エデン
そうして鎧の鍛錬を始めてから、3日が経った。
ベリル団長は来なかった。
向こうもドロシーの攻撃でそれなりに深手を負ったらしい。
不幸中の幸いだった。
それでも、私達が足を止めていることには変わりない。
いずれ居場所が騎士達に見つかるのは時間の問題だった。
「前のようにはいかないぞ、ドロシー・オーバード」
「……またやられに来たの? 隊長さん?」
鍛錬をしていた私達の前に、レイン隊長が現れる。
隊員は連れていない。
紅い瞳から覚悟が炎のように溢れていた。
そんな隊長を前にして、ドロシーは不敵な笑みを浮かべる。
「安心しろ……もう次はない。私が死ぬか……貴様が倒れるかだ!」
「いいわ。でも……あなたに夜明けは訪れないわ。永――」
「ここは私に任せて、ドロシー」
私はドロシーの前に立ちはだかる。
「……あなたね、決め台詞くらい言わせて頂戴」
「センスのない決め台詞を言うくらいだったら、まだ悪口でも言っていた方がましよ」
「何の真似だ……! セレス・ノクターン……!」
隊長の声には、内臓まで震わせられる凄みがあった。
でも……怖くはない。
「……どうやら、今までの貴様ではないらしいな」
「ちょっとは鍛え直しましたから」
「……」
隊長は静かに剣を抜き、地面に突き立てる。
「お姫様は下がってなさい。ドレスが汚れるわよ」
「腰抜けの癖して言うようになったじゃない」
ドロシーを下がらせ、構えを取る。
「来い」
隊長の言葉に、突きで応えた。
「……強くなったな」
拳が軽く受け流され、突きが返される。
その拳をわざと食らい隊長の顔を殴り飛ばす。
「ぐっ……!」
「がっ!」
経験では隊長に勝てない。
だから根性で戦えばいいだけのこと。
「はあっ……!」
さらにラッシュを畳み掛けるが、隊長はそれをすべていなす。
「想像以上だな。本気でいかせてもらうぞ。“フリューゲル”」
祈りが捧げられ、美しい孔雀が現れる。
試験じゃ精霊は出されなかった。
私は今、認められたんだ。
精霊を出すのに値する相手だと。
「“レッドウィング”」
紅い羽が隊長に向けて飛ばされる。
隊長はその羽を纏い突きを放つ。
「ぐうっ!?」
ガードは間に合ったはずなのに鋭い痛みが腕から全身に伝わった。
なんて力だ……!
でも……!
「せいっ!」
すぐに体勢を立て直し、蹴りを打ち込む。
そして後ろに下がりドロシーに言う。
「ふふっ、本気の隊長相手に一発入れてやったわよ!」
「そういうのいいからあなたも早く精霊を出しなさい」
「はいはい」
正論で返されてしまった……。
せっかく私の成長を見せてあげたのに……。
「精霊……!? 貴様、使えない筈では……」
「今までの私じゃないんですよ、隊長の言った通りね」
私は両腕をだらりと下げ、ナイトメアに命じる。
「“ナイトメア”――“ナイトメアエデン”」
私の背後から夥しい数の手が現れ、両腕に灰を纏わせる。
灰はやがて鎧の形を象り、手がその出来に満足したかのようにそっと鎧を撫で、どこかへと消えた。
「何だ……それは……」
「私の友人がくれた……素敵なプレゼントですよ」
反動も痛みもない。
鎧が気慣れている服のように身体に馴染んでいる。
「さあ隊長、悪夢を楽しみましょう?」
「……望むところだ」
隊長は不敵に笑ってみせる。
「ずいぶん悪趣味な決め台詞ね」
「私を悪趣味にしたのはあんたでしょ」
またドロシーが茶々を入れる。
笑っていられるのも今のうちよ。
今のうちに替えのドレスを買っておきなさい!
「ありがとう、ドロシー。今度は私が力を貸してあげるわ」
「何のことだか分からないけど、貰えるものは貰っておくわ」
すっとぼけてくれちゃって。
本当はお人好しの癖に。
灰の拳を握り締め、突きを放つ。
「せいっ!」
「はあっ!」
紅の拳と灰の拳が火花を散らした。
*
*
*
「……大分仕上がってきたな」
「イメージが掴めてきたのよ。首吊って死んだ気分になると出せるわ」
「……首のない私にはよく分からんが出せるのならそれでいい」
鍛錬の成果はしっかりと出ていた。
今の私は1分間なら安全にこの力を使える。
1分間だけだけど、ね。
ナイトメアは色々な技を教えてくれたし、これなら少しは戦えると信じたい。
「あんたが文句言う筋合いなんてないわよ。あんたは戦わないんだから」
「ふん、言うつもりなど毛頭ないさ。戦いよりも面倒臭い」
……こいつも隙あらば寝ようとすることを除けばいい奴なのに。
人に憑りついておきながらこいつは何がしたいんだろう。
普通の精霊はタナトスちゃんみたいに戦ってくれるはずなんだけど。
「まあ、これだけ出せるのなら私が教えることはない。あとは慣れろ」
「面倒臭いだけでしょあんた」
「そうだ。今までこんなに動いたことはない」
「じゃあ何で私に色々教えてくれたの?」
「私が出て戦うよりもお前に力を貸す方が楽なんだよ」
「あんた私のこと舐めてんの?」
「そんなことはないぞ」
「嘘吐くんじゃないわよ」
そんなことだろうと思ったわ。
こいつが出てきてくれれば見た目で相手を追い払えそうなのに……。
「まあそういう事だ。あまり私に感謝しなくてもいい」
「言われなくてもそのつもりよ」
「ただ、あの小娘には感謝した方がいいだろうな。追われている立場にも関わらず、お前に鍛錬の時間を与えたんだからな」
「……そうね」
ナイトメアの言う通りだ。
ドロシーは曲がりなりにも私を前に進ませてくれたんだ。
「もっともそれはあの団長と相討ちになったのもあるだろうがな。逃げるにしても戦力がいる……お前を鍛えるのは戦力を加えるには手っ取り早い方法だ。この状況だったらな」
「……なるほどね」
「お前は期待されてるのさ、騎士としてな」
……そんなの、応えるしかないじゃない!
「ナイトメア、寝てる場合じゃないわよ」
「精霊使いの荒いご主人様だな」
ナイトメアを叩き起し、鍛錬を続けた。