【番外編】護衛騎士は信じている 下
12/31発売 虎の威を借る狐になって復讐がしたい
予約始まってまーす!
※以下、真面目に不思議ちゃんレンナルトのお話。
「いや、何故?」
「何処に疑問点がある」
「全部にだよ」
真顔で首を傾げるレンナルトに、話を聞かされたマティアスはとても困った顔をした。
こいつは何を言っているんだ?
プラトルボ学園、昼休み。
ベネディクトの護衛騎士として学園に在籍しているレンナルトは、ベネディクトとマルガレータが仲睦まじく昼食を共にしている様子を横目で確認しながら周囲の警戒を続けていた。
不用意に近付いてくる者はいないか。不審な動きをしている者はいないか。昨日と変わった所はないか。薄氷の目が油断なく周囲に目を走らせる様子は狩りをする虎のよう。身体が大きく鍛えられたレンナルトはそこに居るだけで威嚇になった。鎧を着ていないが帯剣はしているし、目に見えた武力は牽制として効果的だ。
護衛騎士として護衛対象から距離を取り過ぎるのはよくないが、近すぎるのも相手のストレスになる。今までのレンナルトはそのあたりのバランスがつかめず、常にベネディクトに張り付いているような状態だったのだが…最近はこうして適切な距離を取って護衛ができていた。
それを褒めただけなのに、マティアスはレンナルトからよく分からない話を聞かされる羽目になった。
学園の食堂にある一番安いランチセットを食べながら、マティアスはゆっくり内容を咀嚼した。噛んでも噛んでも内容が理解できない。水と一緒に飲み干した。
「…君を褒めて、何故ハンネスとベルタの話に繋がったのだろう」
「今の俺は、ベルたんあっての俺だからだ」
「すまない、さっぱり意味が分からない」
「何故だ?」
「何故だろうね…」
マティアスは眉を下げて年下の幼なじみを見た。
相変わらず、四角四面に見えてぶっ飛んだ思考をしている。思い込んだら一直線だとは思っていたが、まさかハンネスを、イェフォーシュ侯爵家を化け狐の一家と思い込んだまま十年過ごしているとは思ってもみなかった。
ある意味間違っていないが、比喩である。事実ではない。
「…そもそも、ハンネスが狐であることと、ベルタが妖精であることはイコールにならないと思うよ」
「ああ、それか。わかりやすい事例を挙げれば納得しやすいかと思ってあげただけだ」
「なにも分かりやすくないな…」
「何故だ。人と化け狐の共存だぞ。しかも周囲に知られているのに、しっかり人として生活している。そんな化生が他に居てもおかしくない。それがベルたんだったというだけだ」
妖精は化生扱いで良いのだろうか。
ちょっと考えたが、深く考えることを止める。水を更に一口飲み干して、チラリとレンナルトの背後に視線を向けた。
丁度今、話題のベルタが食堂の端に座った。エスコートしているのはハンネスだ。
ベルタは三食食べられる生活に慣れておらず、未だに昼食を抜きがちだ。それを把握しているハンネスがベルタに食事をさせる為、婚約者として交流する為、嬉々として捕獲しに行っている。
今回も捕獲されたのだろう。ベルタは項を噛まれて運ばれる仔猫のように無の表情だ。隣の男の胡散臭い笑顔がより輝いて見える。
ハンネスの胡散臭い笑顔は確かに、狐に似ていた。マティアスもハンネスが暗躍する姿を察して「この狐め」と思ったことは一度や二度ではないが、化け狐と思ったことはない。
(昔、レンナルトがハンネスに吠えなくなったとは思ったけれど…まさかこんな理由だったとは)
そしてそれを信じたまま、新たに人外判定をされたのがベルタ。
レンナルトの後ろで、覚束無い手つきでベルタが魚を食べている。食堂のメニューに目を通したから知っているが、あれは二番目に高い白身魚の香草焼きだ。王都で川魚は豊富に取れるが、海の魚は領地を経由して届けられる故に高い。
恐らくベルタは金額を知らされず、ハンネスに言われるがままナイフを動かしている。きっと魚料理を食べる練習だとか言いくるめられたのだろう。ベルタは素直なので、練習だと言われたら逆らわない。
マナー初心者に魚を選んだのもわざとだ。ハンネスはもたもた必死にナイフを動かすベルタを楽しげに見詰めながら、悠々と肉を食っている。
ここで自分は別メニューを選んでいるのもわざとだろう。見本になるつもりがない。
