コミカライズ配信開始記念SS
本日コミカライズ連載開始です~!
ベルタは困惑していた。
表情が乏しく、わかりにくいがうろうろと菫色の瞳を彷徨わせ困惑していた。
学園の休息日、世話になっている食堂も定休日だったため、王立図書館に籠もって本を読もうと思っていた彼女は、椅子の上に放置されている本を見つけて困惑していた。
王立図書館といえど、利用客はほぼ貴族だとしても、マナーを守らない客は必ずいる。
使用人に本の返却を任せることに慣れきっている貴族の場合、読了後の本をそのまま置きっぱなしにしていくうっかり客もとっても多い。こればかりは育った環境の問題で、本を本棚に戻すという当たり前を教育しなければならない。
本が置きっぱなしなのは、そんなうっかりさんがいただけだろう。
何度も王立図書館を利用しているベルタも、貴族のうっかり事情は理解している。
理解しているが。
(…この本、王立図書館の本じゃない…)
本の紛失・盗難を防ぐため、王立図書館の本にはわかりやすく判子が押されている。
その判子が、この本にはない。
(つまり、持ち込み本の忘れ物)
図書館に持参した本を置き忘れていったうっかりさんがいる。
…それだけなら司書に忘れ物として届ければいい。それで万事解決なのだが…。
(…なんだこれ…)
それは、ベルタの知らない本だった。
桃色の表紙にデフォルメされた人物像が描かれ、タイトルはキラキラしい文体。文字が崩され過ぎていて、ベルタには解読できない。教科書くらいの中々に大きなサイズの薄い本が置き去りにされていた。
知らない本だ。
恐らくベルタがあまり読んだことのない創作小説…そういった類いのモノだろう。しかしそれにしたって薄い。
(これは、私が拾ってもいい物だろうか)
なんとなくだが。
なんとなくだが、触れてはいけない気がした。
(…同じクラスの人が、似たような本を持っていて、落とした瞬間最速最小限の動きで拾っていた)
周囲を警戒し、誰にも見られていないことを確認し、ベルタと目が合った瞬間顔面蒼白になり脱水症状が危ぶまれるほど冷や汗をかいていた本に似ている。
(同じ系統の本だとすると、他人が触れたら持ち主が爆発するかもしれない…)
触れていないが所持しているのを確認しただけで爆発しそうになったので、危険物かもしれない。
ベルタは対応に迷い、そっと見なかったことにした。
ちなみに、印刷技術が向上したからといって一般人の望む本が刷られるわけではない。
ので、自費出版は手書きの本が相変わらずで、ベルタが見つけた薄い本も手書きだった。
しかしちらっと確認した巻数が二桁だったので、息が長く続いているシリーズらしい。
(でも、タイトルが読めない)
悪筆というわけじゃないのに何故だろう。
多分キラキラして、文字の要所要所に見知らぬマークが付随しているからだ。
そういった文化に詳しくないベルタの目はイラストで文字の一部を代用する技法に慣れておらず、目が滑ってタイトルを確認することができなかった。
しかしそれは僥倖だった。
何故なら。
『秘密のベルたん』
がっつりご本人をネタにした本だったからだ。
ベルタ、学園で大注目され、一部生徒により妖精さんと認識される珍事に遭遇。
何故か誤解は解けず、諦めの境地に至り…。
ベルタ=妖精だと思っている生徒は、何故か増えていた。
わからないことは怖いことだ。
本当に怖い。
その恐怖が、まさか本にまでなっているなど気付かぬ方が幸福である。
幸福であるが。
うっかり置き忘れに気付いた持ち主が、ご本人の本の隣にご本人が座っているのを目撃した結果頽れるのは仕方のないことである。
「いやあああああ見られた見られた見られたかしら見られたわよねベルたんに見られた!? ひゃえあああああ私の馬鹿紙に神が宿っているというのにうっかり置き去りにして罰当たりな! さっそく罰が下ったんだ! くそ!! 薄くてどこでも持ち歩けるぜぐへへとか思っていた頃の私!! 薄くて滑って落としやすいぞ気を付けろ!! ツラい!! 推しの目が辛い!! 理解しがたいモノを見る目が辛い!!」
実際理解しがたい言動をされてベルタは警戒する猫のように固まっていた。
恐らく同じ学園に通っている子女。
同じく休息日のため王立図書館に来たのだろうが、忘れ物を確認するなりベルタの前で頽れたのでどうすればいいのかわからない。
「勝手に本にしてごめんなさい許して下さい妖精界に帰らないで! 人間界コワクナイヨ!! ちょっと歓迎の気持ちがあふれ出ているだけなの!! 消えないで!!」
わけがわからなすぎて怖い。
ベルタはきゅっと無言で身を竦めた。
そんなベルタの背後から近付いてきた司書が、騒ぎ立てる子女を無言でつまみ上げた。つまみ上げられた子女は本を抱えながらギャンッと泣き喚く。
「違うの私本当は実在する人物で萌えるような性癖じゃなかったのいつの間にかねじ曲げられていたの妖精さん尊い! …本は好きだけど趣味嗜好を知られるのは辛い!! 本の普及は嬉しいけど早く…早く…これくらいの! これくらいの手軽で簡単に自分だけの独占できる図書館できてくれぇ~!!」
手の平サイズの長方形、小さな手帳サイズをパキパキした動きで主張しながら、子女の姿は見えなくなった。
(…最後まで騒がしかった)
勢いが強すぎて、学んだ内容が零れ落ちてしまいそうだ。
ベルタは軽く頭を振って先程の存在を放り出す。見聞きした騒動は忘れて、新しい本を求め立ち上がり本棚から歴史書を引っ張り出した。
引っ張り出す一瞬だけ、思い返す。
(…自分だけの図書館…)
その点だけならとても魅力的だなと、ベルタは荘厳な王立図書館を見上げた。
ちなみに。
ベルタの知らぬ所で出回っていたらしい薄い本は、ベルタの知らぬ所で回収されお叱りを受けたらしい。
回収された本がどこの誰の手元へ集まったのか、ベルタは知らない。