【電子書籍2巻配信記念】
【宣伝】2025/05/15 エンジェライト文庫より 2巻配信!
マルガレータの侍女視点の短いお話です。
「ベルタには何色が似合うかしら。黒髪に白い肌…落ち着いた色が似合いそうね」
取り寄せた布を自室に並べて吟味するマルガレータ・リードホルム公爵令嬢。
彼女はとても楽しげに、ここにはいない学友のためにドレスを選んでいた。
学友はつい最近伯爵令嬢となったベルタ。
貴族令嬢になったベルタの為、貴族として恥ずかしくないように、身の回りの物を見繕ってあげようとウッキウキだった。
「伯爵家でも揃えるでしょうけれど、あって困ることはないわ。お茶会に着ていくドレスは一つじゃ足りませんもの。こっそり仕立てておきましょう。こちらは機会を見て…一気に渡すと気後れしてしまいますもの。少しずつ。少しずつですわ」
なんてことを言いながら大量に発注をかけるマルガレータ。
そんなお嬢様を横目に、常に付き従う侍女は無言で感涙していた。
(お嬢様…大人になって…)
思いつくまま仲良しのお友達に施しを与えていた頃から考えれば、相手のことを思い遣ることができるご令嬢へ成長している。
あの頃なら一気に贈っていたのを小出しにしようと考える辺りが成長している。
あの頃は酷かった。
礼儀作法は完璧なのに、少々配慮に欠けた言動の多かったお嬢様は、本当に羽振りの良いご令嬢だった。
流石公爵家。流行の最先端を行くと言えば聞こえはいいが、少々下品に感じる程度には金遣いが荒かった。
そのおこぼれに与る取り巻きも多く、求心力はあったが金の切れ目が縁の切れ目。その程度の関係しか築けないのではと危惧されてもいた。
(まあ、心配ありませんでしたけれども)
派手な言動でわかりにくいがお優しい方なので、おこぼれ目的の取り巻きも付き合いが長くなるほどマルガレータに心酔していった。人を人とも想わぬ方ならば利害関係だけで終わっただろうが、マルガレータは気遣いの人だった。困っているならしっかり話を聞いて対処する、慈悲の心があった。
(それも押しつけがましいところがありましたが…その辺りも改善されていっております)
ひとえに、脆弱な命と触れ合ったことで。
今や一番のお友達、ベルタとマルガレータの出会いは彼女の人生を変えた。
はじめはよろしくない感情で、マルガレータは彼女と接触した。
周囲が囁く噂は良いものばかりではなく、貧乏人だと彼女を貶めるものも多かった。
マルガレータは噂だけで為人を判断したわけではないが、気に食わないわとプンスコしながらベルタに近付いた。
しかしベルタは、想像以上に貧相な少女だった。
傷んだ黒髪はボサボサ。病的なほど白い肌はボロボロで唇はひび割れ、指先も皹だらけ。肌が白いのではなく青ざめているのだと気付いたのは目元のクマが確認できる距離に近付いてからだった。
小柄で華奢なのは成長へ回すだけの栄養が足りていないからで、枝のように細い手足は力を込めれば折れる。
折れそうじゃない。折れる。
菫色の目だけが爛々と光って、手負いの仔猫のように毛を逆立てた少女だった。
マルガレータの傍でそんな少女を見た侍女は、真新しい制服を着ている所為で悲壮感が上がっているように見えた。
誰がどう見ても、真新しい制服に着られている状態。
プラトルボ学園の制服が、あんなに重そうに見えるとは思わなかった。
マルガレータは初めて見る貧民に衝撃を受けていたが、学園の外にはあんな子供たくさんいる。
それでも彼らは懸命に生きていて、相応の場所で働いているのだが…。
この王族も通う学園に通うには貧相な姿は、噂になっても仕方がないと思うくらい不相応だった。
それからなんやかんや。
…マルガレータが特待生の少女、ベルタをお茶会に招待しては断られ。
強硬手段で強制的にお茶会を開いて参加させてからは断ることなく参加するようになり。お腹が空きすぎてお菓子が食べられなくてしょんぼりするベルタにマルガレータ様が俄然燃え上がった。
それから侍女の知らぬ間に距離を詰めたらしく、ベルタはマルガレータに気付くと目礼するようになった。
時にはとことこ近付いてくる。分厚い本を抱えて、挨拶のためだけに近付いて来たこともあった。
マルガレータは悶えた。
顔に出さないようにしていたがわかる。長年仕えてきた侍女にはわかる。
マルガレータは心の中で大喜びして飛び跳ね回り、イマジナリーベルタをこれでもか! これでもか! と撫で回していたことだろう。
そのマルガレータの侍女だから、こちらも目が合えば目礼された。
マルガレータ様ほど心許されていないが、見知った顔として覚えられていた。感無量である。
ベルタの動きを通して、マルガレータも手加減を覚えた。
それこそベルタに大量に食べさせようと料理を用意したが、一度にたくさん食べられない。
勉学に励むベルタを応援して問題集を大量に用意したが、大喜びのベルタが睡眠を更に削ったことで失敗を悟った。休憩させようと無理矢理引っ張っても、ベルタは一定の時間が過ぎればチラチラ太陽を気にして気もそぞろになる。
マルガレータがよかれとしたことでも、たとえベルタが喜んでも、ベルタの負担になるのだと、か弱い命を通して理解した。
それに今まで取り巻き達はどれだけ施されても大喜びするばかりで、マルガレータを気遣うことはなかった。
しかしベルタはマルガレータの施しに流されながら、これではマルガレータにばかり負担をかけてしまうと辿々しい苦言をするほどだった。
そして、心からの感謝を伝える子だった。
そこでようやく落ち着いたマルガレータは、己の行動を見直して、相手を萎縮させないよう考えるようになった。施しを与える相手も吟味するようになった。
施しは悪いことではないが、与えすぎれば均衡が崩れる。
いずれ公爵夫人となるマルガレータは悟ったのだ。
自分の考える善意だけではない。受け取る側の立場も考えなければ、良質な関係は築けないと。
「ドレスに合わせて帽子と靴も揃えましょう。流石にセットで贈るのは…何か名目がいりますわね。靴…そうだわ。あの子は歩き回るからこちらも多めに。小物も揃えるべきかしら。きっと何もわからないでしょうからわたくしが導いてあげなくては」
(浪費癖は残っていますが…公爵家ならばこの程度軽い軽い)
貴族は回さねばならないのだ。経済を。
「他には何があるかしら。きっとあの男もベルタに贈るでしょうし…いえ待って。装飾品は? あの男の趣味はまともだったかしら? ベルタも重い物は身につけたくないといっていたし、いっそ見せつけるためにもわたくしが先に…ええそうよ先に…ベルタのはじめては、わたくしの物よ…!」
「お嬢様が楽しそうで何よりです」
おかしな方向に燃えはじめたが、大好きなお友達へ友情の籠もったプレゼントだ。
なんの問題もない。
なんだかベルタをかすめ取った侯爵令息への嫌がらせが含まれていたが、侍女は止めなかった。
侍女はお仕えする家のご令嬢が楽しげで、安堵すらしていた。
しかしこのやりとりを見たもう一人のご令嬢が何を思っていたのか。
歯車は、ズレはじめていた。