ナイトメア
「ちょっとセレス!? 私を置いていくんじゃないわよ!」
「あんたがアレを手懐けろとか言うから! どこからどう見ても駄目な奴じゃない! あんたはタナトスちゃんでどうにか出来るでしょ!」
「なんでかわからないけどタナトスが出てきてくれないのよ。あと召喚したのはあなたでしょ。だからあなたも道連れよ!」
「嫌だ! 死にたくない死にたくない!」
誰だよ楽勝とか言った奴!
3回見ただけで死にそうな見た目してるんだけど!?
引っ張ってくるドロシーの手を振り払おうとしていると。
「……何がしたいんだお前達は」
地の底から響くような低い声が聞こえた。
「え……?」
「今誰が……」
「私だ」
黒い手が存在を主張するように伸びてくる。
つまり今の声は……。
「きゃあああああああああああ!!!」
「喋ったああああああああああ!!!」
「おい……! 逃げるな……!」
一目散に逃げだした私達の前に、灰色の壁がそそり立った。
逃げ道が塞がれた……!
「くっ……私を嵌めた奴らもここに居ればよかったのに……!」
「全員道連れにする気? ふっ、あんたは私一人道連れにするのが関の山よ」
「何を勘違いしているんだ……私はお前達を殺すつもりはない。むしろ力を貸しに来てやったというのに……」
「え?」
今なんて言った?
もしかして……見かけによらずいい精霊なのか?
「じゃあどうしてセレスに負荷を掛けたり暴走したりしたの?」
「それは私の力がセレスに合っていないからだ。そして暴走というのがお前と戦った時のことを指すのならあれは私がやったことだ。セレスが力を使いこなせない以上、私が操作するしかあるまい。ちなみに殺さないように出来るだけ加減はしたぞ」
「あれで加減してたの……? 完全に殺しに行ってたじゃない……」
「余裕が無かったんだ……この小娘の精霊は強すぎた……」
「ちょっとドロシー!? 完全にあんたのせいじゃないの!」
「あなた手のひら返し過ぎて手首が悲鳴上げてるわよ……でもこれで分かったわね。ここで私達に危害を加えない時点でこの子は味方よ。長年の悩みが一瞬で解決した気分はどう?」
「いやよかったけどさ……」
こんなにあっさり解決していいものなのか?
あまりにも私に都合が良すぎて……本でこんな話の展開されたら私その本ぶん投げるわ。
そんな私達に精霊が淡々とした口調で言う。
「喜ぶのはまだ早いぞ。セレスがまた私の力を使えば必ず反動がくる。お前達の勘違いは解けても根本的な問題は解決していないぞ」
「その反動を無くす方法はないの?」
「一つだけある。お前が私の力を使いこなせるようになることだ。そうすればお前の体に力が適応し反動も無くなるだろう」
「じゃあセレスが力を使う鍛錬を積めばいいのね?」
「そうだ」
まあ、そんな簡単に物事が運ばないのは分かってた。
でもそれが努力で済むのなら運がいい。
「分かったわ……私、あんたの力を使いこなしてみせる……! そのために力を貸して……!」
「いいだろう。元々そのつもりだ」
「……ありがとう」
精霊は快く引き受けてくれた。
ずっと悪意の塊だと思っていたけど、本当はいい精霊だったんだな。
そんな私の考えを読んだかのように精霊が言う。
「まあ私を勝手に禁忌精霊呼ばわりしたのは許していないがな……」
「それはごめん……」
「冗談だ。私の方こそ……顔に痣を作ってしまって……あそこまで合わないとは思わなかったんだ」
「もういいわよ。わざとじゃないんだし……これから私に力を貸してくれるならそれでいいわ。せいぜい私の為に働きなさい」
「……こんな奴に力を貸す事ないわよ。私に乗り換えない?」
「それも……いいかもしれんな……」
「何揺らいでんのよ!」
コイツもいい性格してるな……!
なんて私らしい精霊なの。腹が立ってきたわ。
「まあしばらくはお前だけに力を貸してやるさ、セレス」
「そうした方が身の為よ。えっと……そういえばあんた名前は?」
「ナイトメア。灰を司る精霊だ」
「ふーん……よろしくね、ナイトメア」
「ああ」
私はナイトメアに手を差し出して握手した。
もうこの手も怖くな……いやまだちょっと怖いけど。
一応仲良くはやれそうだった。
「それにしても灰を司るって……なんか微妙ね」
「お前自身が微妙な人間だからな……私に選ばれたんだ」
「あははははっ! この子セレスの事よく分かってるじゃない!」
「あんたどんどん性格ひどくなってない?」
最初はもうちょっとマシだったような……。
いやあんまり変わってないか。
「そんな事よりナイトメア、セレスの鍛錬はどうやってするの? 毎回鍛錬で倒れてたらさすがに面白過ぎて私の腹筋が耐えられないわよ」
「そのまま笑い死んだ方が人の為よ」
「私が人の為なんかに生きると思う?」
「確かにそうね」
「……話していいか?」
「「いいわよ」」
「……人間は面倒だな。鍛え方は至って簡単だ。猿でも出来る」
「へー。簡単なのが一番よナイトメア」
「甘えるんじゃないわよ」
さっきから好き勝手言ってくるドロシーをよそに、ナイトメアは鍛錬の方法を明かした。
「私と、戦うことだ」
え?
何言ってるのこいつ?
「あんたバカなの!? 人間が精霊に勝てる訳ないでしょ!?」
「……説明するよりもやる方が早いな」
ナイトメアは私の右腕に灰を纏わせ鎧に変形させる。
「ちょっと!? これじゃ私の体が……あれ?」
反動が――来ない。
何が起きているの?
「集中しろ。行くぞ」
「えっ」
ナイトメアは灰を凝縮させて弾丸を作り出し、発射した。
少しくらい説明しなさいよ……!
灰の鎧で弾丸を受け止めるが、衝撃で鎧が崩れ落ちてしまう。
鎧が脆くなってる……!?
「今はこんなものか……セレス、今度は自分の意思で鎧を出せ」
「……どうやるのよ」
「知らん」
じゃあ何でやらせんのよ! と突っ込む間もなく攻撃が放たれる。
仕方ない……腹はもう括ってる。
やってやろうじゃないの!