絡新婦(10)
「――言質は取ったぞ」
「はあ?何を言って――」
徐々に弱まっていた五芒星を描いていた呪符の光が急激に増す。
その光は燃えていた壁や天井や家具――そして萩原一家の亡骸を包み込むように広がり、あっという間にリビング全体を白い光で覆い尽くした。
それまで炎を吐き続けていた子蜘蛛はその存在を保てなくなったかのように灰となって霧散し、室内を焼き続けていた炎すら跡形もなく消える。
「何だこの力は!?貴様!!何を――」
「お前が認めたんだぞ?自分は鬼だと。そして俺は風紀委員だと、な」
「何を……何をしやがっタァァァ!!」
絡新婦は光に囚われたかのように身動きが取れなくなる。
まるで蜘蛛の巣にかかった獲物のようにジタバタと長い手足をもがかせるが、どれだけもがこうともその場から動くことが出来ない。
(え?何が起こっているの?……火は?この光は?)
晴香の視界が一瞬で明るくなり、それまで感じていた炎の熱も、喉を刺激していた煙も消え失せた。そして宙に磔にされたように浮かぶ愛莉を呆然とした顔で見つめていた。
「お前の言ったことは正しい。式神も使役出来ない俺では貴様を倒すことなど出来ない、とな。確かに如何なる呪符を用いたところで、俺一人の力ではお前を封じることすら叶わないだろう。お前はそれだけの力を持つ妖だからな。ならばお前の力を、お前自身の力で封じてやればいい。そうすれば百鬼夜行に連なると嘯いていたお前も、そこらへんの塵芥の妖と違いはあるまい?」
「一体何を言ってやがルゥゥゥ!!」
「お前は《《鬼》》で――俺は《《封鬼》》委員だ」
物部の周囲に無数の呪符が浮かび上がる。
それぞれが光を放ち、円を描くように高速で物部の周りを廻り始める。
「青龍、白虎、朱雀、玄武――」
揃えた二本の指を左から右へ、上から下へ。呪文と共に九字を切る。
「勾陳、帝台、天王、三台、玉女」
身動きの取れなくなった絡新婦の足下に九字にひかれた格子のような黒い闇が浮かび上がる。
「――これは!?――ヤメロォォォ!!離せ!!クソ陰陽師ガァァァ!!」
これから自分の身に何が起こるか察した絡新婦が力の限り叫ぶ。
「今のお前を縛っているのはお前自身のもつ力。お前が吐いた《《言霊》》の力だ」
「言霊だと!?ふざけるナァァァ!!何故私が自分の言霊に縛られなきゃならないんダァァァ!!」
「式神を使えない物部一族がどうして陰陽師として退魔の仕事を引き受けることが出来ていたと思う?そして失脚したはずの一族の末裔が何故今もこの時代に生き残っていると思う?答えは一つしかないだろう?俺たち一族は、式神でも呪符でもない別の退魔の手段を持ち、陰陽師という歴史舞台から姿を隠し、陰からこの国の鬼を払い続けていたんだよ。この千年の間もずっとな」
「嘘だ!!己が言葉に霊力を乗せるならまだしも!他人の言葉にまで干渉出来る力など聞いたことが無い!!そんな出鱈目な力があってたまるものか!!それならば叶わぬことなど何一つ無いではないか!!」
「ああ、そんな都合の良い力じゃないぞ。俺の一族に伝わる能力は『木霊』。相手の言葉を言霊に変えてそのまま返す力。しかしそれが通用するのは、同じく言葉によって縛られた存在にのみ。つまり――人の言葉によって語り継がれ、その存在を固定されたモノ。人の情念や恐怖によって創り出された、お前たち妖にしか通じない力だ。むしろ何も願いを叶えることなど出来ない」
「我らにのみ通ずる力だと!?それでは千年前のあの時の――」
「絡新婦よ、再び永き眠りにつくがいい」




