始まり
ーーー
「いーち、にーい、さーん、……」
何処からか聞こえる声は、どんどんカウントダウンを進める
「はーち、きゅーう、じゅーう」
そして、微かな笑い声が混じった声で呼び掛けられる
「もういーかい」
その声に応えられる者は誰も居なかった。
少しの静寂が流れた後、嬉しそうな声がまた聞こえる
「もういいんだね。」
遠くの方から足音が聞こえ始めた。
一体、この少女に見つかったらどうなるんだろうか。
どうして、俺達はこうなってしまったんだ
ーーー
ーーー
大学初めての夏休み、俺はサークル仲間と肝試しに行くことになった。
夏休みの一週間前、サークルのグループチャットに
『肝試しで親交を深めよう!』
というメッセージが送られてきた。
肝試しというか、"親交を深める"とかいう美辞麗句を使ったただの暇つぶしだ。
特に予定もなかった俺は、その暇つぶしに参加することにした。
もう一つ、俺が肝試しに参加しようと思った理由がある。
単純に、興味を引かれたからだ。
今回の肝試しは、目的地も内容も当日まで明かされない。
ただ集合時間と集合場所だけが知らされていた。
来るか来ないかは勿論自己判断。
要するに、何も分からない肝試し。
この当たり障りない内容に興味を惹かれた。
集合場所に着くと、先に涼介が来ていた。
「おい、隼也。お前誰狙い?」
サークルで初めて友達になった涼介は、この肝試しを彼女探し目的で来てるらしい
「興味無い。」
「いやいや、あるだろ。
見てみろよ、今日はあの美香ちゃんまで来てるんだぜ」
涼介が目線を指す方を見ると、美香が楽しそうに友達と話していた。
志津川 美香(しずかわ みか)
彼女はずば抜けてルックスが良く、愛想も良い
俺とタメの彼女は、サークル内に留まらず大学内で既に人気者になっていた。
ただ、俺は彼女が苦手だ。
元々俺自身、人が好きではないという事もあるが、志津川美香は俺の元カノだった。
俺と美香は高校時代に付き合っていた。
きっかけは高校二年の入学式の日に、美香に告白されたからだ。
当時の俺は特に断る理由もなく付き合っていた。
最初は考え無しに付き合っていたけど、それなりに充実してたと思う。
美香はいつも楽しそうに笑っていたから、
美香も俺と同じ気持ちなんだと思っていた。
だが、彼女は突然変わった。
ある日を境に目を逸らす様になり、
連絡も徐々に減っていき、
等々、クラスが離れた高三の頃には会うことも無くなった。
そして、大学の入学式の日、俺は振られた。
三ヶ月後に美香から来たメッセージは、
『別れよう。』と一言だけだった。
理由も言い訳も無いその端的なメッセージを見て、返す言葉も思い浮かばなかった。
流石に呆れて、引き止める気にもなれなれず、そのまま俺達の関係は終わった。
不運にも彼女とは同じ大学で、サークルまでも被ってしまった。
少し前の方で楽しそうにしている彼女を見て、一つだけ思う事があるとすれば
"何を考えているのか分からない"
だから、俺は彼女が苦手だ。
心の中で小さく溜息を付き、涼介とテキトーに話しながら出発の時間になるのを待っていた。
三十分後、先輩達がようやく揃った。
「これで全員ー?」
明香里先輩が辺りをキョロキョロと見渡す。
先輩が首を振る度、後ろで綺麗に纏められた黒髪がなびく。
「意外と集まんねーな」
頭を掻きながら、それまで携帯を弄っていた柊真先輩が立ち上がった
今回の肝試しに来たのは、俺と涼介、美香とその友達の橘さんだけだった。
美香が来るなら来なければよかったと後悔していると、明香里先輩がコホンと小さく咳払いをして、「じゃあ行こっか」と歩き始めた
「あ、あの!」
涼介が声を上げた
「ん?」
涼介を見ながら、明香里先輩が不思議そうに首を傾げている
「あ、えっと…何処に行くのかなって……」
先輩に見つめられて、涼介は小声になっていた
「あ、ごめん。まだ教えてなかったね。」
「おい、明香里。
その話今じゃなくてよくね」
明香里先輩が何かを言いかけて、柊真先輩がそれを止めた
「それもそうだね。
目的地までは車だから、車内で話そっか」
柊真先輩が運転する車に乗り、明香里先輩は少し声を低くして話し始めた。
「今日行く所はね、昔は四葉ノ小学校っていう名前だった所だよ。
今は廃校になっているんだけど、そこには面白そうな噂があるの。
みんな、四葉のクローバーの花言葉は知ってる?
一般的な四葉のクローバーの象徴は"幸運"
だけど、他にもあるんだよ。
一つ目が幸運
二つ目が私のものになって
三つ目が約束
そして三つのどれかの花言葉が破られた時、もう一つの花言葉が出来上がる。
四つ目、"復讐"」
明香里先輩が放った一言で、車内の空気が変わった
「四葉ノ小学校に伝わる噂。
その小学校には、ある女の子が通っていた。
女の子はとても明るい子で、かくれんぼが大好きなだった。
毎日、放課後に友達と学校でかくれんぼをしていた。
だけど女の子は、ある日を境に突然消えてしまった。
まるで神隠しにあったみたいに、大人や警察が何処を探しても誰も見つけられなかった。
女の子の姿が確認された最後、彼女はかくれんぼをしていたらしい。
学校に不思議な噂が立ったのは、それからだった。
放課後、一人で居ると何処からか少女の声が聞こえてくるんだって。
ある人は「もういーよ」と呼び掛けてくる声。
ある人は「もういーかい」と呼びかけてくる声。
そしてついには、行方不明になる子が出だした。
その噂があまりにも広がって、暫くその小学校は閉鎖されていた。
それから廃校になった今でも、夜に訪れると少女の声が聞こえてくる。
もういーかい。って」
少しだけ開いた車の窓から、風が入ってくる
その風が生温くて、気持ち悪かった。
「なーんてね!」
明香里先輩はそう言ってニコッと笑った。
「は、ははは!面白いな隼也!」
涼介が作り笑いを浮かべて俺の肩をバシッと叩いてくる
「あ、あの……」
それまで美香の隣で俯いていた橘さんが、手を挙げた
「ん?どうしたの?」
「明香里先輩は、四葉の花言葉の四つ目が出来上がるのは、三つの花言葉のどれかが破られた時って言ってました…
で、でも……今の話じゃ、少女の話と花言葉とどう繋がるのか分からなくて…」
「いや、繋がってるんじゃないかな。
四葉の花言葉は、幸運。私を思って。約束。
そして、少女はかくれんぼが好きだ
かくれんぼのルールは、鬼が隠れてる人を見つける。そういう約束だ。
少女は、誰にも見付けられていない。
それはつまり、かくれんぼの約束を破ってる事になる。
だから、もう一つの花言葉が出来上がった。
"復讐"
少女は今でも、復讐して学校に訪れる人を連れ去っている。
そういう話だと思う。」
「その通り!」
明香里先輩が嬉しそうに僕を指さした。
……だけど、引っ掛かる事がある。
もしその噂が本当だとしたら
どうして少女は突然消えたんだろう。
一体、何の"復讐"をしているんだろう。
考えているうちに、窓の外はもうすっかり真っ暗だった。
「よし、着いたぞ」
柊真先輩が車を止める頃には、携帯の時間は二十三時を指していた。
車を降りると、目の前には大きな建物が現れた。
近付くと、落書きやゴミが散乱していたが、まだ新しい建物だった。
「うわー!すごいね!」
楽しそうな明香里先輩の横では、美香と橘さんが不安そうな顔をしていた。
「明香里、あと三十分しかないぞ。」
柊真先輩は、車の鍵を閉めた後、躊躇なく正門の方へ歩いていた。
「あ、ねえ!待ってよ!」
明香里先輩が柊真先輩を慌てて追い掛ける
前を向いて、美香とバチッと視線があった
だけど美香はすぐに視線を逸らし、明香里先輩達の後を追う
「うわ。
隼也、お前美香ちゃんに嫌われてんなー」
涼介は俺の肩を慰めるように叩くと、涼介は橘さんと美香に「俺が居るから大丈夫だよ」と得意気に言いながら付いて行っていた。
一人取り残されて、改めて前の建物を見つめる。
夜の学校ってだけでも薄気味悪いのに、四葉ノ小学校は異常な雰囲気を纏っていた。
一歩、校門に足を踏み入れる。
その瞬間、冷たい風が吹いた。
何かに誘われるように、俺はみんなの後を追いかけた。
……きっと、気の所為だ。
風が吹いた瞬間、『もういーかい』と言う少女の声がした。