親切に見せかけてああいうみみっちい意地悪をするから、ベルタからの警戒心が全然解けないのだ。
マティアスにはよちよち頑張っている小さい子にしか見えないが、大多数には一生懸命魚を解す仔猫に見えるらしい。その中でも希少な、妖精に見えているらしいレンナルトにマティアスはそっと問いかけた。
「…ちなみに、ベルタが妖精だと信じた切っ掛けは?」
「俺と婚約者を出会わせた導きだ。それまで半信半疑だったが、運命の導きで確信した。ベルたんは縁結びの黒猫小妖精に違いないと」
(違うんだよな…)
とても真面目な顔で、曇りなき眼で、凜々しい顔立ちで、レンナルトが断言する。
この男、本気である。
化け狐説を十年間信じ続けている男は貫禄が違う。
「古来より黒猫は縁起が良いと言われてきた。黒猫が勝手に家に入れば幸運が付いてくると言うし、夢に出れば子宝に恵まれると聞く。噛まれれば恋愛運が上がると伝えられてきた。つまり、ベルたんだ」
「何故そこでイコールになった?」
「ベルたんの行く先々で幸運が振りまかれ、拗れた恋人達は相互理解を深め、迷える男女達は導かれた。春を運んだベルたんは黒猫に違いない。だから妖精だ」
「そうか、レンナルトは計算が苦手だったな。いつも大雑把に計算して細かい所が合わなくなる。今まで帳尻合わせはハンネスがしてくれていたんだけどな…」
「聞いているかマティアス」
「聞くだけ聞いてるよ」
「ならよし」
(いいんだ…)
真面目に聞いていないと言ったも同然だが、いいらしい。レンナルトが真顔で頷く度、高い位置で括った濃紺の髪が揺れる。
確かこの長髪も、ベネディクトが褒めた事で伸ばし続けていたはずだ。
ベネディクトが白だと言えば、カラスも白。そんなレンナルトだから、ベルタへの人外扱いもハンネス同様、ベネディクトのうっかり発言が関連しているのかと思ったが、違ったようだ。
ちなみにベルタもレンナルトを人外だと思っている。お互いがお互いを人外だと思っていた。
そのベルタ、いつの間にかハンネスに後ろから覆い被さられ手取り足取りナイフ捌きの指導をされている。ちょっと目を離した隙にハンネスが調子に乗っていた。
小柄なベルタは上背のあるハンネスの懐にすっぽり入り込んでしまっている。ベルタの菫色は真面目に手元を見ているが、ハンネスの狐色は料理ではなくキリッとした表情のベルタを見ている。
義兄として、あの距離を注意すべきか迷うが、ハンネスなので教育を盾に離れなそうだ。ハンネスなので。
あれ以上怪しい動きをしたら止めようと注視していれば、流石に対面のレンナルトが背後で何か起きていると気が付いた。振り返り、丁度大きく切りすぎた魚をもぐもぐ咀嚼しているベルタを認めて心臓を押さえる。
マティアスは真剣に、レンナルトにベルタがどう見えているのか聞きたくなった。いや、やっぱり聞きたくない。
ここでマルガレータが動いた。どうやら彼女もベルタとハンネスに気付いたらしい。
優雅な足取りで、気が強そうな美貌に相応しい迫力ある笑顔を浮かべながら、真面目に学んでいるベルタと調子に乗っているハンネスの所に歩いて行く。その後を微笑ましそうにベネディクトがついて行った。
会話は分からないが、マルガレータがハンネスに何か注意している。それを受け流すハンネス。マルガレータを見て強ばっていた肩から力を抜くベルタ。全体をニコニコ眺めるベネディクト。
それら全てをひっくるめて、レンナルトは天を仰いだ。
「尊い…!」
拳を握りながらむせび泣きそうなレンナルトから、マティアスは距離を取った。
しかし不審な行動をとりながら、レンナルトはひっそりと護衛対象を中心に移動する。いつも倒れているように見えるが、ちゃんと護衛として位置を見ているのだ。見られるようになった、が正しい。
それを褒めただけだったのに、まさかこんな話を聞くことになるとは。
マティアスはただ、レンナルトの成長に気付いただけだったのに。
気付くにとどめておけばよかったのだろうか。これが口は災いの元だろうか。なんだか違う気がする。
昼休憩なのにどっと疲れた。
騒がしい友人たちを眺めながら、マティアスは食事を再開した。
遠くから送られる義妹からの助けを求める視線に気付いたが、やっと静かに食事出来るので、もうちょっと待って欲しい。
マティアスは困った表情のまま、ゆっくり昼食を咀嚼した。