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ワレナベ姫とトジブタ騎士  作者: 吉野かぼす
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「ぐっ……ここまで来れば大丈夫だと……思いたいわね」

「そうね……」


 あの騎士団長の強さを見たばかりだと全然安心できない。

 私達を5分で見つけたとか言ってたし。


「ぐうっ……」

「ちょっとドロシー!? あんた大丈夫!?」


 ドロシーが苦しそうにお腹を押さえてうずくまる。


 だいぶ攻撃を食らっていたし、そのダメージがまだ残っているんだろう。


「大丈夫よ……ちょっと疲れただけだから」

「本当に? まあ……あんた強いしこのくらい目くそ鼻くそって訳ね」


「意味が違うわよ」


 突っ込める気力があるなら大丈夫だろう。

 なんてタフなお姫様なんだ。


「というかあんたがアレで加勢してくれれば私がこんな目に合わなくてもよかったのよ……あんたはどっちの味方なの?」


「それは愚問ね……私は私の味方よ。あとアレは暴走するじゃない。あんたも見たでしょ?」


「ああ……そう言えばそうだったわね。パントマイムでも始めたのかと思ったわ」


「あら、じゃあおひねり投げてくれればよかったのに」


「首絞められてたのにどう投げろって言うの?」


「あんたがおひねり投げないから私の鎧も怒っちゃったのよきっと。見た瞬間投げないと駄目よ」


「三文芝居に払う金なんてないわ」

「それこそ目くそ鼻くそって訳ね」


「違うわよ」


 違ったのか……。

 じゃあ目くそ鼻くそって何なんだろう。


「まあそれは置いといて……アレはあんたの精霊なのよね? どうして暴走してるの?」


「それが分かったら暴走なんてしないわよ。アレは……触れてはいけない何かなの。それしか分からないわ」


「じゃあ使うんじゃないわよ」


「タナトスちゃんに食べられるくらいならまだアレに賭けた方がましよ」


「敵に怯えるなんて騎士の風上にも置けないわね。己の剣を信じなさいよ」


「私剣術使えないの。なんか剣が折れるから」

「じゃあどうやって騎士団に入ったの?」


「試験官を拳でぶっ飛ばしてやったのよ。そうしたら入れたわ」


「あなたって本当に脳筋ね。脳みそあるのかしら」

「勝てない相手が分かる程度にはあるわよ」


 騎士団の試験か……。

 筆記試験なんかもあったけど、一番印象に残ってるのは実技試験だ。


 なんせ隊長と戦わされるのだから。

 ちなみに戦ったのはあのレイン隊長だ。


 ボコボコにされたのは言うまでもない。


 鎧は使わなかった。

 使って受かってもそれは私の力じゃないから。

 

