出会い
「んっ……ここは……!?」
ドロシーが目を覚ました。
切れ長の瞳が不思議そうに私を見つめる。
「私とあなたが戦った場所ですよ。お体は大丈夫ですか?」
「大丈夫ですわ……首絞められた直後に気絶させられたこと以外は」
「そうですか。お元気そうで何よりです」
さっき私にやられたことをずいぶん根に持っているようだ。まあ無理もないだろう。
「あ、元気だからって暴れないでくださいね。また殴りますよ」
「そんな品の無いことなんてしませんわ。あなたが私を見逃がしてくれればね」
「いやだなあご冗談を。あなたのお噂はかねがね聞いていますよ。見逃がす筈が無いでしょう? 元王子の婚約者様」
「あら。それならどうして私を牢屋まで運ぼうとしないのかしら? 職務放棄をする騎士が居るなんて騎士団も堕ちたものね」
「あなたを牢に入れても意味が無いからですよ。どうせ脱獄されるじゃないですか。さっきまで私達騎士団を蹴散らしていたように」
「ふっ、騎士団も不甲斐ないわね」
「不甲斐ないのはその騎士団の端くれに負けたあなたでは?」
「ふふふふふ」
「あはははは」
元々彼女の身分は他国のお姫様だ。
今は追われているとはいえこんな口の利き方ではこの場で処刑されてしまっても文句は言えない。
でもなぜか彼女は楽しそうだった。
この余裕は一体どこから来るんだろう。
元王子の婚約者で隣国“ノアトリン”の姫、ドロシーの悪事の数々は私の耳にも入ってきた。
王子に近付いた令嬢に嫉妬し酷い苛めをする、ノアトリンに私達の国“ラフェルト”の機密情報を流すなど多くの悪事を働いたらしい。
ラフェルトとノアトリンを繋ぐ政略結婚の予定だったから国交にヒビが入るどころか戦争が起きてしまう。
その事が本当ならこの婚約はノアトリンが戦争を仕掛けようとしてきていることにもなる。
本当なら、ね。
「で、あなたは私と仲良くお話なんてしてる場合じゃないわよね? 何を考えて、いや、何を企んでいるのかしら?」
「企んでなんかいませんよ。私はただ、噂が本当かどうか分からなくなっただけですよ。戦争を起こそうとしている人間がわざわざ倒した敵国の騎士を全員生かしておくなんて……矛盾してると思いませんか?」
「……!」
ドロシーがはっと目を開く。
「話して頂けませんか? 本当は何があったのか」
「……ええ。全てを話しましょう」
彼女が話した内容は大方私が想像していた通りだった。
王子の婚約者という立場を疎まれてか誰かにそんな無実の罪を着せられたらしい。
「それで私だけの力では無罪を証明することも出来なかったし……裁判もなしに処刑されそうになったから逃げるしかなかったのよ」
「……本当に申し訳ございません。罪を着せられていると知らず……」
「あなたが気にすることではないわ。頭を上げて頂戴。それにこの情報は騎士団に入ってこないでしょう?」
「ドロシー様……あなたの寛大な心に感謝致します」
まあ私はドロシーが本当に悪女の線も捨ててはいない。
私達を生かしたのも捕虜にするためかただの気まぐれかもしれないし。
出会って間もない人間を信じるのは馬鹿のする事だ。
長い付き合いの人間でも信用できないのに。
「……これからどうするおつもりで?」
「ノアトリンに帰るわ。そしてお父様に相談するしかないでしょうね。悲しいけれど私一人の力で解決できる問題ではないもの」
「そうでしょうね。ところでドロシー様、一つお願いがあるのですが」
「な、何かしら?」
「私もドロシー様に同行させて頂けませんか?」
だから確かめる必要がある。
ドロシーが濡れ衣を着せられているかどうかを。
「ええ……それはあなたの立場が危うくなるのではなくて?」
「騎士とはあなたのような善良な人を守るために存在しているのです。そのためには立場など些細なものに過ぎません。もちろん、騎士団に事情は説明するつもりです。私だけではなく他の騎士も同行することになるでしょうね」
「……でも、騎士達を説得できるかしら。私の悪評が広まりすぎているし……下手をすればあなたまで処刑されかねないわよ」
「だとしても、何の罪もないあなたが処刑されるのを黙って見ている事など出来ません! 騎士として見過ごす訳にはいかないんです!」
「……分かったわ。そこまで言うのなら……私についてきてくれる?」
「……はい!」
しめた。
これでドロシー様の無実を証明できれば大手柄だわ!
もしドロシー様が悪女だったとしても彼女を倒すまで。
敵の命を奪わない彼女の優しさが本当のものだとは信じたいけど。
「あなた、名前を聞いてもいいかしら?」
「ええ。私の名前はセレス・ノクターン。全身全霊を懸けてあなたをお守りします」
「ふふっ……頼りにしてるわよ、セレス」
「はい、ドロシー様」
そう言って私達は握手した。
これが私とドロシーの出会いだった。