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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

柱の君へ

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやよ、お前は子供たちにどのようなことを期待している?

 いや、そろそろ俺たちもいい年になってきたからな。これからの世界のことを……というと、ちょいと大仰ではあるが、次の世代に関して考えてもいいんじゃないかね。

 俺たちが子供だったときとは、あらゆるものが大きく違う。特に俺が感じているのは、レスポンスの早さだ。

 俺たちのころは早くても電話。遅いと手紙やはがきなんかで、多かれ少なかれタイムラグが生じるのが常だった。それが今ではメールなりLINEなりで、ほぼ一瞬で到着するのが珍しくなくなっている。


 あたかも、その場に居合わせているかのようさ。けれども、実際には距離がある。

 返事がすぐに成されないと怒ったり、不安がったりする。相手がどのような顔をしているかも知らないままに、だ。自分に都合のよい結果が早く起きることを、こらえることなく期待しがちというか。

 つい、ゆとりがなくなる。

 危急の仕事ならいざ知らず、プライベートまでそうあくせくされると、下手なことが許されなくて、しんどくなる。

 これから先、ますますちょっとしたミスや遅れが、とんでもなく咎められる時代が来るんじゃないかと、俺は思うね。そうなると思いきったことをやりづらくなり、肩身が狭い思いをしていくんじゃないか……とね。

 しかし、それに合わせて俺たちも高速で育つかというと、そうじゃない。隙なく埋められた時間に押しつぶされていく。人生の早いうちからさ。

 育つ早さはそれぞれの生物に与えられたもの。いつなんどき、どのような成長を遂げるかねえ。

 俺が少し前に、友達に聞いた話なんだが耳に入れてみないか?


 育成、といったら心ときめく要素のひとつだろう。

 なまのペットを育てることも、デジタルのペットを育てることも、様々にあるだろう。

 その中にあって、友達もまたペットをひそかに飼っていたらしいんだ。育てる、とは異なる形で。

 家ではなかった。某地区三丁目、指定されたゴミ捨て場のはす向かいにある、電信柱の影にそいつを見つけ、そこで飼い続けていたんだ。


 それははじめて見たとき、よく捨て犬、捨て猫のイメージで浮かぶような小さい段ボール箱に入っていたのだそうだ。『お世話してもらえませんか』と、箱の表面にゆがんだ筆跡で大きく書かれていたとか。

 けれど、その箱の中に入っていたのは犬でも、猫でもない。

 一抱えもある大きさの卵。しずくを思わせる形のその姿の下半分は桃色のまだら模様をたたえている……そう思ったとき、卵全体がぐるりと持ち上がりながら回転。まだらの下から亀によく似た頭がのぞいたんだ。

 短い四足で立つその生き物にとって、まだらは背中の模様であり、しずくのてっぺんにかけての細い部分は尾――と呼べるかも怪しい、わずかな突起――にあたり、箱の中で座り込みながら友達を見やってきた。


 なんだろう、こいつと友達は思う。

 少なくとも、近くで見たことのある生き物ではないし、図鑑などでも確認できた覚えはない。

 試しに、そのへんに転がっていた木の棒を握り、先っちょを頭へ近づけてみせる。

 亀らしき頭が、差し出された先端をふんふんと嗅ぐように動くものの、食む様子は見せない。あくまで用心している、という段階か。


 ――どうやら、人慣れしていないのか?


 枝を引っ込めてしまうと、また友達の顔を見やってくる亀もどき。

 こちらに関心があるらしい、というのがひと目で分かるのは悪くない気持ちだ。

 こうして注目してくれるなら、飼ってやってもいい。友達は心の中にぽわりと、優越感が染み出すのを感じていたそうだ。


 飼う、といってもその有様は飼い主には程遠い。

 自宅はペットを禁じられているために、持ち帰ることはできなかったし、どこか都合のよさそうな隠し場所のアテもない。

 結局、元あった電柱の影へ箱ごと置いたままにしておいたそうだ。誰かに拾われてしまったり、処分されてしまったりしたならば、それまでと。

「飼育」であればその中に「育」が入るが、「飼う」ならば育てることは範囲の外だ。

 ただこちらを見やり、縮んだ尾を振るような存在であり続ければ、それでいい。


 友達は餌としていろいろなものを試したところ、おおよそ肉らしきものを食べることが判明した。店で買ったささみジャーキーなどをめぐんでやるようにしていたという。

 この「飼う」ことは、少なくとも他人に知られることないよう、ひっそりと行っていたらしい。ちょうどこのポイントは見通しがきき、誰かがやってきたとしても遠目に確かめるのは苦でなかったとか。

 ジャーキーを置き、さっとこの場を立ち去る。その際、亀もどきがこちらを見やってくれるならばいい。

 亀もどきは、やたらと友達の顔を見続けてきた。差し出されたジャーキーを食み、それが噛むたび、バランス悪く上下動をしてもお構いなしにだ。

 にらめっこであれば、亀もどきが完全な勝利者であり続けただろう。そのまなざしを浴びれば満足の友達にとって敗者であることはたいした問題ではなかったのだけど……ある日、この関係は突然、終わりを告げた。


 雨の日。

 ジャーキーを持っていった友達は、たまたま気配に気づくのが遅れてしまった。

 同じ習い事に通っている少年のひとりだった。友達から見て、電柱のすぐ向かい側に隠れたかっこうになっているのに気づけなかったんだ。

 ジャーキーを持って、亀もどきの前にかがみこもうとしたときに「なにしてるの~」と影から出てきて、声をかけてきたんだ。

 とっさのごまかしなど、できるようなゆとりはない。しどろもどろになって、後ずさりかける友達。その位置へ、すかさず友達がすり替わり、あの亀もどきを見下ろした。


「え~、なに、この生きも……」


 そう発声しかけたところで、友達は見た。

 箱の中にいた亀もどき。それが普段の様子から考えられないほど高く飛び上がり、少年の頭上を取ったこと。

 その四つん這いの姿勢から、風船のごとく一気に身体がふくらみ、頭から丸ごと少年を包み込んでしまったこと。

 それからいくらも時間をかけずにかき消えて、その場に少年のみが残され、箱の中がもぬけの殻となってしまったこと。


 固まってしまった友達の前で、同じく硬直していた少年の顔だけが「ギギギ」と音がするかと思うくらいに、ぎこちなく動いた。

 それは友達を真っ向から見る、あの亀もどきのまなざしにそっくりだったとか。

 ほどなく少年は習い事に顔を出さなくなり、友達の町からも引っ越してしまったのだそうだ。

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