馬鹿舌
ラフェルト城にて。
玉座の間から3人の女騎士が現れる。
そのうちの一人、ベリル・ロインベルクが窓を開けてその枠に乗り二人に言った。
「久し振りの前線ね! 先に行ってるわよ!」
「あ、ちょ、ベリルちゃ」
「まったねー!」
翠の光をマントのように纏い、窓から飛び出すベリル。
そのあまりの速度に残された二人は呆然とベリルの後ろ姿を見送る。
「ああ……また一人で行っちゃった……」
「あいつは生き急いでるからしょうがないだろ。いつもの事だ」
「でもこのままじゃベリルちゃん一人で全部解決しちゃうよぉ……」
「それならそれでいいじゃないか。アタシ達の仕事が減るぞ?」
一人特攻したベリルの事を少しも心配していない二人。
だが二人が薄情なわけではない。
心配する必要がないだけなのだ。
むしろ心配すべきは、敵の方だった。
「しかし……今回の仕事はどうも変だな……元々はいい噂しか聞かなかったドロシー姫が最近になって急に暴れ出すなんてよ……まさかアタシ達と戦いてえのか?」
粗い口調の女騎士、ヴァリア・サーヴォイドがそう呟く。
それに柔らかな口調の女騎士、パフューム・ラプソディが呆れたように言う。
「そんな訳ないでしょ……ノアトリンが戦争を仕掛ける気だってお兄様は行ってるけど、この国に攻め込むメリットはあんまり無さそうなのにな~」
「貿易も結構やってるしな……まあ、人手と土地が手に入るだけでも攻める価値はあるんだろ」
「ひどい……ラフェルトとノアトリンはずっと友好国だったのに……」
「それかラフェルトの誰かが戦争を起こそうとしているかのどっちかだろうな。もしかしたらドロシー姫は何もしていないかもしれないぞ」
「じゃあ濡れ衣って事?」
「そういう可能性もある。あの姫様は平和の架け橋にも戦争の火種にもなる立場だからな」
「そんな……もしそうだったらドロシーさんがかわいそうだよ!」
ヴァリアの言葉に、パフュームが青ざめる。
そんな彼女をヴァリアは軽くなだめた。
「ま、捕まえて聞けば分かることだ。ここはベリルに任せてアタシ達は修行でもしていようぜ。いつ戦争になるか分からないしな」
「ヴァリアちゃんが私と戦いたいだけでしょ! 別にいいけど~!」
二人は騎士の修練場の方に向かう。
「今度はアタシが勝つさ」
「ふふっ、それはきゃあ!?」
不敵に笑っていたパフュームだったが何もないはずの床で転び、どういうわけかその衝撃で近くに飾られていた花瓶が落ち、彼女を水浸しにした。
「ひゃあ!?」
そして奇跡的に窓から鳥が侵入しパフュームの頭にフンを落とした。
「うう……」
「相変わらずどうなってるんだお前の運は……」
鳥を鷲掴みにして窓の外に逃がしてやりながら感心するヴァリア。
「私が知りたいよぉ……」
パフュームは涙目で額をさする事しかできない。
――こんな彼女たちだが。
彼女たちこそ、ドロシー捕獲の勅令を受けた――ラフェルト騎士団の三団長なのであった。
「ほら、修行するぞ」
「ちょっとは気を遣ってよぉ……」
*
*
*
「行ったか……」
玉座の間から団長達を見送った王子、アルゴス・ラプソディはため息をついた。
「この私がこんな事にまで手を煩わせなければならないとは……」
彼こそが、ドロシーの悪行を糾弾し婚約破棄した張本人である。
誰にも聞こえないように呟きながら、アルゴスもまた玉座の間から出て別の部屋に向かう。
その部屋は、ドロシーに虐められたという令嬢、ミラン・メヌエットが使っている。
ドロシーから保護するという名目で貸し出された部屋だが、もちろん本当の理由を疑う者も多い。
一部屋とはいえ、王城の部屋をそこらの令嬢に一つ貸し出すなどあまりにも厚待遇だからだ。
アルゴスは扉をノックし、声を掛ける。
「私だ」
「アルゴス様! 今日もいらしてくださったんですね!」
扉が開き可愛らしい雰囲気の令嬢、ミランが現れる。
アルゴスは笑顔のミランに優しく微笑みを返す。
「ああ。ちょうど仕事が終わったんでな」
部屋を与えられた本当の理由は、アルゴスの表情が物語っていた。
*
*
*
「このお肉はちょっとしょっぱいわ。こっちはあんまり脂が乗ってないわね」
「あんた舌が肥えてんのよ。私からすれば結構おいしいわ」
人が買ってきた干し肉をそう批評するドロシー。
お姫様の口には合わなかったようだ。
「ふーん。それにしても美食家と馬鹿舌ってどっちが幸せなのかしらね」
「急にどうしたのよ……」
「いや……私があなたみたいに馬鹿舌だったらこの干し肉もおいしく食べられたのかなって……」
「馬鹿舌とは何よ。まあ……普段たくさん食べられるものを美味しく食べられる馬鹿舌の方が幸せなのかもしれないわね。本当に美味しいものは中々食べられるものじゃないし。箱入りのあんたは置いといてね」
「もう箱入りじゃないけどね」
そう言って自嘲気味に笑うドロシー。
しかし箱入りで育てられてきた気品は所作のあちこちに現れていた。
「いずれ馬鹿舌になってこのお肉もおいしく食べられるようになるかしら」
「なったらいいわね」
そんな他愛もない会話をしていた私達は知るはずもなかった。
絶対的な強者が私達のもとに近付いていることを。