リアンゲの実力なら、それも一応可能ではあったしのう。自分以外の文字保有者をほうむればリアンゲに勝てるやつはおらんくなって今後は安泰という寸法よ。たとえ失敗しても、『仲間を殺した自分が死ぬ結末も悪くない』と本人自身が受け入れていたフシもある」
「……ホーノックフークはリアンゲさんがウォーウェーン(ว)を殺した動機も閲覧したはずです」
プリアさんは息を荒らげる。
「教えてください。なんでリアンゲさんは……」
「文字を欲したからじゃよ」
対するホーノックフークは淡白に返答する。
「殺害方法も、ウォーウェーン・スーンの手の平の文字をはぎ取るという単純なもの。ただしウォーウェーン(ว)の字を奪ったあとは、なくしてしまったようじゃがの」
銀色の瞳でプリアさんをじっと見下ろす。
「なお……『ウォーウェーン・スーンの悪事を裁く』という動機は、リアンゲからは読み取れなんだ」
「――悪事?」
このタイミングで、ハキハキとした少年の声が差し挟まれる。
「おい、どういうこった? スーンがなにかヤバいことをしてたってのか」
そう言ったのは文字保有者の一人であるソーソー・ガムラン。
見た目は背の低い少年だが、彼は文字保有者の「警察」のような立ち位置である。問題行動を起こした人物を取り締まる立場についている。
袖のない白シャツに、群青色のズボンと先のとがった靴を組み合わせた格好をしている。
腕・脚・首・胴体の至るところに黒い鎖を巻いているので、ガムランが話したり動いたりするたびにジャラリと音が出る。
ガムランの髪も瞳も、色あせた赤だ。
目は垂れておらずツリ目でもない。髪のほうは耳を隠す程度に長い。
ホーノックフーク(ฮ)がガムランに対してうなずき、言葉を継ぐ。
「ソーソー(ซ)。それについてはいったんこの場を解散してから話そうじゃないか。ここからはプライバシーにも関わるでのう……」
あらためて首を右と左に倒し、大部屋にいる全員を視界に入れる。
「というわけで今からわしが名前を呼ぶ者だけで居残りじゃ」
そしてホーノックフークが、ここに残る者の文字の名を口にする。
「ロールア(ร)、ノーヌー(น)、トータハーン(ท)、ソーサーラー(ศ)、ホーヒープ(ห)、ソーソー(ซ)、ロージュラー(ฬ)……以上七名だけは退出せずに残れ。ほかの者は帰ってよい」
ついで首の位置を戻して手を合わせる。
「そのほうら、きょうはわざわざ顔を見せてくれて感謝する。おかげでウォーウェーン(ว)殺しの犯人を成敗できた。ただし今後なにがあるか分からぬから、単独行動はまだ控えるのじゃ。それとこの部屋に落ちている縄はわしらのほうで片付けるゆえ、今から帰る者は気にせんでいい。では解散」
この指示を受け、ほかの文字保有者たち三十一名が扉をあけて大部屋から去っていく。
去り際に、俺たち居残り組にあいさつする者も多くいた。
なかでもモーマー・サラサルアイはこんなことを言ってくれた。
「……アーティ。おれは下の馬小屋にいる。また用ができたら、おまえを乗せるぜ」
彼の野性味あふれる声は、俺にとってなにより心強いものだった。
また、オーアーン・ジャムークも退出組だったものの……ジャムークは両手で洗面器のかたちを作ってそこから発生させた水をあやつり、キアのマントや大部屋のゆかに飛び散った血を洗い落としていた。
* *
居残り組の俺たちは、大部屋に散らばっている縄をすべて拾った。
なおすでに俺はプルーンを消し、キアもサーベルをマントの下にしまっている。
ホーヒープ(ห)が唱える。
「たんかや~」
すると筒状の紫色の箱がホーヒープの前に出現した。
俺たちは縄をその箱のなかに入れた。
続いてホーヒープはホーノックフークからこけ色の立方体の箱を返された。
ホーヒープがそれを右手でくるりと回すと、箱は見えなくなった。
さらに紫色の筒状の箱を蹴る。直後、その箱も視界から消え失せる。
縄を片付けたあと、ホーノックフーク(ฮ)を含む俺たち八人は大部屋から出た。
図書館塔の空洞の上昇気流に乗って最上階の館長室に移動した。
灰色の机の上にホーノックフークが浮く。それ以外の七人は机を囲むように立った。
館長室のはめ殺しの窓に一番近いところにいるのがクルムで、あとは彼女から時計回りでプリアさん、ガムラン、エーン、俺、キア、ホーヒープが並んでいる。
意外にも最初に口をひらいたのはプリアさんだった。
「……もうワタシのことを話していいですよ、ホーノックフーク」
「許可に感謝する、ロールア(ร)」
ついでホーノックフークは体をガムランのほうに向ける。
「で、ソーソー(ซ)。さきほど大部屋で言いかけたウォーウェーン(ว)の悪事の件じゃ。ウォーウェーン・スーンは無理やりロールアに文字を刻んでおる。ついきのうまで、わしも知らんかった」
「なに……? だとすれば深刻な人権侵害じゃないか」
ガムランが右隣のプリアさんに頭を下げる。
「プリア、今までボクも気づかずにいて、すまんっ!」
そうガムランに言われたロールア・プリア本人は「いいんですって」とつぶやき、顔を赤らめる。
ガムランが考え込む。
「しかし合意なしでやりやがったのか。あのスーンが……?」
「驚くのも道理じゃ」
腰に手首を当て、ホーノックフークが左右の手の平をパタパタ動かす。
「ウォーウェーンはロールア以外の人間にはきっちり許可をもらって文字を刻んでおるからの」
「ともかくラートリー」
ガムランが両手を机に載せる。
「スーンの悪事は公表したほうがいい。ここではっきりみんなに伝えておかねーと互いに疑心暗鬼になる可能性がある。だいたいラートリー、オマエは隠し事ができねえんだからいずれポロッと言うだろう。そのとき『なんで黙っていた』と相手に思われたらギスギスのもとになりかねねーわ」
真剣な声音を出し、ガムランがプリアさんにも視線を送る。
「もちろんプリアの名を伏せたうえでの公表だが……プリア、オマエが望まないってんなら、ほかの方法を考える」
「……いや、ガムラン」
右手で机のふちをさわりつつ、プリアさんが言う。
「もうワタシは平気。今までずっと隠してきたけど、みんなの前に姿を見せて踏ん切りがついたから……」
だがその顔は青ざめている。踏ん切りがついたというのはウソだろう。
おそらく「つらいけどみんなの足を引っ張りたくない」とプリアさんは考えている。
とはいえ指摘すればプリアさんの決断を軽んじることになる。
俺たちはなにも言わなかった。ガムランもプリアさんにただ力強いうなずきを返した。そのとき彼の鎖がジャラリと鳴った。
次回「23.箱のホー(ห)【後編】」に続く!
今回出てきた単語の元々の意味は以下の通り
ガムラン(กำลัง)→力
ケー(เคร)→OK
パヌック(ผนึก)→封印する
ヨー(ย่อ)→圧縮する
タンカヤ(ถังขยะ)→ゴミ箱




