真っ白に燃え尽きた
ちょっと短いです。
その後、どうなったのかと言えば。
「お嬢様、本日のドレスはいかがなされますか」
「昨日より肌寒い様子ですのでこちらはいかがでしょう。このショールと合わせるとより暖かくなりますよ」
「お嬢様、髪飾りはどちらになさいますか?こちらのドレスには真珠の髪飾りが似合いそうですよ」
「こちらのルビーも良いアクセントになるかと」
大きな菫色の瞳をぐるぐる回しながら、忙しなく着飾られていた。
どうしてこうなった。
ビリエル・バックリーン伯爵は、あのまま騎士団に身柄を拘束された。
伯爵令嬢(!?)への拉致監禁(?)からの傷害罪。同じ伯爵という身分でも、王家の乳母を務めた女性の婚家であるルンベック伯爵家は格式が高く、覚えが目出度い。例え養子だとしても、ルンベック伯爵家の娘を拉致して殴りつけたのは問題視された。その養子が第二王子と親交があった事もあり、ビリエル・バックリーン伯爵は徹底的に調べられた。
調査の結果、バックリーン伯爵家で麻薬が不法に製造されていることがわかり、流通、余罪も含めて調査中。
おそらく彼の身分は剥奪され、麻薬の製造元は差し押さえられる。領地は王家に返還され、いずれ相応しい者が領主となるだろう。
ここまでがベルタが3年ほどかけて目論んでいた復讐。権力者に取り入ってやって欲しかったこと。
それが瞬く間に実行されて、あまりの呆気なさに開いた口がふさがらなかった。
出来れば一発殴りたかったのだが、あの時床に倒れた姿がベルタの見る伯爵の最後の姿になりそうだ。殴れないのなら二度と会いたくないので、それは別にいい。
問題は、ベルタ。
本当にルンベック伯爵家に養子として引き取られた。
なんで。
「もともとそういう話は出ていたんだよ」
呆然としたままのベルタにマティアスが教えてくれた。
ベルタ拉致事件から三日。怪我の手当てや事件の事情聴取もあり、ベルタは真っ直ぐルンベック伯爵家へと連れてこられた。
ベルタたちを出迎えたのは、苦笑するマティアスといい笑顔のご両親。召使たちは綺麗に揃えて「お帰りなさいませお嬢様」とベルタにお辞儀をして見せた。
なんで。
ベルタをルンベック伯爵家に預けて、ベネディクトとハンネス、レンナルトは後処理へ。事情説明はマティアスに任されたが、その日はとりあえず疲れただろうからと怪我の手当てをして休ませられた。休ませられた部屋も、客室ではなくご令嬢の個室だった。豪華。広い。怖い。ベルタはぷるぷる震えながら寝た。ぐっすりだった。
それからしばらく、少ない荷物の引っ越しや事情聴取、養子縁組の最終確認(いつの間にかサインされた書類があった。サインした覚えはなかった。さ、詐欺…?)気付けば三日も経っていた。
現在はルンベック伯爵家の談話室で、義兄となったマティアスと向かい合っている。
あれよあれよとキラキラしたドレスを着せられたベルタは、菫色の瞳を丸くしたまま意識を飛ばしている。まだドレスに着られている印象は多少あるが、立派に着飾った淑女がそこにいた。
マティアス曰く、平民のベルタを将来有望と見て養子に迎え入れようとしている貴族はそれなりに多くいたそうだ。
そういった打診はベルタ本人ではなく、まず学園に送られる。学園が生徒を守るため、後ろ暗い事情での養子縁組とならないよう調査を行うのだ。現在は調査期間中で、早くて進級前にベルタ本人へ打診が届く手筈だった。
「ちなみに、リードホルム公爵家からも打診が来ていたようだよ」
「マルガレータ様…」
流石に平民から公爵令嬢へジョブチェンジはステップアップが過ぎる。
「だけど今回の件が起きたから、急ぎベルタをルンベック伯爵家に迎えることにしたんだ。ベルタが平民のままだと、バックリーン伯爵を抑えることが出来ないから」
平民のベルタに折檻するのは口頭注意だけになるが、伯爵令嬢ベルタへの折檻なら謹慎に持ち込める。何なら賠償金だって請求出来る。もともとバックリーン伯爵家は背景を洗われていたらしく、これを機に膿を出しておきたかったそうだ。
そのため、急いでベルタを養子縁組する必要があった。必要書類をまとめて申告、許可を得るのに少しだけ時間がかかったので乗り込むのが遅れてしまったらしい。
…遅れたと言われたが、かなり早急な対応だったはずだ。何故って、ベルタが拉致されてから救出まで、半日も時間が経過していない。その短時間で申告が通るわけもない。
ということは。
「権力でごり押し…」
「ちなみに、バックリーン伯爵家への先触れと養子縁組申告書は同時発行だったよ」
「本当にちゃんと先触れ出してたんだ…」
ちょっと方便だと思っていた。乗り込むための。
いや方便だったのだろうけれど、ちゃんと出していたらしい。
「なんで、私なんかを…」
救出までの流れを聞かされても、全然現実味が湧かない。
だって、養子縁組なんて…事後承諾だったとしても…ベルタにそんなお声がかかることがまずおかしい。
確かにベルタは頑張った。我がことながら頑張った。特待生として学園に滞在し続ける為、とにかく頑張った。おかげさまで、5位以下に沈んだことはない。
だけどそれだけだ。
何か研究したわけでもない。成績以外の結果を出した記憶もない。
それなのに、貴族の方々に将来有望だと判断される理由が分からない。
ベルタはただ、権力が…バックリーン伯爵以上の権力者の助力が欲しくて、学園で人脈を得たくて、ただそれだけの為に行動していたのに。
なのに何で、伯爵令嬢に進化に…。
意味がわからず頭も働かず、ベルタはひたすら呆然として過ごした。