 でも結果は合格だった。


 どういう基準なのか分からないけど、あれは根性的なものを見られていたのかもしれない。


 そもそも一定以上の体力がないと耐えられないんだろうけど。


 懐かしさを感じていると、ドロシーがとんでもない事を口にした。


 それは本当にとんでもなかったし、その一言が――。


 私の人生をまるっきり変えてしまったんだ。


「脳みそがあるなら、あの精霊を使いこなしてやろうとは思わなかったの?」


「……あんた自分が何言ってるか分かってるの?」


「分かってるわよ。あの精霊が私の首を絞めたこともね」


「頭おかしいんじゃないのあんた……あれはいずれ禁忌精霊になる可能性もあるのよ!?」


 禁忌精霊というのは、あまりにも危険すぎて封印された精霊のことだ。


 私のアレも、もう少しで禁忌精霊に分類されてもおかしくはない。


 もう実害は出ているのだから。


「私は正気よセレス……あなたは本物の禁忌精霊を見た事がないからそういう事が言えるのよ。本物はあなたのアレなんか比べ物にならないくらい邪悪なの」


「……じゃああんたは、アレが普通の精霊とでも言いたいの?」


「仲良くなれるという意味ではそうね。そもそも精霊は憑りつく人間を選んで憑りついているから基本的には精霊使いの味方なのよ。アレは性質こそ特殊だけど」


 ドロシーも考えなしに言っている訳じゃないんだろう。


 でもアレは私の手に負えるものじゃないし、明確に悪意を持っている。


「あんたは何も分かっちゃいないわ。アレの凶暴性を」


「……他にも何か理由があるの?」


「あるわよ。アレは私に何回も牙を剥いてきたし……そのせいで私の人生は狂わされてきたわ」


「……話してくれないかしら。聞かないと私も判断ができないわ」


「いいわ。アレが私に牙を剥いたのは、私が5歳の時よ」


 私が絵本を読んでいた時だったか。


 ふと背後から気配を感じて振り返ると――暗闇から夥しい数の手が私の腕を掴んできた。


 一瞬、使用人の誰かかと思ったけどその腕は灰色で生気を感じられなかった。


 怖くて悲鳴を上げることもできない私に腕は灰を纏わりつかせあの鎧を付けさせた。


 幼い私にとって鎧は枷のように重たかった。

 外そうとしてもまったく外れる気配がない。


「いや……やめて……やめて……!」


 どうにか大人を呼ぼうとして必死に声を出した。


 すると鎧は大人が来る前に灰となって消えた。

 私の体に激しい痛みを残して。


「この顔の痣はその時に出来たものよ。それからも時々私は鎧に憑りつかれるようになったの。最近は勝手に出てくることは無くなったけど、暴走するのは変わらないわね」


「……」


「この痣のせいで私は貴族で居られなくなったのよ。まあ、そんなにいい身分でもなかったけど」


 今は騎士団に入れているけど、当時はかなり絶望的な状況だった。


 仲の良かった許嫁とは離され、親に社交界と断絶させられた。


 子供だったから許嫁とは友達みたいな感じだったけどそれでも悲しかった。


 親は私を病人のように扱い、隔離されて部屋には使用人が一人来るだけの毎日。


 生きるのに困りはしないけど砂を食べ続けるような日々だった。


「あなた元貴族にしては品も教養もないわね。ノクターン家なんて聞いたこともないし。本当に貴族だったの?」


「偽名に決まってるでしょ。あんな家名なんてとっくに捨てたわ。まあ、メヌエット家なんてしょぼい貴族あんたは聞いたことないでしょう?」


「メヌエット……? 知ってるわよ。ミラン・メヌエットとかいう令嬢がいるでしょ」


「ええ……なんで知ってるのよ……その子は私の妹よ。まあ、ほとんど話した記憶はないけど」


 何回か廊下で通りすがる時と家を出る時に軽く挨拶されたくらい?


 それを会話と呼んでいいかも分からない。


 その時の印象としては、可愛くて社交界に出してもダンスの相手には困らなさそうな感じだった。


 ちなみに私の元許嫁はそのままミランの許嫁になったらしい。


 仕方ないんだろうけど少し複雑な感情だ。


「知らない訳ないじゃない……なにせミランは私が苛めたことになっているんだから」


「え? どういう事なの?」


「言ったでしょ。王子に近付いた令嬢を苛めたことになってるって」


「ああ……それね」


 噂通りなら私は自分の妹を苛めた人をなぜか庇ってる変な奴になるわけか……。


 ん? でも……。


「おかしいわ。ミランは許嫁がいたはずよ」

「はぁ? ……あなたの妹はずいぶんと尻が軽いのね」


「あとその許嫁は私の元許嫁よ」

「……なんか頭が痛くなってきたわ」


 私も頭痛に効く漢方が欲しい。


 ……ドロシーを助ける気になったのはこういう所もある。


 私と境遇が似ていたから。

 同じ気持ちを味わせたくなかった。


「話が逸れたけど……とにかく、アレは危険な存在よ」


「……どうかしらね。話を聞いた限りでは、禁忌精霊の足元にも及ばないわ」


「ええ……」


 噂を聞いたことはあったけど、そこまで危険なモノなのか。


 アレ以上って相当だぞ……。


「信じられないって顔してるわね」

「そりゃあそうよ」


「なら教えてあげるわ。禁忌精霊の恐ろしさをね。ただ……今から話すことは絶対に誰かに言わないで」


 ドロシーは険しい顔をしてそう言った。

 そんなに重大な話なのか……。


「ええ。約束するわ」


 秘密を抱える覚悟を決めて、ドロシーの話に耳を傾けた。






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