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14.船のロー(ร)【前編】

 スーンさんが殺されたことやホーノックフーク(ฮ)が招集(しょうしゅう)をかけていることを伝えるべく、(おれ)はサラサルアイと共にロールア・プリアに会いに()った。


 サラサルアイは森の(おく)にある(いずみ)のほとりまで俺を連れていってくれた。

 その泉のなかにプリアさんが(しず)んでいるらしい。


 だから彼女(かのじょ)水底(みなそこ)から出てくるまで俺は待つつもりだったが……。

 泉から出てきた(なぞ)潜望鏡(せんぼうきょう)が食虫植物のかたちに変化(へんか)し、俺を飲み()んでしまった。


* *


 視界が閉ざされる。


 飲み込まれた俺の体が沈んでいく。

 泉に引きずり()まれているようだ。


 ハスの葉につつまれているようなゴワゴワした感覚を覚える。全身がじっとり()れる。

 まわりが()えずとも、俺自身が水のなかを重力方向に落ちているのが分かる。


 俺は体を丸めていた。しばらく身動きがとれなかった。

 それでも呼吸はできた。いのち自体に危険はなかった。


* *


 長い時間をかけて落下したのち――。

 丸めた背中になにかが当たる。


 ついで俺をつつんでいたものが花弁のようにひらいていく。放射状に()ける。

 内側は赤く、外側は緑色である。ふちに(きば)に似た突起(とっき)が並んでいる。


(やはりハエトリグサに似ているな)


 俺はすぐに立ち()がり、その食虫植物らしき物体から(はな)れた。

 あたりは、すでに泉のほとりではない。サラサルアイもクマリーも近くにいない。


 今、俺がいるのは赤茶色の木材で囲まれた部屋である。広さは二十五平方メートといったところか。

 窓や(とびら)見当(みあ)たらないが光はある。少し空気は湿(しめ)っており、(すず)しさを感じる。


 一方、食虫植物はひらききったあと巻物のように丸まった。

 先端(せんたん)の折れた緑の潜望鏡のかたちになり、それが赤茶色のゆかに立つ。


「あのう……帰ってもらえませんか……?」


 どこからともなく、おどおどした女性の声が聞こえる。

 部屋にいるのは、俺一人(ひとり)のはずなのに。


(いや(ひと)つだけ、こちらを見ることが可能なものがあるな)


「さっき声を出したのは(きみ)か」


 潜望鏡を見下(みお)ろし、俺は(はな)しかける。


「初めまして、俺はトータハーン・アーティット」

「あ、こちらこそお(はつ)にお目にかかります。ワタシは……ロールア・プリア」


 緑の潜望鏡が、頭を下げるかのようにぐにゃりと曲がる。


「チーク材でできたこの部屋はワタシの潜水艦(せんすいかん)『ルアダムナーム』の一室(いっしつ)


 ここで、ロールア・プリアを名乗る潜望鏡が()()()()()


(だま)って帰ってくれるなら泉のほとりに(もど)します。でもそうじゃないのなら、アーティットさんを永遠(えいえん)に閉じ()めます」

「分かった。帰り()する」


 俺はひざをつき、潜望鏡の丸い切り(くち)に目を近づけた。


「ただしその前に、俺が今から(はな)すことを聞いてほしい」

「それすら(いや)なんです……。どうせ落ち込むニュースに決まってますから……」


 ……潜望鏡が飛び()ね、苦虫(にがむし)をかみつぶしたときみたいな声音(こわね)を発する。


水面(すいめん)に文字を書いたサラサルアイさんでなくアーティットさんをここに引きずり込んだのは、もしかしたらアナタはワタシの気持ちを分かってくれるかもと期待したからです」


 プリアさんは初対面(しょたいめん)の俺になにを期待しているのだろうか。


「ワタシは(そと)連絡(れんらく)もとらず、潜水艦にずっと()もっていたいんですよ……」

「じゃあ、どうして俺を(まね)いたんだ」


「いつまでもこっちからアクションをとらなかったら強攻策(きょうこうさく)に出られかねないでしょう? そういうわけでしかたなく、ちょっとばかりは話すんです……」

「といっても、なにも伝えず帰るわけにはいかないから……ごめん」


 少し声を大きくし、俺は一気(いっき)に言おうとした。


「実はウォーウェーン・スーンさんが――」

「――っ! だから(だま)ってください! 『マウ・クルーン』……ッ!」


 俺の話の途中(とちゅう)で潜望鏡から大声が(ひび)いた。

 同時に、赤茶色の室内全体が(ふる)える。


 巻き舌の「ロー」という(おと)が部屋を満たし、俺の声を完全にかき消した。

 一方で、潜望鏡から発される声だけは明瞭(めいりょう)に届く。


「【ร】ロールア・プリア、つかさどる字は船のロー。みんなには分からないだろうけど、本当はワタシ、自分の文字が大嫌(だいきら)いです……」


 その語気が強まる。


「……ブア・ルアン!」


 プリアさんの詠唱(えいしょう)のようだ。

 それと共に再び潜望鏡の切り口が放射状に()け、三メート以上にふくらんだ。


 だがすでに一回(いっかい)、俺はその技を受けている。さすがに二度(にど)も飲み込まれたりしない。


「タハーン・プルーン」


 俺が小さく唱えると、小鳥のかたちをした炎の兵隊(タハーン・プルーン)が現れる。

 さきほど潜望鏡に飲まれたとき俺はハスの感触(かんしょく)を味わった。材質が植物に近いのなら、内部の水分を蒸発させてから燃やすまでだ。


(今、クマリーはそばにいない。当のクマリーには人に(ちから)(あた)える力があるようだが別に俺一人(ひとり)でも問題はない。クマリーと会う前から俺は兵隊のトー……「トータハーン(ท)」だったんだからな)


 続いてコウモリの見た目をしている空の兵隊(タハーン・アーガート)も呼び出す。

 アーガートは空気を供給することもできる。その二対(につい)(つばさ)を羽ばたかせ、充分(じゅうぶん)な酸素を送り込む。


 プルーンの火が、放射状に分かれた潜望鏡を(おそ)う。

 潜望鏡はジャンプして後退する。


「……くっ! アーティットさん、そんな戦い方もできるんですか……」


 同時に全体を縮小させ、食虫植物の形状からパイプのかたちに戻る。

 俺のプルーンの火をかわす。


 ただし俺は、すでにプルーンに追加の指示を与えていた。

 部屋全体を燃やしつくせという指示だ。


 そして何層にも(およ)ぶ空気のかたまりが俺をボール状にくるむ。

 空の兵隊(タハーン・アーガート)に命じてやらせたことだ。アーガートは、こういう芸当も可能なのだ。


「これなら部屋が火事になっても俺はだいじょうぶ」


 プルーンが空中で回転し、赤茶色の(かべ)天井(てんじょう)とゆかに炎を飛ばす。


「とはいえプリアさん、攻撃(こうげき)するのをやめるなら……こっちもこれ以上のことはしない」

次回「15.船のロー(ร)【中編】」に続く!


ร←これが「ロールア」の文字。意味は「船のロー」……見た目はアルファベットのSっぽくもありますね~。


今回出てきた単語の元々の意味は以下の通り

ルア(เรือ)→船

マウ(เมา)→酔う

クルーン(คลื่น)→波

ブア(บัว)→ハス

ルアン(หลวง)→大きい

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