英雄の条件
「現王妃様が病に伏されてるのは知ってるわよね?」
「ええ。確か10年前にパーティの最中に倒れたんでしょう?」
「あれは禁忌精霊“ウルアゾル”の仕業よ。アレに魂を奪われたせいで王妃様は10年間眠り続けているの」
「えっ……なんでそんな事知ってるのよ」
「この目で見たからよ。そのパーティには私も居たから。ウルアゾルはそこに居た貴族の魂をさんざん貪り食ったわ。その中に王妃様も含まれていたのよ」
「じゃあ……大勢の人がずっと眠ったまま……」
「そうよ。でもウルアゾルの本当の恐ろしさはここからよ」
今の話だけでドロシーが邪悪だって言った理由が分かったのにまだあるのか……。
「ウルアゾルは人の魂を使ってその人が宿していた精霊を使えるのよ。だからいくらでも暴れられるしどんな悪事だって働けてしまうの。国を滅ぼしかねないわ」
「……そんなのをどうやって封印したのよ」
「まだ8歳だった王子がウルアゾルの隙を付いて封印したわ。魔封石っていう道具で精霊を封じ込められるんだけど……仮にその石を持っていてもアレに立ち向かうなんて到底出来ることじゃないわ」
「ふーん……そんな立派な王子様にあんたはフラれたって訳ね。やっぱりあんた本当に悪女なんじゃないの?」
「やっと気付いたのね。あなた脳みそまでは筋肉じゃなかったみたいだけどもう手遅れよ……ラフェルトはもう私の支配下にあるわ!」
ああ……怪しいとは思ってたんだよな……。
私が甘かったのね……。
「そんな……そんな……嘘でしょドロシー……!? 噓だって言ってよ!」
「あなたダンスの才能あるわよ……だってあんなに私の手のひらの上でじょ〜ずに踊ってくれたんだから! あははははははっ! 」
この上なく愉しそうに笑うドロシー。
なんて絶望的な展開なんだ……。
「まあ冗談だけど。今の私がラフェルトを支配できるわけないじゃない」
「あら違うの? 暴走したあんたを止めて英雄になるチャンスだと思ったのに」
「英雄は英雄になろうとした瞬間に失格なのよ」
ドロシーにしては深いことを言うなあ。
確かになろうとしてなるものじゃない。
「それに英雄扱いされても婚約者放置して精霊の研究に没頭するような馬鹿もいるんだから英雄なんてロクなものじゃないわ」
「……あんたとことん不憫ね。日頃の行いが悪いんじゃないの?」
「そんな事はないわよ。私は普段から人に優しくしてるわ」
じゃあ前世で何かやっちゃったんだな……かわいそうに。
「ってまた話が逸れたわね……あなたが変な茶々入れるからよ」
「話が長いからつい……ごめんね? ところで馬鹿の話ってやたら長いわよね。何でかしら?」
「あなたの集中力が無いだけよ。とにかく、禁忌精霊の恐ろしさは分かったわよね?」
「ええ。確かにあんたの言う通りだったわ」
アレが可愛く見えてくるのも無理もなかった。
よくトラウマを抱えなかったなこの人。
「それに比べてあなたの精霊はまだ一人の命も奪ってないし……あなたを守ろうとする意志を感じるのよ。暴走した時も、あなたには危害を加えなかったし」
「だったらあの代償はどう説明するのよ」
「あれはあなたと精霊の繋がりが薄いから起こっている事だと思うわ。精霊使いに覚醒したばかりの人はそういう事が起こりやすいの。あなたはかなりの特例だと思うけどね。精霊を完全に拒絶する人って珍しいもの」
「……そう」
だからってそんな急に言われても、とは思う。
今までずっと憑りついた悪霊のように扱ってきたから恐怖の象徴でしかない。
「あと覚醒したての頃に精霊が勝手に出てきてたのは精霊が自分の存在をアピールしてたからだと思うわ」
「だとしたら可愛いわね。とてもそうは思えなかったけど」
「それはあなたが臆病だからよ」
「なっ……」
なんて言いぐさだ。
人の気も知らないで……!
「そりゃああんたは怯える必要もないわよね。あんたのタナトスちゃんは優しいもの」
「私とタナトスだって昔は仲悪かったわよ。今みたいに大人しくなんかないわ。それこそあなたのアレよりも大暴れしてたんだから」
「ふーん。大暴れって言ってもどうせつまみ食いくらいなんでしょ」
「そうやっていつまでも拗ねてたら? 自分に騎士の才能がない事をね」
「何ですって……!?」
「あなたはもう十分思い知らされているでしょう? 精霊の力を借りずに騎士になる事の過酷さを」
「……」
ドロシーの言っていることはもっともだ。
騎士のほとんどは精霊使いで、精霊を宿していない人間が出世できるような組織じゃない。
現にラフェルト騎士団で普通の人間が団長にまでなったのは200年の歴史の中で一度だけだ。
「せいぜいこのまま自分の才能を腐らせて堕落しなさいよ……あなたが落ちぶれた暁には泥ぶつけて笑ってやるわ! 腰抜けで世界一情けない女だって! あはははははっ!」
「言ってくれるじゃない……でも私が落ちぶれたらあんたは死ぬわよ。あんたみたいに口汚い女、私みたいなバカ以外誰が守るって言うの?」
「自分の身ぐらい自分で守れるわよ。あなたと違ってね」
「うちの団長に苦戦してたのはどこのどいつよ」
さんざん私をコケにして……。
人をバカにするのもいい加減にしろよ……!
「私があんたを死なせないわ……あんたの墓に泥投げても面白くないじゃない……!」
ここまで言われて、黙ってなんかいられるか。
「口汚いあんたにお似合いの恰好をさせてやる……! 泥投げてあんたのキレイなドレスをボロ雑巾みたいに汚してやるんだから……! あんな薄汚い精霊一匹手懐けるくらい楽勝よ……!」
「ふーん……」
やってやろうじゃない。
私を怒らせたことを後悔させてやる!
「やれるものならやってみなさい……途中で腰抜かすんじゃないわよ」
「腰抜かすのはあんたの方よ。今のうちに替えのドレス買っておいたら?」
ドレスを台無しにされて吠え面をかくドロシーを見るのが楽しみね。
「それじゃあ早速召喚してやるわ! 出てきなさい! えーと……名前どうしようかしら……」
「名前は精霊が教えてくれるわよ。最初は適当に出しなさい」
「先輩のアドバイスは為になるわねぇ。せいっ!」
参考にならなさそうなアドバイス通りに精霊の召喚をやってみた。
召喚と言っても見よう見まねでしかないけど。
すると――それは暗闇と共に現れた。
それは毛虫のような灰色の体をしており、夥しい数の黒い腕を生やしている。
頭らしき部位には触覚が生えており、顔らしい部位に禍々しい仮面を付けている。
謎の模様が描かれている貝殻らしきものを身に纏っていた。
似た生き物を上げるならカタツムリなんだろう。
でもそれは現実の生き物とあまりにもかけ離れた……おぞましい姿をしていた。
私はドロシーを置いて逃げ出した。