表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/19

【番外編】野良猫は優しい夢を見る

本日 エンジェライト文庫より

虎の威を借る狐になって復讐がしたい

配信開始! 発売開始!? とにかく開始ー!!


※まだ誰にも見つけられていない、野良猫状態のベルタのお話。


 あの頃の空はどこまでも広く高かった。


 風に揺れる麦畑。同じ方向に流れる白い雲。

 麦が雲を押し流しているように見えて、一緒になって身体を揺らして雲を遠くへ流した。

 上ばかり見ているのも勿体ない。

 雨が続いてできた水たまりを飛び越える。

 不規則に地面を占領する水たまり。水たまりに映る空。それを飛び越えれば空の上で跳ねているような気分になって、足元を泥で汚しながら楽しげに飛び跳ねた。

 柔らかな黒髪が風を含んで靡く。跳ねるのに合わせて、ふわふわと。


「あ、カエル!」


 視界の端に緑色を見つけた。鮮やかな若葉に似た緑色。小さなカエルが水たまりに波紋を作る。

 幼子は考える前に手を伸ばし、水たまりに手を突っ込んだ。

 あっという間に逃げるカエル。しかしそれよりも水の感触が楽しくて、水面を叩くのに夢中になった。


「ベルタ」


 柔らかな声に呼ばれて顔をあげる。

 こちらに向かってくる人影。お日様を背負って、長い黒髪が暖かな光をまとって揺れる。

 姿を見るだけで嬉しくて、胸がポカポカする人。


「お姉ちゃん!」


 しゃがんだ姉が両手を広げて待っている。

 どろどろに汚れた姿で駆け寄った。

 幼子は受け止められることを疑わず、一直線に駆けた。

 柔らかな腕。温かい身体。甘い香りと靡く黒髪。

 幼子は、ベルタはそこが何より安心できる場所だと知っていて、全身で飛び込んだ。


「ベルタ」


 優しい声。

 ずっと覚えている。まだ覚えている。忘れるわけがない。この温もりと感触だって。

 忘れるわけが。


(あれ)


 おかしいな。


(なんでこんなに寒い)


 ベルタ――姉が自分を呼ぶ声は。

 迫りくる喧騒にかき混ぜられて消えた。



 目を覚ます。

 目が覚めた。


(夢だ)


 優しくて残酷な、甘くて苦い幼い日の。

 ベルタがまだ姉と一緒だった頃の。


 ベルタは丸まって、小さな荷物を抱えて、街の隅に身を潜めて眠っていた。小さく首を巡らせて、お日様の角度を確認する。

 まだお日様は下の方だが、ざわざわと人が動き出す気配を感じる。

 それもそうだ。ここは商人街。朝早くから商売をする街の一角。

 耳を澄ませたベルタは、パンを売っている人の声を拾う。クンクン鼻を鳴らして、焼き立てのいい匂いに腹を鳴らした。

 朝ごはんにしようか。少し考えて、金銭的な問題から首を振った。頬に当たる髪の感触。いつもと違う感覚に、昨日のことを思い出す。


 昨日、王都グランフルスに辿り着いて。

 尽きた資金のために、髪を売ったのだ。


 姉の背中で揺れていた黒髪。ずっと追いかけた背中の象徴。姉のようになりたくて、ずっと伸ばしていた黒髪を。


 短くなった髪を摘んで、思った以上に首筋が冷えて肩をすくめる。

 寒い。とても寒い。

 暖を取るように、小さな荷物を抱き直す。

 それはベルタの全財産。ボロボロの肩掛け鞄。命より大事な荷物。

 姉との繋がりを残す、最後の。

 なくさないように抱きしめた。


(もう、安心できる場所なんか、ない)


 無償の愛で包んでくれた姉はいない。

 大人は信じられない。

 敵も味方もわからない。

 ベルタには、我が身しかない。


(たくさん、たくさん調べないと。たくさん、勉強して。たくさん…)


 寒さに手足がかじかんで、鼻水が出る。

 鼻を啜って、熱い目元をこすった。鼻の頭が、目元が赤い。

 小さな鞄を大事に抱え、ベルタは立ち上がった。


(じっとしているから寒いんだ。歩け。歩け。立ち止まっちゃだめ。進んで。何でも良いから仕事を見つけて。勉強して。仕事をして。勉強して…)


 小さな足を必死に動かす。できることを探すため通りへと抜けた。

 幸い王都グランフルスでは常に人手不足。特に新しい挑戦を繰り返す商人街では、日雇いの仕事だって溢れている。職人街も同様だがベルタは弟子入りしたいわけじゃない。 

 目的があってここまできた。

 そのためにも。

 できることを。積み重ねていくしかない。

 時間がない。立ち止まっている暇などない。


 優しい夢に浸る時間など。


(優しい時間は全部、夢だ。もう、夢でしかふれあえない)


 それを怒りに。原動力に。

 憎悪を忘れないために。優しい過去も忘れてはならない。


 優しい過去があるから、現在の憎しみがある。


 忘れてたまるか。優しさも、怒りも、温もりも、恨みも。

 全部全部忘れてたまるか。

 全部全部覚えたまま、必ず。


(この恨みはらさでおくべきか)


 ベルタは進む。怨讐の道を。

 そのまま進み、進み続けて、彼女は目的通り、復讐のためプラトルボ学園の門を潜る。


 明るい未来なんて、少しも想像せず。


 意地でも歩みを止めなかった。

 そんなベルタが尊い方たちに見つけられた。

 これは小さなベルタが尊い方々に囲まれる前のこと。


 明るい未来を描けなかったベルタが、無理矢理光の下に引っ張り出される前のこと。



【宣伝】

「虎の威を借る狐になって復讐がしたい」

エンジェライト文庫より

12/31 本日から配信開始。

祀花よう子先生の美麗なる表紙が目印です。


明るい未来の見えなかったベルタ。それでも足を止めなかったベルタ。

不安ばかり目につきますが、明るい未来を信じて突き進んでいければと思います。

皆様、よいお年をお迎えください。


挿絵(By みてみん)

よろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ベルダ、大丈夫。幸せになれるよ。って、抱きしめてあげたいですね。
[良い点] このタイミングで過去とは、、涙がとまりませんぞ( ;∀;) 結末が分かっているからこそこの時のベルタを思うと辛いですね 幸せになるんだよ〜って [一言] ちょっと書籍読んできます!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